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1年生編:1学期
第20話 アイドルの家③
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日曜の朝食を終えると、紗耶は食器を重ね、慣れた動作でキッチンへ運んでいった。小気味よい水音と食器が触れ合う音が響き、まるで朝の静けさをリズムに変えるようだった。
洗い終えた手を軽く拭きながら戻ってくると、リビングのテーブルにはすでに教材の山。カーテン越しの柔らかな光が、机の上の教科書やノートにぽつりぽつりと影を落としていた。
外では日曜特有ののんびりした空気が流れているはずなのに、この小さなリビングだけは、どこか張り詰めた静けさをまとっていた。
「よし……じゃあ、最後の追い込みをやろっか」
美羽がペンを指の間で回しながら言うと、軽く空気が動いた。
「うぅ……もう少しゆっくりしたい……」
晴はぐったりと椅子に体重を預けるが、紗耶がすっと体を寄せ、のぞき込むように微笑んだ。
「昨日あれだけ頑張ったんだし、今日、最後の追い込み頑張ったらいい結果になると思うよ!」
その声は柔らかいのに、ちゃんと届く。
晴は頭をかくように視線を逸らし──
「……その笑顔で言われると断れねぇ……」
仕方なく、でもどこか嬉しそうに教科書を手に取った。
三人は同時にページを開き、それぞれの“苦手”に向き合い始める。
紗耶は英語の長文を前に眉をひそめ、晴は数式を前に完全にフリーズし、美羽はスラスラと問題を解きながら、二人の様子を気にしていた。
「紗耶ちゃん、ここね、文章の切れ目に印つけると読みやすいよ」
美羽が指で紙面をなぞる。
「なるほど……こう?」
「そうそう、それでリズムつかみやすくなるよ!」
一方、晴には——
「そこはね、三角形の相似が使えれば一発で出せるよ」
「……悪い、美羽。助かる」
「助けるっていうか……晴くんの“やる気スイッチ”押してるだけだよ?」
「それが一番難しいんだけどな!」
そんなやり取りが、静けさの中に小さな笑いを生んでいく。
三人だけの穏やかな時間が、静かに積み重なっていった。
気がつけば、もうお昼。
時計を見る美羽の表情も、晴の腹の鳴る音も、完全に限界を迎えていた。
「お腹、減ったぁぁぁ……!」
晴が机に突っ伏すと、
「ちょうどいいから、お昼作るね」
紗耶は椅子を引き、キッチンに向かう。
その背中は、昨日からずっと“誰かのために動く人”の姿だった。
「紗耶ちゃん……料理の天才……」
美羽が感嘆する。
「いやいや! 今日は簡単なやつにするよ」
そう言いつつ、手際よく具材を刻み、フライパンの上で軽快に炒めていく音が響く。紗耶が料理しているだけで、部屋全体の空気が“家庭のぬくもり”みたいなもので満たされていった。
出来上がったのは湯気の立つふわとろオムライス。
最後にケチャップでハートを描く紗耶を見た晴は、思わず声を上げる。
「なんでハート?」
「気分!」
「アイドルが言う“気分”って、なんか説得力あるよな……」
三人で頬張る昼食は、昨日よりもずっと温かくて、ずっと近かった。
ひと口食べるたび、何か特別な時間が流れていくのが分かった。
食べ終えて片づけを済ませると、時計はもう午後。楽しい時間は不思議と早く過ぎていく。玄関に立つ紗耶は、少しだけ寂しげに手を前に組みながら言った。
「二人とも……来てくれてありがとう。本当に楽しかったよ!」
その声には素直な気持ちがにじんでいた。
「また勉強会やろうよ!」
美羽は明るく笑う。
「期末テスト終わったら三人で遊ぼうよ!」
晴も軽く手を上げる。
紗耶は一瞬、視線を落としたが──
ふっと顔を上げ、大きく頷いた。
