掌中の珠のように

花影

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救出1

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暴力シーンがあります。


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 沙耶を拉致した後、ガラムと合流して既に3時間は経過している。その間、彼らが乗った車を運転しているのは佐々本の部下だった。
 後部座席との間にカーテンをかけているのだが、先程から絶え間なく少女の泣き叫ぶ声が聞こえて来るので、何が行われているかは想像するまでもない。助手席に座る同僚がそっとカーテンに隙間を作り、ルームミラーを調整してみれば、白い少女の裸体が覗く。ガラムの巨体が少し邪魔だが、目的地まで十分に楽しめそうだった。
 夜の高速道路は大型トラックが目立つ。後部座席の光景に気をとられている間に、車の周りは運送会社の名前が入った大型トラックに囲まれていた。早く抜けたいのだが、横には白いセダンが並走している。
「チッ」
 ハンドルを握る男は苛立たしげに舌打ちをする。前を走るトラックのスピードが徐々に落ちてきたが、隣の白いセダンが邪魔で車線変更もできない。仕方なくスピードを緩めると、既に一般道でも遅く感じる速度まで落ちていた。
「あー、イライラする!」
 男の忍耐は限界に達していた。後部座席からは相変わらず少女の悲鳴じみた声と呑気にそれを楽しむガラムの声が聞こえてくる。
 それなのに、これだけ苦労して目的地に着くのが遅れれば、叱責されるのは自分達なのだ。どこの国のお偉いさんか知らないが、あまりにも理不尽な気がしてくる。
「うわっ!」

 ガシャ!

 突然、白いセダンが車の前に割り込んできた。一台分あるかどうかの所へ無理やり入り込んできたため、当然ブレーキが間に合わず、車は白いセダンに追突する。
「何事だ?」
 後ろで盛大にひっくり返ったらしいガラムがカーテンの僅かな隙間から顔を出す。
「申し訳ありません、あの車が割り込んできてぶつかりました」
 内心の怒りを抑え込みつつ、ハンドルを握っていた男はヘッドライトに照らされた車を指す。
「警察が来るとまずい。早く話をつけろ」
 それだけ命じると、ガラムはすぐにカーテンを閉め切った。少女の鳴き声がくぐもった物に代わる。交渉する間、声が外に漏れないように口を何かで塞いだのだろう。
 男達は仕方なく車を降りて白いセダンに向かう。大抵の人間であれば、彼らのように黒いスーツにサングラスをした厳つい大男を見れば竦み上がるはずである。セダンの運転手もそうなのだろう、一向に降りて来る気配がない。
「降りてこいや」
「車が台無しだ。どこ見てやがる」
 2人は車に近寄り、運転席の男に凄んで見せる。相手はようやく決心したのか、運転席のドアを開けて降りてきた。
「そうか……それは悪い事をした」
 黒い上下に夏物のジャケットを羽織り、サングラスをした相手は思いの外、背が高い。そしていつの間にか相手の放つ威圧感に、2人とも気圧されていた。
「ひっ……」
 相手がサングラスを外すと、2人は蒼白となる。ヘッドライトに照らされていたのは、彼らが一番会いたくない相手……大倉義総その人だった。
「ご同乗の方に怪我は無いだろうか?ちょっと中を拝見させて頂いても宜しいだろうか?」
「い……いいえ、大丈夫です!」
「く……車も大したことありませんでした!い……急ぎますので……」
 車に向かう義総を2人は必死に引き留め、どうにかその場を逃れようとする。
「いいや。徹底的に調べさせてもらおう」
 義総が指を鳴らすと、現場を囲むように止まったトラックの荷台が開き、中からワラワラと迷彩服を着て武装した男達が降りてきた。1人はすぐに拘束されたが、もう1人は仲間を見捨てて逃げようとする。
「うぐっ」
 一際背の高い若者が、素早く動いて逃げ出そうとした男を昏倒させ、何事も無かったように義総に近寄ってくる。彼と同様に黒の上下に身を包んだ幸嗣だった。
 2人は銃を構えたまま、慎重にワンボックスに近づく。外で何が起こっているのかまだ知らないのだろう。中からはかすかに少女のものらしいくぐもったうめき声が聞こえてくる。

 ガチャ

 慎重に義総が運転席のドアを、幸嗣が助手席のドアを開ける。
「ガラム様」
 中に彼がいるのは確認済みだった。拘束した男達の声に似せて中の男を呼んでみると、カーテンの中から当人が顔を出した。
「!」
 いきなり額に銃を突き付けられ、しかも死んだと思い込んでいた義総が目の前にいてガラムの顔を青いを通り越して白くなる。
「わ……わ……」
 逃げようとして思い通りに体が動かず、手がカーテンにかかって少し開く。後部座席に裸の沙耶が横たわっているのが目に入り、頭に血が上った義総はガラムの胸ぐらをつかむと、その巨体をものともせずに片手で車外に引きずり出した。
「その汚らわしい手で沙耶に触れたな!」
 ガラムは硬いアスファルトの上に投げ倒され、仰向けになったところを義総が胸に片足をかける。周囲を武装した男達がすぐに取り囲み、いくつもの銃口が向けられてガラムはすくみ上がる。
 ガラムが動けなくなったのを見ると、義総は胸にかけていた足を振り上げ、勢いをつけて踵を落とした。
「ぎゃあぁぁぁ」
 厚い脂肪に覆われていても、どうやら肋骨が折れたらしい。ガラムは痛みにもがき、苦しみ始めた。
「兄さん、そのくらいで……」
 なおも蹴ろうとする義総を幸嗣が止める。義総は我に返ると、無言のまま拳銃を幸嗣に渡すとワンボックスの中に入る。幸嗣は肩を竦めると、のたうちまわるガラムの体を踏みつけて止めた。
「すぐには殺さないから安心しなよ。だけど、楽には死なせないよ」
 人の悪い笑みを浮かべると、幸嗣は兄が痛めつけた場所をもう一度ふりをつけて踵を降ろした。今は仕返しができない沙耶の分の恨みを込めて……。


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サブタイトル「報復」でも良かったかな。
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