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ロストバージンの関係

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 砂埃の舞うグラウンドの角で、次々に走り去っていくクラスメイトたちを眺める。
 日差しが強く十月にしては暑いと感じたが、自分のあまりにも青白い腕を晒すのには抵抗があった為、ジャージは上下とも着込んだままでいた。走っている彼らの健康的な小麦肌を見ているとますます我慢したくなる。
「玲児ー!!」
 少し近くを走ってきた浅人が大きく手を振るので、俺もそれに応える。浅人の少し前に隼人が走っていたが、奴はこちらに視線を少し向けるだけだった。
 十一月にはマラソン大会がある。そのため今月の体育の授業はずっと持久走だ。それは即ち今月はずっと見学しなければならないということになる。俺の右膝はきちんと機能していない。走れば痛むのはもちろん、疲労や寒さですら激痛に襲われることもある。しっかりと曲げることすらできない。もう走っているクラスメイトを見ても特に何も思わないが、今月ずっと見学というのはつまらないものだ。
 走れないことよりも、暇をしていると無意識に隼人を探してしまうのが辛かった。長い脚が地面を軽やかに蹴っている姿が好きだ。しかしこの日は普段よりもペースが遅かった。何故だろうかと観察していると、なるほど浅人にペースを合わせている。ならば隣で走ってやればいいのに。
 元々足の速い隼人を、あまり運動神経の良くない浅人は必死で追いかけている。疲れからか段々と距離が開いていくと、隼人はスピードを落としながら後ろを振り返った。その隙にと隼人の腕を掴み、息を切らしながらも浅人は満面の笑みを浮かべた。“危ないだろ”と返しながら二人で笑い合っている。 
 浅人は隼人にフラれたと言っていた。けれど諦めなければいい感じになれるかも、とも。実際に二人の仲は前よりも良く見えた。浅人はクラスにいるといつも俺のところに来ていたが、隼人の元へ行くようになり隼人もそれを拒むことはなかったからだろう。
 二人を眺めていると胸の奥を黒いガスのようなものが充満していく。上手くいけば良いと思っていたのに。
 嫌な思いが広がっていくのと共に、あまりの暑さに立ちくらみがした。どこか日陰に座るか。しかし場所を移動しようかと思ったら上手く歩けない。まずい。
 その時だ。隼人が全速力でこちらに走ってきた。
「玲児!? 大丈夫か?」
「む……心配、いらん……」
「こんな暑いのに真っ青だぞ?!」
「日陰で休みさえすれば……」
 なんでこんなにすぐに異変に気付くんだ。なんで来て欲しい時に来るんだ。こんなに悔しいことはない。
 甘えたくはないがさすがに倒れたら迷惑がかかると思い、肩だけでも借りようと思った。
「玲児、ごめん。触るからな」
 けれども隼人はそう告げながら、俺が動くよりも前に軽々と俺の体を横向きに抱き上げた。これでは余計に眩暈がする。断りを入れるならば返事くらい待てばよいものを。
「や、やめろ……! 恥ずかしいではないか!」
「んなこと言ってられないだろ。せんせー! 俺こいつ保健室連れてくから!」
 教師の返事も待たずに隼人は歩き出した。すると浅人もやっと追いついたようで、目が合う。何だか気まずくてすぐに目を逸らした。
「僕も行く!」
「大丈夫だからお前は授業出てろ」
「でも……」
 背後から長谷川は戻れと教師の指示が聞こえてきた。浅人はちえっと言って石を蹴り戻っていく。
 申し訳ない気持ちもあったが、体が言うことを聞かないので止むを得ん、隼人を頼ることにした。
 ここまで身近に体温を感じるのは久しぶりだった。胸に頭を預ける。隼人の体温は普通の人よりも高めだ。逆に俺は低いのでますます熱く感じてくらくらした。
 でもこの感覚が懐かしい。俺は隼人の体温が昔から大好きだったから。




 保健室へ運ぶ最中に玲児は眠ってしまった。いつも眉間に寄せられたシワがとれるから前から寝顔が好きだった。顔色も外にいた時よりはマシになってきているみたいで安心する。
 保健室に着いたが両手が塞がっているため、足で引っ掛けるようにして乱暴に扉をスライドさせた。すると正面の教員席に珍しく人影があった。
「うわぁー……その子……体調、悪い?」
 俺たちを見てあからさまに嫌な顔をしてきたのは養護教諭の加賀見水泡だった。知り合いの中では初めて俺より背の高い男。ちなみに俺の身長は百八十八センチだ。
「はぁ……僕がいる時に限って……重病?」
「いや、熱中症かなんかだと思うけど」
「なら、寝かせて……冷凍庫の、保冷剤……」
 はっきりしない声でゆっくりゆっくり話す加賀見。
 こっちは急いでるっつーのに! しかも俺が保冷剤出すのかよ!