「……うん。絶対!まずは明日からの期末テスト頑張ろうね!!」
その言葉は、名残惜しさをそのまま包み込むように響いた。
晴と美羽はそれぞれの帰り道へ歩き出す。
晴は帰宅すると自分の部屋に入り、机に向かって教材を並べた。
いつもは散らかっている机も、今日はなぜか少し整って見える。
「……結構やったよな、俺」
声に出すと、ちょっと誇らしい。昨日も、今日も、怠けたかった自分を引きずってくれた二人の存在が思い浮かぶ。
「美羽の説明、マジ分かりやすかったし……、紗耶のあの笑顔は、反則だし……」
思わず笑ってしまう。
「よし……もうちょっとだけやるか」
椅子に座り直し、静かな自分の部屋で参考書を開いた。
窓の外では夕方の光が伸び、今日の頑張りをそっと照らしていた。
帰宅した美羽は自分の部屋に入り、机に向かう。
整頓されたノートたちは、彼女の几帳面さそのものだった。
「……紗耶ちゃん、ホントにすごいなぁ」
昨日、今日と一緒に過ごした紗耶は、アイドルでも転校生でもなかった。
ただの、普通で、努力家で、とても温かい一人の女の子。
「よし、私も負けてられない」
美羽は深呼吸して、教科書を開いた。
ページの向こうに、二人の顔が浮かんだ気がした。
紗耶は晴と美羽が帰ったあと、静かになったリビングに一人残っていた。
昨日からずっと賑やかだった家が、急に大きくなったように感じる。
「……ちょっと、寂しいな」
でも胸の奥には、ぽっと灯るような温かさが残っていた。
三人で食べて、笑って、勉強して。
そんな“普通の時間”が、今の自分に何より必要だった。
「二人も頑張ってるよね……私も、負けてられない」
そうつぶやきながら机にノートを広げる。
ステージに立つときとは違う、静かな強さがその背中に宿っていた。
三人は別々の場所で机に向かい、でも同じページをめくり、同じテストに向かっていた。離れていても、不思議と気持ちはつながっている。
ついに明日から、期末テスト。
――それぞれの日常で、それぞれの努力が、静かに積み重なっていく。
洗い終えた手を軽く拭きながら戻ってくると、リビングのテーブルにはすでに教材の山。カーテン越しの柔らかな光が、机の上の教科書やノートにぽつりぽつりと影を落としていた。
外では日曜特有ののんびりした空気が流れているはずなのに、この小さなリビングだけは、どこか張り詰めた静けさをまとっていた。
「よし……じゃあ、最後の追い込みをやろっか」
美羽がペンを指の間で回しながら言うと、軽く空気が動いた。
「うぅ……もう少しゆっくりしたい……」
晴はぐったりと椅子に体重を預けるが、紗耶がすっと体を寄せ、のぞき込むように微笑んだ。
「昨日あれだけ頑張ったんだし、今日、最後の追い込み頑張ったらいい結果になると思うよ!」
その声は柔らかいのに、ちゃんと届く。
晴は頭をかくように視線を逸らし──
「……その笑顔で言われると断れねぇ……」
仕方なく、でもどこか嬉しそうに教科書を手に取った。
三人は同時にページを開き、それぞれの“苦手”に向き合い始める。
紗耶は英語の長文を前に眉をひそめ、晴は数式を前に完全にフリーズし、美羽はスラスラと問題を解きながら、二人の様子を気にしていた。
「紗耶ちゃん、ここね、文章の切れ目に印つけると読みやすいよ」
美羽が指で紙面をなぞる。
「なるほど……こう?」
「そうそう、それでリズムつかみやすくなるよ!」
一方、晴には——
「そこはね、三角形の相似が使えれば一発で出せるよ」
「……悪い、美羽。助かる」
「助けるっていうか……晴くんの“やる気スイッチ”押してるだけだよ?」
「それが一番難しいんだけどな!」
そんなやり取りが、静けさの中に小さな笑いを生んでいく。
三人だけの穏やかな時間が、静かに積み重なっていった。
