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意地悪

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「隼人。起きてください、遅刻しますよ」
 落ち着いた声が寝惚けた頭に心地いい。俺は目を開くよりも先に体を揺らすその腕を掴んだ。驚いたのかサッと腕を引かれるが逆に引き寄せる。
「出雲、おはよ」
 そしてその言葉とは裏腹にベットに招き入れた。
 出雲は常に微笑を纏っている。今だって眉を下げて困った表情を作っているが、微笑んでもいる。その表情を崩すのが楽しいのだ。
「出雲、コレ。どうにかしてくんねぇ?」
 俺よりも十センチ以上背の低い出雲を組み敷くのは朝飯前だ。その流れで寝起きで元気になった身体に触らせる。出雲は一応という感じで少し撫でて、ため息をついた。
「朝から何を言っているんです? 第一あなた、昨日のことを覚えてないのですか?」 
「あぁ? なんだよ」
「あなたの家まで呼びつけておいて途中で寝たでしょう?」
「お前、根に持つタイプかよ」
「とにかく、学校に行きますよ」
 年上のくせにいつもの丁寧な口調なのは変わらないが、語気が強く相当怒っているのがわかる。
 俺はというとそんなことどうでもよかった。フェラの最中で確かに俺は寝ましたとも。でもそんだけ気持ちよかったんだから寧ろ喜ぶべきだろ。
「じゃあさー、続きってことで」
 恐らく着たばかりであろう制服を脱がし始める。意外と抵抗はしてこない。
「隼人……あなた、俺をなんだと思ってるんですか」
「セフレだろ。セックスフレンド!」
 わざと一音一音強調して言ってやると、一瞬眉根を寄せて笑顔が崩れた。だがまたすぐにいつもの微笑に戻る。
 俺はそうやって出雲が大人しくなったのをいいことに、その胸に顔を埋めた。柔らかそうな乳首が外気に触れたせいで少しずつ尖っていく。舌を滑らすとやはり固い。
「あっ……やめてください……」
 下半身にも手を伸ばして扱いてやると、すぐに立ち上がっていく。
「あ、もう……立っちゃうじゃないですかぁ」
「やる気でた?」
「昨日中途半端でしたから、本当は……」
 言い淀み、片手で顔を覆ってそっぽを向く。隠しても赤面しているのがわかった。そんな可愛い出雲の無防備な耳を舐めて囁く。
「したかったんだ?」
「ちゃんと、してくれないと……今度こそこの関係やめますから」
「はいはい、わかったよ。なら四つん這いになれよ」
 素直にこちらにケツを向けてくる。たまにさっきみたいにグチグチ言っても基本的に面倒くさくないところがこいつのいい所だ。
 女相手だと面倒になるのが嫌で一晩限りにするが、出雲と体の関係がずっと続いているのはこういうところだろう。
 さっさと舐めて指で慣らして即挿入。インスタントセックス最高。こんなんで喘いでくれる出雲も最高。
「あ、あ、もっと……」
 ただ一つ嫌いなことがある。
「はやと、すきです……」
 時折言われるこういうの、これはいらない。正直重い。
 体の関係に好きだの何だのは不要。途端に冷めた俺はさっさと精を吐き出すのだ。




 二年A組。僕、長谷川浅人が在籍しているクラスだ。
 このクラスになって半年経ち、今は十月。もうクラスのみんなが友達って感じでとても仲が良く、すごく楽しい。
 特に今年は親友の玲児がいる。僕の兄と玲児の父親が同僚だから幼なじみだったけれど、高校まで学校が一緒のことはなく、今年初めて同じクラスになれたのだ。
 玲児は窓際に座って仏頂面で窓の外を見ていた。白い肌と黒い髪がとても繊細で、派手ではないがスッキリと整った綺麗な顔をしている。それなのにいつも眉間にシワを寄せて怖い顔をしているのが勿体ない。
