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それからというもの 4

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(……ん? 困ってる?)
 何で困っているんでしょう? 私何かしたでしょうか?
 お師匠様は私から顔を背けて、
「……お前の魔力の暴走は、俺がお前にしっかり制御法を教えていかなかったから起こった。私のせいであってお前のせいではない」
 礼をされるいわれはない――と、そう仰りたいのでしょうか?
 私はぶんぶんと豪快に首を横に振ります。
「現実として! 私はお師匠様のお薬で助かりました! そのお礼は、受け取ってもらってしかるべきです!」
「………」
「それにまたお師匠様にお茶が淹れられて嬉しいんです私。もう、一日何杯でも淹れちゃいますよっ! おかわりいりませんか?」
「まだ一口も飲んでいない」
 呆れた声でそう言い、お師匠様はティーカップを持ち上げ、口に寄せました。
 一口。よし、飲んでくれた!
 その時点で嬉しかったのに――
「……うまい」
 へ?
 今、今何と仰いましたかお師匠様っ!?
「お、お師匠様、お師匠様、もう一回言ってくださいお師匠様ーーー!」
「うるさい! 何度も言わせるな!」
 ああん、もう一回聞きたい! だって私の妄想、空耳かもしれない! 確かめたかったのにい!
 私はしょぼんと肩を落とし、
「宿題やってきます……」
 近くの台に置いていたティーセットへと手を伸ばしました。
 ところが。
「待て。話がある」
 はてお師匠様からお話とは何でしょう。
 はっ。まさか宿題を増やされるのでしょうか!? ローランさんの特訓のおかげでマシになっているとは言え、私はまだまだお師匠様にはついていけませんよ!? 堂々と言うことではありませんが!
「こっちへ来い」
 そう言って、お師匠様は手を差し出されました。
「?」
 私は疑問符を浮かべながら、お師匠様に近づきます。
 と――
 お師匠様は急に私をぐりんと背中向きにさせ、後ろから手を回し、すとんと座らせました。
 どこに? ――お師匠様のお膝の上に!
 つまり私は後ろからお師匠様に抱かれながら、お師匠様の膝の上に座る体勢になったのです。
 お師匠様の呼吸が、私の首筋にありました。私の鼓動が一気に跳ね上がりました。心臓が割れそうに鳴り始めます。なにこれ、どうしたのこれ!?
「……すまなかったと思っている。お前を必ず元の世界に帰してやると言ったのに、こんなことになって」
「そ、それは……お師匠様のせいではありませんから」
「いや、俺が甘かったせいだ。……今、イディアスの術を破る方法を模索している。絶対、とは約束してやれんが……お前を元の世界に帰せる日がくるように、全力を尽くす」
「お師匠様……」
 私は胸があたたかくなりました。お師匠様、お師匠様は責任感が強いのですね。
 私はお腹に回ったお師匠様の手に、自分の手を重ねました。
「あんまり、無理なさらないでくださいね。今の私には、故郷の家族と同じくらい……お師匠様が大事です」
 そう、それは本当のこと。
 本当はそれだけの想いじゃないけれど。家族と同じどころじゃなくなっているけれど。
 今はこれしか言えないから。

 そ、それにしてもこの体勢は、いつになったら解放してくれるのでしょうか?

 お師匠様は私をしばらく抱きしめたままにしていました。
 私は心臓をバクバク言わせながら、でも嬉しくて、彼の体温に浸かっていました。
「……お前に魔力制御を教えるのが急務になったと思っている」
 ふと耳元でお師匠様の声。ああもう、私この声本当に好き。
 おまけに息がかかってるかかってる! やあっ、耳たぶが熱い!
「お、お、お師匠様っ! その話はこの格好でする意味があるのですか!」
「……残念ながらな」
 耳元で喋るときは囁くようになるのもずるい。何だかいつもより少し低くて、私の耳に響くんです。
 私のお腹あたりに回った両手。力があまり入っていません。なので逃げようと思えば逃げられるのかもしれませんが――
 私は心臓バクバク、脳天にまで響くほどの動悸のせいで、逃げるという選択肢を綺麗に忘れてしまっていました。
 意味が分からないときは尋ねるに限ります。私はあわあわとお師匠様に尋ねました。
「どうしたんですかお師匠様! 熱でもあるんですか!?」
「……触れていれば分かるだろう。あるように思えるのか」
「ないです! お師匠様体温低いですね!」
「余計なことは言わんでいい。――お前は――」
 何かを、ためらうような気配がありました。
「お前は、いやなのか。こうして俺に抱かれていることが」
「―――っ」
 抱かれているのがいや!? そんな、そんなまさか、全然っ!
 ――ああ、いけない。思い出しちゃった。永遠に封じていようと思った想いを。
 ででででも! まさかお師匠様からこんなことをされるなんて、予想外にもほどがありますよ!?
 何度も、「駄目です!」と言おうと思いました。このままでは私の閉じ込めた気持ちがあふれてきちゃう。
 でも、言えませんでした。
 初めて知るお師匠様の体温が愛おしくて。
 離れられるわけが……ない。
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