 相変わらずぼんやりした加賀見にイライラしたが、それよりも玲児のことだ。指示通りにベットに寝かせ、冷凍庫から保冷剤をいくつか出した。
「それ……頭、とか。脇の下とか、太ももの、付け根とか……」
「そこ冷やせばいいんだな?」
 返事をしながらまずは頭の下に保冷剤を置い……たが、脇の下と太ももの付け根ってジャージ脱がさないと駄目じゃんと思って躊躇した。けれどもそんなこと言ってもいられない。上着のファスナーに指をかける。何でもないことなのにたったそれだけで緊張した。ジッと下がっていく音が焦れったい。上着をやっと脱がして体操着の袖から保冷剤を入れた。
「ねぇ……大鳥さ……」
「なんだよ、なにかすることあるか」
「手つきが、やらしい……」
「はぁ?! じゃあお前やれよ!」
 怪訝な顔して顎に手をやる加賀見を見ながら、ちょっと図星を突かれた気がして焦る。それにお前がやれよとは言ったものの、玲児の太ももなんか触らせたくない。しかし加賀見はこう言い捨てる。
「やだ、めんどい」
「あっそ……」
 心配して損した。
 こいつは見て分かる通り仕事にやる気がない。仕事をしたくないあまりいつも保健室にはおらず、屋上で寝ていると聞いたことがある。おかげでいつも保健室は無人でこっちとしては助かっているが。
 安心してズボンに手をかけようとすると、玲児の目が開いた。しかし即座に自分の状況を間違った方向に察知したらしく、足元にいた俺をとんでもない形相で蹴飛ばした。
「いってぇ!!」
「き、貴様っ! 何をしている?!」
「介抱してんだよ!」
「な、な、なぜ脱がす必要があるんだ!」
 玲児は起きて早々顔を真っ赤にして側にあった毛布で下半身を隠したので、それを引っぺがしてやった。
「お前な、暑くて倒れたのに毛布かけてんじゃねーよ」
「か、返せ!」
「足の付け根冷やすといいって加賀見が……あれ?」
 加賀見から説明してもらおうかと思ったら、何故かその姿はなくなっていた。保健室を見渡してみても俺らしかいない。あいつのことだから面倒くさくて逃げたのだろう。ダメ教師め。
「加賀見がそう言ったのか?」
 気を取り直して玲児に向き直ると、なんだかしゅんとしてそう聞いてきた。さっきまでめちゃくちゃ威勢良かったのに。
 頷くと、玲児は脱がしかけていたズボンを自分で脱いだ。白くて細い太ももがだんだん露わになっていく様に息を飲む。ここが保健室じゃなければ良かったんだけどな。
「ぬ、脱いだぞ……これでいいか」
「どうしたんだよ、急にしおらしくなっちゃって」
 言いながら玲児のボクサーパンツの裾のすぐ下に保冷剤を当てた。んっと小さく声を漏らし太ももが震える。マジでダメだからその反応。
「隼人が運んでくれたんだったな……その、すまない」
「本当だよ、なのに蹴飛ばしやがって。頭に当たったぞ、頭!」
「す、すまぬ……」
 申し訳なさそうに肩を落としてはいたが、顔色は良くなっていてひとまず安心できた。走っている時に玲児をふと見たら、真っ青な顔をしていたから本気で驚いた。今にもぶっ倒れるんじゃないかって。
 太ももの保冷剤に手を添えたままベッドに腰掛ける。
「思ったより元気そうだな。どんな感じ? まだ気分悪い?」
「今は……大丈夫だ。それより、よく気がついたな」