「玲児、どうしたの? また怖い顔になってるよ」
「む? 浅人か」
「窓の外なんか見て。考えごと?」
「いや……隼人が来てないなと」
「あれ? 本当だ」
 教室を見回してもその姿はない。というかいたら目立つのですぐにわかる。
 しかし窓の外にまた目を向けてみれば、校門あたりで女の子たちが固まって歩いているのが見えた。ほらね、なんともわかりやすい。
「玲児、ほら、あれ。女の子に囲まれてるの隼人だよ」
「む……?」
 窓をのぞきこんで玲児はため息をついた。
「全くあいつは。いい気になって」
 僕も苦笑いで答える。
 今年同じクラスになった大鳥隼人は学校一の有名人だった。どうして一般人なのか疑問なくらいに端麗な容姿をしているのだ。初めて見た時は高解像度のコンピューターグラフィックかと思ったほどである。
 百八十センチ後半はありそうな身長に体の三分の二くらい脚なんじゃないかと錯覚するくらいに長い手足。しかもひょろひょろしてなくて調度いい具合に筋肉質。身長百七十センチの僕としては羨ましいとは思うものの、もうなんか嫉妬とかできないレベル。
「あ、ほら。そろそろ教室に来るんじゃない」
 だんだんと近付いてくる女の子の声で隼人の位置がわかるんだから笑える。
「あーもう! うるせぇな。さっさとどっか行けよ」
 そして当の本人はこの対応である。暴言を吐きながら教室に入っていく隼人を見送りながら、バイバーイと余裕で手を振って去っていく彼女達はなかなか鋼のメンタルをしている。
「隼人、おはよー。もう三限目始まるけど」
「貴様はいつも騒がしいな」
「けっ! 俺がうるさいわけじゃねーだろ」
 そう言ってこちらに近付いてくる綺麗な顔。
 隼人はスタイルだけじゃなくて顔の造形の良さもとんでもない。西洋系ハーフの僕よりも日本人の隼人の方が堀が深いんじゃないかって思う。鼻も高すぎないんだけど綺麗に筋が通っていて、顎もほど良くしっかりしていて男らしい。横顔なんかまるで彫刻みたい。目がなんといっても印象的で、広い二重幅に赤みがかった薄茶色の鋭い瞳が怖いくらいに綺麗だ。僕は隼人が近くに来るとよく見蕩れてしまう……男同士なのに。
「ん? どうした、浅人ちゃん」
 ぼーっと隼人を見上げていたのに気付き、慌てて目を逸らした。
「浅人ちゃんはやめろって、いつも言ってるだろ」
「じゃあパツキンちゃん」
「もっとやだ!」
 隼人は僕の金髪や青い目、女顔なのをよくいじってくる。隼人と違ってハーフなのに身長は高くないし、目なんか大きすぎて”クリクリした可愛い目”とよく言われるが全然嬉しくない。
「隼人、あまり浅人をからかうな」
 さすが僕の大事な親友! 玲児はいつも優しいんだ。
「へいへい」
 そして何故だか隼人は玲児の言うことは大抵素直に受け入れる。二人は中学から一緒らしい。
「二人って仲良いよね。さっきも玲児ったら隼人が来なくて心配してたし」
「浅人っ、やめろたわけ。そういうことを言うな」
 照れて焦る玲児に、隼人はグッと顔を近づけた。ニヤニヤする隼人と目を逸らす玲児を交互に眺める。
「へー、俺の心配してくれるんだ」
「心配したわけではない」
「ふーん? それは残念だなぁ?」
 うーん、なんか。なんか。本当に仲良いんだよな、この二人。憎まれ口叩いたりすることが多いんだけどいつも一緒にいるし。というより隼人がやたらと玲児に構うんだ。
 学校一の有名人である隼人と仲良くなったのも、玲児のおかげだしそれはいいっちゃいいんだけど。それでもせっかく大好きな親友と同じクラスになったのに、僕より隼人と仲良さそうにしているのが少し面白くない。
「ねぇ、玲児と隼人ってお互いの家に行ったりするの?」
