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第3話「幼馴染を弁当に誘う」

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「……ね、ねぇ。あのさっ、そ、そのね……お、お弁当を……一緒に、食べない?」

「……え?」

 あれから数日、普段通りに学校に行き、適当に授業をこなし来たる昼休み。
 ゆっくりと近づいた四葉が何かもじもじとしていると思ったら、放たれた言葉がこれだった。

「だ、だから……食べようって」

「いや、それはわかってる。どういう風の吹き回しだって意味だよ?」

「さ、察してよっ」

「何をだ————はぁ、そういうことか」

 俺の顔を覆い隠すように目の前に立った彼女、しかし右手でこっそりと指さす方向を見てため息が漏れた。その方角の先でいつも四葉と一緒に居る女子友達が全員ニヤニヤこそこそ話をしている。どうやら、彼女たちにドヤされてきてしまったようだ。

 普段は可愛げのない四葉も案外弱いことはあるらしい。前回の事と言い、ここ最近は少しおかしい気もするがこういうところは幼馴染としてそそられるから悪くはない。というか、むしろ良いくらいである。

「そ、それで……だめ、かな?」

「なんでそんなに恥ずかしがってるんだよ……」

「べ、別に恥ずかしがってないしっ」

 その言い方が恥ずかしがってる。
 証拠に顔が少し赤かった。写真でも撮っておきたいくらい。あ、いや別に幼馴染が意外にも可愛くてお気に入りに保存したいとかではないぞ、断じてな!

「恥ずかしがってるぞ」

「うっ。うるさいしっ——」

 しかし、これ以上言うと四葉に腹を膝蹴りされそうなので俺はすんなりと首を縦に振った。少々こちらを見る目もきつくなってきたし、四葉と話をするのも周りの男子からの圧も凄い。睨む視線の中、ところどころに殺気も混ざっているので早くここから離れた方がいいだろう。

「はいはい、分かったよ……中庭でも行くか」

「うん……」

 ぼそっと呟いた四葉を連れて俺は中庭のベンチへ向かった。


「よいしょっと、ここでいっか」

「おじさんなの? きもいわよ」

「お前なぁ、もっと言葉を選べ。っていうかなんなんだよ、教室ではあんなよそよそしいくせに」

 まったく、いろんな人が見ている場所ではぐずぐずとしているアイドルらしい女子なのに、こうやって二人きりになるとすぐに冷たくなる。学校で優等生で人気者を演じる気持ちはよく分からない。

「あんな人前でぐちぐち言えないでしょうが」

「はぁ、怖い怖い。女子はそうやって裏があるから近づきがたいんだよなぁ」

「飛躍しすぎ……少なくとも私の周りの子達はないわよ?」

「へぇ、そうか。そうやって周りの子たちはないけど私はあるよ! みたいな陥れる様な方法を使うんだよなぁ、女子って」

「だから飛躍しすぎ、そう言うこと言ってるからモテないのよっ」

「別に……いいんだよ、俺はモテなくてな」

「うわぁ、そういう変なカッコつけ、きしょいんだけど?」

 弁当を膝に置きながら、ジトッとした視線を向ける四葉。それに対して鼻で笑う俺。

 無論、彼女が言うようなかっこつけをしたつもりもないし、意識だってしていない。というか、モテないのは昔からだし気にしてはいないのだがな。別に俺は一生独り身でも悪くはないとも思っているし、魔法使いになるのも案外いいのではないか——なんて思ってもいるくらいだ。

 恋愛の末期患者、みたいなものだ。

「——そうかいそうかいっ。そんなこと言う可愛い可愛い学園のアイドル高嶺の四葉さんに捧げて、ご飯を食べるとしましょうかねっ」

「そんなこと言うなら没収するわよ?」

「はいはい、食べますから心配なさんなって」

「心配なんてしてない!」

 皮肉を口に出しながらも俺は今日も四葉が作ってくれたお弁当の蓋を開ける。ふわっと香る玉子焼きや春巻きの匂いにうつつを抜かしそうにながらも正気を取り戻して一言。

「——おぉ、うまそうな匂い」

「そ、そりゃねっ。私の料理がおいしくないわけがないわっ」

 全くと言っていいほど起伏のない胸を張る四葉。しかし、今回はその通りだった。昔から、というか中学生から親が家にあまりいないのもあってご飯は自分で作っていた——なんて裏エピソードもあるので彼女の料理は鍛え抜かれていて美味なのだ。俺自身、その過程を味わってきたので分かるのだが——実際に彼女の料理にははずれがない。

「ははっ……残念だが、そこは同感だなっ」

「残念って何よ、残念って」

「え? いやぁ、下手だったらもっといじれたなぁって」

「ゲスね」

「どの口が言う」

「私はゲスじゃないわっ。学園のアイドルだものね」

「そういうのは本人が一番言っちゃダメなんだぜ、知ってたのか?」

「そんな常識、私は知らないしどうでもいいかしらね」

 どうでもいい話に花を咲かせる俺たち幼馴染二人は弁当を食べ始めた。まずは男大好き揚げ物からいくとしようか、そうしてパクリ、口に入れるとジュワっと広がった肉汁に舌も蕩けそうになる。パリパリの皮とオリーブオイルの風味、そして肉自体の美味しさ。これらが絶妙なハーモニーを奏でることで俺の舌を手なづけていくのがよく分かる。他にも卵焼きや新鮮なトマト、別腹の果物も市販の安いものばかりだったが意外にも美味しく食べられるのはきっと四葉の技量があってのことだろう。

「やっぱり、私の料理はおいしいわねっ」

「ははっ、自分で持てる自信もそこまで行くと清々しいぞ」

「だって事実だもの、普通よ普通!」

「そうかもしれないな」

「かも?」

「絶対、か」

「ご名答、私のご飯は最強だものねっ!」

 嬉しそうにニコリと微笑んで白米を小さな口の中に入れていく四葉を横目に、俺はもくもくとお弁当の残りを食べていったのであった。

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