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36.好きになって欲しいんだ

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 突然投下された爆弾に瞬きをした。

「……正当な血筋じゃない、って。それってつまり、国王陛下と王妃殿下の子供じゃないって事、ですか?」

 思わず声の震えた私に対して、エリオット殿下が間違いなくはっきりと頷く。
 それが本当なら私の前世どころじゃない、大スキャンダルだ。

 イグノアース王国では血統を重んじる風潮が根強い。前世の価値観を思い出してしまった私にはもう遠い感覚だけど、この国の貴族には私みたいな考えの人はとても少ないだろう。

「正確には国王陛下である父上とは血の繋がりがあるけれど、王妃殿下とは無いんだ。僕はね、王妃殿下が嫁いできた頃に国王陛下が使用人相手に作った子供なんだよ」
「……っ」

「国王陛下はその使用人の女性と密かに愛し合っていた。けれど使用人だからね、正式な結婚は出来ない」

 それは分かる。
 貴族ですら貴族間でしか結婚しないのだ。庶民の血が混ざる事を嫌って。
 それがましてや国王となれば、使用人とだなんて許されなかったんだろう。

「国王陛下はどうにかしようとしたかったらしいんだけど、周囲の圧力をはねつける事は出来なかった。結局エメラ王国の姫であった王妃殿下を迎える時に、その使用人が身籠ってしまう」

 何も言えない私を真っ直ぐに見て、そしてエリオット殿下がその琥珀色の瞳を静かに伏せた。

「国王陛下は使用人を愛していたから、遠くに追いやることは出来なかった。隠すように王城に置いて十月十日の後、けれど子供を産み落とした代わりに使用人は亡くなってしまった」
「そんな……っ」
「国王陛下は愛する女性を失った事を悲しみ、そして代わりに産み落とされた子供を愛した。……他国から嫁いできた女性に、自分が産んだ事にして欲しいと頼み込む程にね」
「どうしてそんな事を」
「子供を殺させないためだ。国王の庶子だなんて認められるはずがないからね。使用人が生きていたらどうするつもりだったのかは分からないが、けれどそうしてこの国の第一王子は作られたんだよ」

 そんなのめちゃくちゃだ。
 国王陛下の悲しみは同情の余地があるけれど、それにしたって。

「エリオット殿下はいつそれを?」
「僕が知ったのはまだ子供の頃かな。王妃殿下は弟のルイスにばかり構って僕の事には一切の興味を持ってくれなかったから、国王陛下に泣きついたんだ。その時に教えてもらったんだけど……納得したよ。他国からわざわざ嫁いで来たのに使用人が産んだ子供を押し付けられて、その子供が第一王子の座に納まってるんだからね」

 なんでもないように小さく微笑むエリオット殿下に胸のあたりがきゅっと苦しくなった。

 本来は笑って話せるような事じゃない。
 それでもエリオット殿下は微笑むんだろう。

 それしかないから。

 怒っても腐ってもどうにもならないから。きっとエリオット殿下の中では色んな葛藤があって、でもそれを表に出す事はしない。

 ……その心の内を見せる事が出来る人は居るんだろうか。
 ふとそんな事が気になった。

 私にはアンナや家族が居る。小さい頃から一緒にいて、何でも相談出来る相手だ。
 エリオット殿下は?

「まぁ幸いにして僕は国王陛下に似たからね。今まで誰にも生まれを気が付かれる事も無くやっているよ」

 国王陛下は金の髪に琥珀色の瞳アンバーアイだ。優しげな目鼻立ちも確かに、エリオット殿下は国王陛下によく似ている。
 対してルイス殿下の銀の髪は王妃殿下譲り。はっきりした顔立ちも王妃陛下によく似ている。

 そういう意味では確かに良かったのだろう。
 私だって今この瞬間まで想像したことすら無かったのだから。

「……どうしてそんな大事な話を、私に? もしかしたら私から広まってしまったかもしれないのに」
「聞いて欲しかった。……いや、知って欲しかった。レベッカなら無闇に人に言う事はないと思ったし、君から広められたなら仕方ないと思える。何より」

 エリオット殿下の静かな琥珀色の瞳に見つめられて、私は動けなくなってしまった。
 頬を大きな手に包まれる。

 ゆっくりと近付いてくる唇の意味に気が付かない程バカじゃない。

「僕の全てを知った上で、レベッカに好きになって欲しいんだ」

 深い琥珀色がとろりと溶けたような気がした。溶けて、触れて、私の中に入ってくる。

 初めて触れた唇はとても柔らかかった。
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