世界の中心は君だった

KOROU

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五章

暗闇と光

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 扉の中に入ると、そこは通路になっていた。
 どこかの建物のような、西洋の館のような通路が奥まで続いている。正直、ちょっと薄暗いなと感じた。
 その通路を進んでいくと、額縁に様々な絵がはまっていた。

 お葬式の絵。クリスマスツリー。劇場のような舞台。黒いランドセル。
 それらの絵を見て、これは私の思い出だと気付いた。思い出が絵となって飾られているのだと。
 そんな通路を進むうちに、懐かしさと共になぜか嬉しさや楽しさが込み上げてくる。
 私の思い出は、ちゃんとここにあったのだと。私の記憶は、しっかりと記録を留めていたのだと。

 その事に感極まって泣きそうな中、思い出のギャラリー通路の奥に扉があった。それは、頑丈そうな扉だった。扉には名前が付いているのか名札があった。

 『狐こと狼』

 それが意味する物を見て、私は唇が震える。
 狐――それは私が貰った名前であり、新たに自分で付けた名前だ。
 狼――それは私が彼にあげた名前であり、本当の名を意味する。

 狐=狼であり、今の狼君に名前はない。それを意味する名前の扉があり、私はそれに触れる事をためらった。
 その扉に触れる。それは私の事を思い出すものではないかと思ったからだ。
 一瞬のためらいの後、私はその扉の取っ手を持った。約束。開かないといけない。
 覚悟を決めて開いた瞬間、私は扉の中に強い力で吸い込まれた。

 目を瞑ってしまい、まぶたを開けると、そこは暗闇だった。

 ここは――来たことがある。あの日、いじめがあった日と自殺を図った日に訪れた場所だ。
 暗闇の中で周りを見ると、一切明かりが灯っていない。一筋の光も差し込まない。
 その中で、聞こえ始めた。暴言が。

「死ねよ」「お前なんか生きてる価値ないだろ」「くっさ」「臭いがゴミじゃん」「消えろよ」「存在してることがおかしい」

 そういった暴言が暗闇の中で聞こえてきて、私は思わず目を閉じて耳を塞ぐ。
 ここは嫌だ。ここだけは嫌だ。ここにいると私は私を見失いそうになる。

 そう思い片目を開けると、私の目に飛び込んできたのは、裸の女の子が数人に殴られて蹴られている姿だ。
 アレは――――あの時の私。
 女の子は泣きながら頭を守っている。それでも暴力は止まない。まるで、刑を執行されているかのような、酷い状況を目にして、私は声を発する。

「やめてあげてよ!」

 その声を発しても、暴力も暴言も止まない。その状況に、私は心細くなる。心が弱くなる。
 ああ、変わらないんだ。この状況は。
 変える事は出来ないんだ。この状況を。
 他人の暴言。他人の暴力。たかだかそれだけなのに、何よりも相手に深い痛手を負わせる。
 そんな世界は、今も変わらない。

 その事に涙した時だった。私の肩に何かが触れた。振り向けば、狼君が立っていた。思わず耳から手を離すと、狼君は言った。

「あの時、君はどうして欲しかったの?」

 その言葉に私は、はっとする。あの時、あの頃、私は――。

「――助けて、欲しかった」
「なら、助けに行ってあげなよ。自分はこの先で待っているからね」

 そう言って狼君は闇の奥に消えていく。手を伸ばして「待って」と言っても、狼君の姿は見えなくなった。
 代わりに、暴力と罵倒の音だけが響く。
 あの頃の私が、こちらをチラリと見る。その姿にドキリとする。
 その目には大粒の涙があり、手を微かに伸ばしてきた。

 私は知っている。本当は、本当は助けて欲しかった事を。
 母親に相談すれば、きっと解決してくれた。転校でも、理解でも、何かしら得られたはずだ。
 先生に相談すれば、何かしらの抑止力になったのかもしれない。
 保健の先生に相談すれば、きっと味方になってくれて、すぐに戻ってきてくれたかもしれない。
 自分だけが我慢すれば、自分だけで解決しようとしたから、だから私は――。

 あの頃、助けを求めず、助けて欲しいの手を伸ばさなかったのは他でもない――私自身だ。
 あの頃の私が諦めたように手を引っ込めて頭を守る。その姿に、私は歯を食いしばった。

「諦めんなよ! 我慢なんかしなくていいんだよ! 助けて欲しいんでしょ!」

 そう言いながら、私は暴力を振るわれているあの頃の私に駆けて手を伸ばした。その子が手を伸ばし、私は思わず涙する。そうだ。こういう事なのだ。
 私は世界を嫌った。自分を嫌った。しかし、それは私の勝手な思い込みで、本当に諦めたのは私自身”から”だ。世界が嫌ったわけでも、周りが嫌いになったわけでもない。
 私自身が勝手に、希望を捨てたのだ。

 あの頃の私の手が、今の私の手に触れる。その瞬間、光が広がった。
 光に飲み込まれて、暗闇が一転した。
 光に満ちた空間の中に立っていたのは、他でもない白いワンピースを着たあの頃の私だった。
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