 寝転がったまま玲児が気だるそうにこちらに視線をやる。いつも背筋を伸ばして腕組みをしているような奴だが、さすがにぐったりとして腕を投げ出していた。Tシャツとボクサーパンツと靴下しか身につけていない身体は、全体的に白く細くて綺麗だった。そのくせ頬は紅潮していて、まるで事後みたいだなと不謹慎なことを考えてしまう。
 そんな姿を見ていると遠回しな表現なんかできなくなって。
「たまたまじゃねぇからな……普段から玲児ばっか見てる」
 玲児は目を見開いて口をへの字にしたと思ったら、顔がさらに赤くなっていった。可愛い。可愛すぎるだろ。抱きしめてもいいだろうか。
 すっと手が出てしまいそうになるが、堪えてしまった。我慢なんかするなよ。抱きしめてしまえよ。そう思うのにそこに座ったままなにもできない。なんでこんなに臆病なんだ。何もできないならもう逃げてしまいたいくらいだった。
「なんか……飲み物買ってくるか?」
「む……?」
「自販機すぐそこにあるじゃん。行ってくる……」
 その場から立ち去ろうとしたら、ツンと何かに服が引っ掛かった。その場所を確認すると、Tシャツの裾を掴む玲児の手が見えた。俺の顔まで熱くなる。
 やばい。頭にそれだけ浮かんだ。固まってしまい、そのままの体勢で玲児の言葉を待ったが何も言ってこない。
「どうした?」
「ここにいろ……」
 聞いた瞬間に胸がざわざわして、腹のあたりはそわそわして、うーっと唸りたくなるが変な奴だと思われたくないので我慢する。しかし絶対に妙な表情になっていたと思う。
「なんか、飲んだ方がいいだろ」
「いらん」
「襲っちゃうぞ?」
「むっ?! 意味がわからん!」
 裾を掴んでいた手がパッと離れた。振り返ってベットに向かう。絶対今めちゃくちゃ可愛い顔してるだろって思ったらまともに顔なんか見られなくて、下を向いて話した。
「お前、ずっと俺に距離置いてただろ……? なんだよ急に。体調悪くて心細いから? 俺じゃなくてもそんなんすんの? 本気でやめろよ……」
 下りてきた自分の前髪をかきあげ、そのまま髪をくしゃっと握る。どんな奴を相手にしてもこんな風に心音が荒れることはない。戸惑うこともない。玲児だけが俺を乱す。
「いきなりそんな風にされたら、心臓がもたねぇだろ……っ」
「隼人……」
 何か言ってほしい。そう思ったが、玲児は何も言ってはくれなかった。先ほどまで俺の裾を掴んでいた手を見つめ、握りしめる。
「そうだな、すまなかった。俺は本当に自分勝手だ」
 玲児は窓の外を見た。遠くてよく見えないが、うちのクラスの連中が走っている。浅人の姿までは確認できなかった。外を見たまま玲児は呟いた。
「浅人がいるというのに……」
 その言葉に俺は唖然とした。
「は? なんで浅人が出てくるんだよ」
 俯いたままだった顔を上げ、玲児を問い詰めた。表情が強ばっている。こんな顔をさせたいわけじゃないのに、どんどん口調は強くなる。
「浅人なんか全っ然関係ねぇだろ?! 何の話だよ。俺とお前の話だろ?!」
「違う! 浅人は貴様を好いてる。それに一度は寝たのだろう」
「お前のせいだろうが!! 玲児だけ家に早めに呼んだのに、浅人なんか連れてきやがって」
「それこそ関係ないだろう?! 何を言っているんだ」
「知らねぇよ!!」
 言うと同時に近くの壁を殴った。ゴツッと鈍い音がする。本当にムカつく。あんな風に甘えてきたくせに浅人の名前なんか出すなよ。なんなんだよ。なんなんだよ!!