気がつけば、もうお昼。
時計を見る美羽の表情も、晴の腹の鳴る音も、完全に限界を迎えていた。
「お腹、減ったぁぁぁ……!」
晴が机に突っ伏すと、
「ちょうどいいから、お昼作るね」
紗耶は椅子を引き、キッチンに向かう。
その背中は、昨日からずっと“誰かのために動く人”の姿だった。
「紗耶ちゃん……料理の天才……」
美羽が感嘆する。
「いやいや! 今日は簡単なやつにするよ」
そう言いつつ、手際よく具材を刻み、フライパンの上で軽快に炒めていく音が響く。紗耶が料理しているだけで、部屋全体の空気が“家庭のぬくもり”みたいなもので満たされていった。
出来上がったのは湯気の立つふわとろオムライス。
最後にケチャップでハートを描く紗耶を見た晴は、思わず声を上げる。
「なんでハート?」
「気分!」
「アイドルが言う“気分”って、なんか説得力あるよな……」
三人で頬張る昼食は、昨日よりもずっと温かくて、ずっと近かった。
ひと口食べるたび、何か特別な時間が流れていくのが分かった。
食べ終えて片づけを済ませると、時計はもう午後。楽しい時間は不思議と早く過ぎていく。玄関に立つ紗耶は、少しだけ寂しげに手を前に組みながら言った。
「二人とも……来てくれてありがとう。本当に楽しかったよ!」
その声には素直な気持ちがにじんでいた。
「また勉強会やろうよ!」
美羽は明るく笑う。
「期末テスト終わったら三人で遊ぼうよ!」
晴も軽く手を上げる。
紗耶は一瞬、視線を落としたが──
ふっと顔を上げ、大きく頷いた。
「……うん。絶対!まずは明日からの期末テスト頑張ろうね!!」
その言葉は、名残惜しさをそのまま包み込むように響いた。
晴と美羽はそれぞれの帰り道へ歩き出す。
晴は帰宅すると自分の部屋に入り、机に向かって教材を並べた。
いつもは散らかっている机も、今日はなぜか少し整って見える。
「……結構やったよな、俺」
声に出すと、ちょっと誇らしい。昨日も、今日も、怠けたかった自分を引きずってくれた二人の存在が思い浮かぶ。
「美羽の説明、マジ分かりやすかったし……、紗耶のあの笑顔は、反則だし……」
思わず笑ってしまう。
「よし……もうちょっとだけやるか」
椅子に座り直し、静かな自分の部屋で参考書を開いた。
窓の外では夕方の光が伸び、今日の頑張りをそっと照らしていた。
帰宅した美羽は自分の部屋に入り、机に向かう。
整頓されたノートたちは、彼女の几帳面さそのものだった。
「……紗耶ちゃん、ホントにすごいなぁ」
昨日、今日と一緒に過ごした紗耶は、アイドルでも転校生でもなかった。
ただの、普通で、努力家で、とても温かい一人の女の子。
「よし、私も負けてられない」
美羽は深呼吸して、教科書を開いた。
ページの向こうに、二人の顔が浮かんだ気がした。
紗耶は晴と美羽が帰ったあと、静かになったリビングに一人残っていた。
昨日からずっと賑やかだった家が、急に大きくなったように感じる。
「……ちょっと、寂しいな」
でも胸の奥には、ぽっと灯るような温かさが残っていた。
三人で食べて、笑って、勉強して。
そんな“普通の時間”が、今の自分に何より必要だった。
「二人も頑張ってるよね……私も、負けてられない」
そうつぶやきながら机にノートを広げる。
ステージに立つときとは違う、静かな強さがその背中に宿っていた。
三人は別々の場所で机に向かい、でも同じページをめくり、同じテストに向かっていた。離れていても、不思議と気持ちはつながっている。
ついに明日から、期末テスト。
――それぞれの日常で、それぞれの努力が、静かに積み重なっていく。
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