 嫉妬からくる突然の質問に二人は怪訝な顔をしてこちらに向いた。先に口を開いたのは隼人だった。
「家? 行ったことはあるけど……」
「そういえば、貴様の一人暮らしの家は知らんな」
「え?! 隼人って一人暮らしなの?!」
 思わぬ情報に飛びつく僕。
 だって一人暮らしだなんて凄い! 僕らまだ高校生なのに、そんなことあるんだ。羨ましいな、でも家政婦さんがいないと困るだろうな。やっぱり僕には絶対無理そうだけど、隼人が一人暮らしをしてるってところがなんだかカッコイイよね。
「なんで一人暮らしなの? 凄いね!」
「かてーのじじょー。別に凄かねぇよ」
「えー、ねぇねぇ、どんな感じなの? 行ってみたい!! あっ、玲児も一緒に週末お泊まり会とかどう?!」
 目を輝かせてハイテンションで話す僕に、隼人は頭を掻きながら呆れ顔をした。玲児はそんな僕らをただ静観している。
「あのなぁ。お前、お坊っちゃんっぽいからわかんねぇんだろうけど、俺んちそんなに広くねーから」
「いいじゃん、男同志なんだし! 雑魚寝って憧れる! ね? 玲児」
 玲児は急に話を振られ、困った顔をした。トレードマークの眉間に寄ったシワが弱々しくなる。返事ができないまま、僕を見て、隼人を見て、きょろきょろと首を動かす。
「玲児、来んの?」
 目が合うと素っ気なく聞く隼人。玲児は俯いてしまった。
 ちょっと、玲児に冷たくするなよ。
「泊まるのは……」
「隼人がそんな態度だから玲児いやそうじゃんか!」
「じゃあ浅人ちゃんだけ泊まるか?」
 そう言いながら、隼人は突然僕の肩をぐいっと抱き寄せた。長い腕に簡単に僕の身体は収まってしまう。こうして触られると肩や腕の硬さが僕とは全然違うので驚いた。
 ちらりと隼人を見上げると顔が近い。端正な顔に胸が高なった。男相手にもこんなにドキドキさせるなんて本当に罪なやつだ。
「どうすんの? 玲児」
 隼人は僕の高鳴る心音になんて気付かず(もちろんその方が良い)、問いかけた。またも素っ気なくて冷たい。
「俺も、行く」
 玲児はいつもよりも小さな、絞り出すような声で答えた。もう、隼人が嫌な態度を取るせいだ。可哀想に。でもみんなでお泊まり会したら絶対楽しいから大丈夫だよね!
 僕は心臓に悪い隼人を突き飛ばし、両手を上げた。
「やったー!! 週末はお泊まり会だ!!」
 その瞬間、予鈴が鳴った。先生が来て僕と隼人はそそくさと自分の席につく。二この時がどんな顔していたかなんて一切気にしないまま、僕は授業中も週末のことで頭をいっぱいにさせていた。




「あれ……なんでお前ら」
 土曜日、僕と玲児が駅前で待っていると隼人が迎えに来てくれた。
 白いTシャツにワインレッドのカーディガンという定番なコーディネートなのに、初めて見る私服姿に僕は言葉が出なかった。 制服よりも体のラインが出るせいか、シンプルだからこそ素材の良さが際立つせいか、色っぽくってカッコいい。男女問わず周囲も隼人に自然と視線を送っているのがわかる。
 しかしその張本人はなぜか不機嫌な顔をしていて。
「なんでお前ら一緒にいるの?」
「貴様、浅人に約束の時間が早まったのを伝え忘れただろう。俺が伝えてやったんだ」
「はぁ? 嘘だろ」
 玲児が伝えると隼人は片手で額を抑えた。本当にすっかり忘れていたんだな。玲児が気を利かせて僕にも連絡をくれて助かった。
「隼人、バイトなくなったんでしょ? 良かったー!」
 しかし話しかけても隼人はニコリともせずに一瞬目線を向けてくるだけだった。
「やってくれるな、玲児」
「伝えてやったんだ感謝しろ」
 睨み合って、なんだか険悪な二人に僕は首を傾げた。しかし隼人は少し大袈裟にため息を吐き、こっちだと歩き出したので一安心だ。一人暮らしの家に興味津々な僕は先ほどの空気も忘れ、軽い足取りでついて行く。