 俺が悪いのも分かっていた。思惑通りにいかなかった憤りを、よりによって玲児の友達である浅人にぶつけて。馬鹿なのは俺だ。
「隼人……」
 小さな声で呼ばれた。ちょっと震えていたかもしれない。
「隼人……浅人と付き合ってはやれないのか」
「何言ってんの?」
「二人が幸せになれば……」
「俺がそれで幸せだと思うの?」
 声がどんどん低くなっていくのを自覚していたが、なるべく静かに抑えて話した。顔を見ると激情してしまいそうなので殴った壁をじっと見ながら。
「言っただろ。俺なんか、玲児しか見てないんだよ。ずっと。あの頃から」
 殴るのではなく、壁にトンと拳を置いた。
 考えていると玲児と出会った頃や出会う前のことまで走馬灯のように思い出していく。体勢を崩して壁に寄りかかった。
「わかるだろ……お前は……お前は違うのかよ……!」
 歯痒さと一緒に感情は、過去の自分に飲み込まれていった。




 玲児と出会う前の俺の人生に、光なんかなかった。
 覚えていないほど小さい頃に父親は女を作って出ていき、それを嘆いた母親は俺と無理心中しようとしたと聞いている。しかし無理心中は失敗に終わる。俺が生き残ったから。両親については何もわからないので悲しいという感情もあまり持てなかった。唯一知っていることと言えば俺の容姿は父親の生き写しのようだと言うことだ。
 子供のいない、母親の妹夫婦の元で育てられることになった俺はなるべく迷惑をかけないように努めた。いつからそうしているかはわからない。物心がついた時にはそうしていたので、きっとそれが生きる術だったのだろう。
 勉強も頑張っていたし、家の手伝いもしていたし、クラスメイトとも仲良くしていたし、何も問題のない子供だったと思う。けれども叔母さんは俺の顔を見るのを嫌がった。虐待されていたわけではないけれど、叔父さんもこちらには無関心だった。友達はたくさんいたけれど、それがとてつもなく寂しかった。
 この頃の俺は自分の恵まれた容姿に感謝していた。顔が良くて身長が高ければ小学生なんて単純だから、色々と誤魔化すことができる。服もあまりなかったし、髪の毛もかなり伸びるまで放っておかれたけれど、清潔にさえしておけば様になった。これがどれだけ当時大事なことだったか。おかげで学校で浮くこともなく、それどころか輪の中心にいることができたのだ。
 しかしその代わりに家では、いつも与えられた部屋で静かになるべく物音も立てないように暮らしていた。勉強するか、母親が遺した読み切れないほどの本を読みながらじっと息を潜める毎日。
 だから学校は本当に楽しくて、いつも走り回っていて、自分の居場所だと思った。
 けれど、そうとすら思えなくなる。
 五年生になった頃のことだ。その頃には俺の身長は叔母さんと叔父さんよりも高くなっていて、なんとなくだが叔父さんに以前よりも避けられていたような気がする。元よりほとんどなかった会話が全くなくなっただけのことなので、あまり気にはならなかったが。
 けれども叔母さんは違った。叔父さんの帰宅前は部屋にいるとよくリビングへ呼ばれるようになり、会話が増えて距離が近づいていくのを感じた。叔母さんはまだ三十代前半だったし、笑うと子供みたいに頬が膨らんで可愛かった。母親もあんな顔して笑ったのだろうか。
「ねぇ、隼人くん。今日お誕生日でしょ? ケーキ焼いたんだよ」
「え?! うそ? すごい……」
 こんなこと、初めてだった。記憶に残る中で、生まれて初めての誕生日ケーキ。
 真っ白い生クリームがたっぷり塗られ、中心には真っ赤ないちごが埋め尽くされたスポンジケーキ。いちごは蜜が塗られてテカテカと光を反射している。
 俺はこのケーキのせいで、今でもスタンダードな生クリームといちごのケーキが苦手だ。
「食べさせてあげようか」
「え、恥ずかしいです!」
「遠慮しちゃダメ」
 ダイニングテーブルに並んで座って食べさせてもらうのはかなり恥ずかしかったし嫌だったけど、叔母さんの機嫌を損ねたくはなかったので我慢した。甘い物自体普段食べなかったので、甘すぎてちょっと辛かったのを覚えてる。それでもケーキを口に運ばれれば素直に口を開けるしかない。
