年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい

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第一章

親友、由香(1)

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 時刻は午後六時半。
 終日晴れの予報は大きくはずれて、昼過ぎから降りだした雨は、地面を叩きつけるような本降りになっていた。

 彩は、職場の傘立てから貸出用の傘を拝借して職員通用口を出た。男性用の黒い無地のそれを広げて、雨ににじんだ歩行者用の信号が赤から青に変わると同時に小走りで横断歩道を渡る。そこで、予約しておいたタクシーに乗った。

 小柄な中年の運転手が、上半身をひねって制帽の下のくぼんだ目を彩に向ける。


「ヒロサキさん?」

「はい、そうです」

「どちらまで?」

「銀天街までお願いします」

「はいよ」


 目的地までは、車で十分かからないくらいの距離。駅前通りを過ぎたところでタクシーをおりて、銀天街のアーケードを歩く。水曜日の夜、足元の悪い繁華街のはずれは人通りもまばらだ。両脇の店舗はそのほとんどが、昼夜シャッターがおりたままになっている。

 ポタ……ポタポタと頭に水が落ちてきて、閉じた傘を急いで開く。
 さびれた商店街は雨漏りが酷くて、アーケードはその役割をまったく果たしていない。傘の下から天井をあおいで納得する。天井は穴だらけで鉄骨がむきだしだった。


 ――晴れた夜なら銀天街の名に恥じない美しい星空を拝めるのだろうけど。


 センチメンタルなため息をついて、傘をさしたまま前を向く。
 向こうから、若い男女が寄り添いながら歩いてくる。制服ではないから断定はできないが、見た感じ高校生くらいの年齢だろうか。一本の傘の中で腕を組んで、お互いの顔を見ながら笑ってとても楽しそうだ。


「お好み焼きがいい」

「えーっ、俺はラーメン食いたい」


 すれ違いざまに聞こえた二人の声に、思わず表情が緩む。
 彩が足を止めて振り返ると、そのカップルはアーケードの端でひっそりと営業しているお好み焼き屋の前で立ち止まった。そして、ラーメン食いたいと言っていたはずの男子が、彼女と一緒にメニューを指さし始める。


 ――かわいいなぁ。


 心の中でつぶやいて、彩は先を急いだ。
 
 アーケードの途中で脇道に入って、親友と待ち合わせをしている飲食店を目指す。街灯がとぼしく、二人並んでは歩けない細い路地にその店はある。営業中と書かれた小さな看板が目印なのだが、常連客でなければ、ここが飲食店だなんてまず気がつかないだろう。


「こんばんは」

「いらっしゃい」


 彩が店に入ると、オーナーが調理場から顔を出した。ハスキーボイスがかっこいい、四十歳くらいの女性だ。


「彩、こっち!」


 カウンター席から、待ち合わせ相手の北川由香が手をふる。彼女とは小学校からの同級生で、高校まで一緒だった。彼女は努力に努力を重ねて夢を叶え、内科の専攻医として彩が勤める病院で日々研鑽を積んでいる。


「早かったね、由香」

「うん。今日は彩とゆっくり話しするぞーって、六時前に脱走してきた」

「そうなの? 由香が医局を出たの、全然気がつかなかったよ。上級医の先生に見つからなかった?」

「大丈夫。茅場先生が、病棟の患者さんのI.Cやってる時間を狙っての犯行だから」

「さすがだね」

「でしょ。まぁ、明日ちくりと十言くらい言われるだろうけど」

「間違いない」


 彩は笑いながら由香の隣に座って、カウンターの下のカゴにハンドバッグを入れた。職場からの連絡に備えて、スマートフォンだけは目につく所に置く。店内に、客は彩と由香の二人だけ。まったりと眠気を誘発しそうなオレンジ色の照明と絶妙な音量で流れるジャズが耳に心地いい。


「今日は、なにを食べたい?」


 オーナーが尋ねて、「そうねぇ」と由香が腕組みする。この店に決まったメニューはない。食べたいもの、食材、味、食感などを言えば、オーナーが勝手に作ってくれるシステムだ。オーナーが作ってくれるご飯は、どれもほっぺたが落ちるほどおいしい。


「鶏をカリッと焼いたのをお願いします。さっぱり味で」

「じゃあ、私はそんなに辛くないペペロンチーノにしようかな。あと、ピンク・レディを。彩はハイボールでいいよね?」

「うん!」


 了解、と調理場からハスキーボイスが返ってくる。すぐにピンク・レディとハイボールが出てきた。二人は、グラスを軽く合わせて乾いた喉を潤す。


「うーん、生きかえる!」

「ほんとだね。ところで由香、最近ちょっと表情が暗い気がするけど、なにか困っていることがあるんじゃないの?」

「……ある。ちょっとだけ愚痴ってもいい?」

「いいよ。親友として真剣に聞くし、必要なら医局秘書として問題解決に努める」

「よし、頼んだ」


 彩は、共感の相槌をうちながら由香の愚痴につき合う。
 医局秘書というと雑用係だと思われがちだが、みんなの潤滑剤になるのが役割だったりする。


「聞いてくれてありがと、彩」


 ひとしきり愚痴を言った由香が、すっきりとした顔をする。彼女はいつもこうだ。たまった鬱憤を吐きだして、そのあとは二度とネガティブな話はしないし引きずらない。


「どういたしまして」

「そういえば、藤崎君たちそろそろ院外研修に出るんだよね?」

「ああ……、うん」


 彩は、壁の隅っこに掛けられたカレンダーに目を向けた。オーナーの予定だろうか。十月二十七日に大きな赤丸がついている。

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