 途中でスーパーに寄って買い物をしながら、スーパーの中には初めて入ったと話すと、隼人にとても驚かれてお坊ちゃんとまた言われた。コンビニなら行くんだけどね。でもそんなやりとりも楽しくて、道中の僕は物凄くテンションが高かった。自分が話しすぎて二人が何を話していたかよく覚えてないくらい。少し落ち着こうと思いながら街の景色を眺め歩いていると、隼人の住むアパートに着いた。二階建ての小さな建物だが、綺麗にベージュ色のペンキが塗られていて清潔感があり、こちらに良い印象を与えてくれた。
「わー! ここが隼人の城ってことだね!」
「お前なぁ、それ馬鹿にしてんのかぁ? 1Kだから狭いぞ」
「1Kってなに?」
 問いかけるが、隼人は答えてくれない。変わりに玲児が教えてくれた。
「一部屋と台所だ」
「ああ、Kってキッチンか! 僕、漫画とかドラマに出てくるボロボロで本当に部屋だけ、みたいの想像してた! 蜘蛛の巣とかあって壁にヒビが入ってるやつ」
「外装を見る限りそんなことはなさそうだな」
 当たりを見回しながら案内されたのは階段を上がって二階の一番奥の部屋だった。二〇三号室。覚えておこう。
「どうぞ。別になんも気にしねぇから適当に寛げよ」
 扉が開くとすぐにキッチンがあった。その奥の扉が部屋に繋がっているらしい。綺麗に掃除の行き届いたキッチンにはたくさんの種類の調味料があり、きちんと使っている形跡もあった。
「隼人って料理するの?」
「あー? するけど、今日は何もつくらな痛ってぇ!!」
 その悲痛な声と共にバコッと間抜けな音が響いた。一番後ろでキョロキョロしていた僕も驚いて音の方を向く。
「大丈夫か、隼人!」
 そこにはおでこを抑える隼人と、心配する玲児の姿。どうやら鴨居に頭をぶつけたらしい。長身あるあるか、いいなぁ僕もやってみたい。
「全く、大丈夫か……貴様、いつもぶつけているのか? 危ないぞ。物件探しの時に高さが合うかわかるだろうに」
「いつもは潜ってるけど、浅人ちゃんが声かけっから……いてぇ」
「赤くなっているぞ」
「マジかよ、かっこわりぃ」
 おでこをさすりながら頭を低くして部屋に入っていく後ろ姿に思わず吹き出した。確かにかっこ悪い。しかし隼人に睨まれたので口笛を吹くという古典的な方法でごまかす。でもこっそりとまた笑っちゃう。だってカッコよくて完璧に見える隼人のダサいところが見られるなんて、なんだか嬉しくて楽しかったから。
 隼人に続いて中に入り、思ったよりも広い部屋を見渡した。広いというよりもそう見えるだけなのかもしれないと思うほど、殺風景だった。一人で寝るには大きなベッドが一つに小さなテーブルと小さな本棚があるくらいで、テレビとか装飾品はない。クローゼットがあるから服はそこだと思うが、生活しているにしては荷物が随分と少ない。
 三人でテーブルを囲って座り僕が隅々まで観察している間も、玲児は隼人のおでこを心配していた。
「まだ痛むのか」
「いや、もう痛くねぇよ。大丈夫だって」
「赤いぞ」
「平気だって」
 玲児が隼人のおでこに手を伸ばすと、隼人は少し屈んでみせた。玲児の手がそっと赤くなったところに触れる。隼人は心配してもらって嬉しいようで、来る時の不機嫌さは消えて空気が柔らかくなっていた。
 隼人って結構可愛いところがあるんだなと僕は関心する。
 友達になったとはいえまだ少し距離を感じるし、もっと隼人にも近づきたいな。今日たくさん仲良くなれたらいいな。こうして普段見ない姿をたくさん見なくっちゃ。
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