「隼人くんも十一歳かぁ。もう八年もここにいるんだね」
「はい」
「本当に……本当にお父さんに似てきたわね」
「え……」
 初めての父親の話に、咀嚼しかけだったケーキを飲み込んでしまう。少し噎せながらも、もっと話を聞きたいと思った。ずっとずっと聞いてはいけないと思っていた父親の話。
 しかし落ち着いて叔母さんに目をやると、その顔はもう好きだと思っていた笑顔ではなかった。
「私ね、あなたのお父さんが好きだったの。でもその頃にはもう姉と結婚してたから。この気持ちは胸にしまっておこうと思ったのね」
 叔母さんはゆらりと立ち上がり、予め用意しておいたのだろう、食器棚から結束バンドを持ってきた。子供の自分でも彼女の纏っている雰囲気が黒く嫌なものだとわかった。俯き長い髪で隠された表情がよく見えず、余計に恐ろしい。
「隼人くん。椅子ごと後ろに下がって、手を後ろ手に組んで」
「え……でも……」
「あなたはいい子でしょ? 言うことが聞けないの?」
 逆らえるはずがなかった。ずっとそうやって生きてきたから。床が傷つかないようにそっと椅子を引いて、手を背もたれの後ろで組む。すると間髪入れずに叔母さんは結束バンドで手首を拘束した。
 冷や汗を流し、手は小刻みに震えた。何をされるのだろう。今まで何もされなかったのは運が良かっただけなのだ。それとも何か失敗してしまったのかもしれない。自分の行いを瞬時に頭の中で巡らすが、思い当たるものはなく、そもそも何が正しく何が間違っているのかすら分からないことに気付く。今まで何も、何もしてこなかったから。
「大人みたいな身体してるくせに震えておかしいね」
 叔母さんが俺の膝の上に座る。下から見上げた彼女はいつものように笑ってた。
「あのね……私の気持ちにあなたのお父さんは気付いたの。それでどうしたと思う?」
 言葉を発することができず、ただ首を横に振った。
「まだ十六歳だった私を襲ったのよ……もう、意味わかるよね? 十一歳だもんね。凄く傷ついて、いつか復讐してやろうって思ったのね」
 頬を両手で包まれた。小さくて暖かくて柔らかい手だった。そんな風に人に触れられたのは初めてだというのに、そんなことよりも怖くて怖くて仕方ない。
 子供の頭でもハッキリとわかった。憎しみがビリビリと伝わってきた。父親がしたことの責任を取らせるために、俺は引き取られたんだと。
「まさかその数年後に姉まで殺して、貴方が私の元へくるなんてね……でも大丈夫よ。私は優しいから」
 叔母さんはそれ以上は何も言わず、まだ何の経験もしたことのなかった俺の唇に口付けた。
 そして復讐されたのだ。まさに父親と同じことをされた。今まで碌に触れてこなかった肌は気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなかった。そして自分の上で泣きそうな顔で喘いでいる叔母さんを見ながら、己の容姿が恵まれていると勘違いしたことを恥じていた。




 しかし俺が父親から継いでいたのは容姿だけではなかったらしい。所詮は同じクズだった。
 そんなことが数回も続けばどうでも良くなっていたのだ。叔母さんとセックスしてもなんとも思わない。今までの自分が心底馬鹿らしく思えた。何をしても無駄。いい子だからなんなんだ。結局生まれた時から罰ゲーム状態の自分には何の意味もない。何の価値もない。
 そう思ってくると学校の連中もみんなアホみたいに見えてくるから不思議だ。ここが唯一笑って自分自身でいられる場所だなんてなぜ思えたのか。なんの苦労も知らない、帰ったら母親と飯食ったり、父親とゲームしたり、兄弟喧嘩したり、そんな話ばかりする奴らと自分では根本的に違う生き物だ。何を勘違いしていたのだ。自分に腹が立って仕方がなかった。
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