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01 リサーチ1
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顔にしか自信がない。
頭は悪いし、気は利かないし、がさつだ。
今まで付き合った人間はみんな「なんか違うんだよね」って言って振ってきた。
違うってなんだ。私は私だ。
うまくいくか、いかないか。結果はいつでも二つに一つ。
なんでうまくいかないことの方が多く感じてしまうんだろう。
振られた私をいつも慰めてくれるのは、お兄ちゃんの親友、研ちゃんだ。
三上研一、三十四歳。私の五つ年上。メタルフレームの眼鏡がすごく賢そうに見える。っていうか、実際賢い。私にはてんでわからない数学の研究をしている。名は体を表す。研究第一。理詰めに見えておひとよしの彼は、飲みに誘うと必ず付き合ってくれる。
今日も安い居酒屋。こじゃれたお店よりこういう気楽なところが好きだ。枝豆にもずくにタコワサに揚げ出し豆腐。最高だろう。ビール! ビール!
「ほんと、美蘭ちゃんは旨そうに飲むね」
「だってビールおいしいじゃん! さっぱりしたものと合わせてもよし、油ものと合わせてもよし! 神の飲み物だね!」
「まあ、旨いけど」
研ちゃんも私もザルなので、あまりペースを考えずに飲めるのが楽でいい。
「それで、自由恋愛に絶望した美蘭ちゃんは、お見合いに挑んだが撃沈した、と」
「お見合いならそのまま上手いこと転がればなんとかなると思ったのに……。『僕にはもったいない方なので』とか、典型的なやつで断られた……」
私の父は大学教員だ。頭の出来は全然受け継がなかったけど、アカデミックな世界に伝手はある。先日、父の知り合いの知り合いを紹介してもらったのだ。某私大にお勤めの准教授。楔形文字が元々の専門だけど、西洋史学全般を教えている、らしい。
「清楚なワンピース着て! 相手がどんなネタを振ってきても『さすがですね!』『知らなかったです!』『すごいですね!』『せっかくなのでもう少し聞かせてください!』『そうなんですか!』で、にこにこ笑って対応したのに……!」
「そら、つまらんな……」
「どうせみんな私の顔にしか興味ないし、こっちだって顔にしか自信がないんだから、最大限売り込んで何が悪い……!」
私がそう言うと、研ちゃんは少し眉を寄せ、微妙な表情を浮かべた。あきれた、という方が正しいかもしれない。
なんだかいたたまれなくなり、もずくをすする。おいしいけど、いつもよりすっぱく感じるのは、気のせいだろうか。
「それにしても、もう少し、相手に合わせた売り方があったんじゃない? マーケティング・リサーチが足りてないというか」
「マーケティング・リサーチ……?」
「相手、楔形文字の研究者だっけ? なら、ギルガメシュ叙事詩で攻めてみるとか」
「ギルガメシュ叙事詩?」
「ほら、美蘭ちゃんが好きなゲームに出てくるんじゃないの、ギルガメシュ」
人類最古の英雄王、ギルガメッシュ様……!
「うわあああ! そこ? そこを攻めることができたの……?」
「ほんと、リサーチ不足だよね……」
「なんで! なんで研ちゃんそんなこと知ってるの! 数学専攻なのに!」
「いや、世界史で出てくるでしょ、ギルガメシュ叙事詩は」
そんなん覚えてないから結びつきすらしなかったよ! ギルガメッシュ様イケメン! くらいしか思ってなかった!
「でも駄目だ……。ゲームの話が終わったら、もう『ギルガメッシュないと』くらいしかつなげられない……。詰んだ……」
「美蘭ちゃん、ネタ古いよね……」
「お兄ちゃんと歳離れてるから、仕方ないじゃん!」
おかげで同世代とは話がなんか噛み合わない。もともと話題豊富な人間じゃないし。
「『ミランといえばサッカーチームがありますよね』とか言われたけど! 『そうなんですか!』しか言えなかったよ!」
「せっかく相手がネタ振ってくれてるのに、そんな瞬殺……」
「私、野球派だし! わかんないもんはわかんないよ!」
「野球……。しかも美蘭ちゃん、地味な選手が好きだよね。犠打が上手いとか、守備固めに指名されるとか、そういう職人っぽい感じの」
「そういう選手がきっちり仕事してくれるおかげで勝てるんじゃん!」
私には地道さが全然ないから、職人っぽかったりいぶし銀みたいな選手につい惹かれてしまう。そういうのも同世代と話が合わない理由の一つな気がする。
「いくつかのポジションをこなすユーティリティープレイヤーも好きだよね。職人が好きなのに、なぜだろう」
「そんな『アルファがベータをカッパらったらイプシロンした。なぜだろう』みたいな……」
「それ、お見合いで言ったら、喜ばれたんじゃないの? ギリシャ語だし」
「え、ギリシャ語? ただの不条理クイズかと思ったら、あの青ダヌキ、さりげなく知的なネタを差し挟んできて……!」
「狸じゃなくて猫だから。耳齧られてるけど」
研ちゃんはゲラゲラ笑う。こんな古典的なネタで。
頭は悪いし、気は利かないし、がさつだ。
今まで付き合った人間はみんな「なんか違うんだよね」って言って振ってきた。
違うってなんだ。私は私だ。
うまくいくか、いかないか。結果はいつでも二つに一つ。
なんでうまくいかないことの方が多く感じてしまうんだろう。
振られた私をいつも慰めてくれるのは、お兄ちゃんの親友、研ちゃんだ。
三上研一、三十四歳。私の五つ年上。メタルフレームの眼鏡がすごく賢そうに見える。っていうか、実際賢い。私にはてんでわからない数学の研究をしている。名は体を表す。研究第一。理詰めに見えておひとよしの彼は、飲みに誘うと必ず付き合ってくれる。
今日も安い居酒屋。こじゃれたお店よりこういう気楽なところが好きだ。枝豆にもずくにタコワサに揚げ出し豆腐。最高だろう。ビール! ビール!
「ほんと、美蘭ちゃんは旨そうに飲むね」
「だってビールおいしいじゃん! さっぱりしたものと合わせてもよし、油ものと合わせてもよし! 神の飲み物だね!」
「まあ、旨いけど」
研ちゃんも私もザルなので、あまりペースを考えずに飲めるのが楽でいい。
「それで、自由恋愛に絶望した美蘭ちゃんは、お見合いに挑んだが撃沈した、と」
「お見合いならそのまま上手いこと転がればなんとかなると思ったのに……。『僕にはもったいない方なので』とか、典型的なやつで断られた……」
私の父は大学教員だ。頭の出来は全然受け継がなかったけど、アカデミックな世界に伝手はある。先日、父の知り合いの知り合いを紹介してもらったのだ。某私大にお勤めの准教授。楔形文字が元々の専門だけど、西洋史学全般を教えている、らしい。
「清楚なワンピース着て! 相手がどんなネタを振ってきても『さすがですね!』『知らなかったです!』『すごいですね!』『せっかくなのでもう少し聞かせてください!』『そうなんですか!』で、にこにこ笑って対応したのに……!」
「そら、つまらんな……」
「どうせみんな私の顔にしか興味ないし、こっちだって顔にしか自信がないんだから、最大限売り込んで何が悪い……!」
私がそう言うと、研ちゃんは少し眉を寄せ、微妙な表情を浮かべた。あきれた、という方が正しいかもしれない。
なんだかいたたまれなくなり、もずくをすする。おいしいけど、いつもよりすっぱく感じるのは、気のせいだろうか。
「それにしても、もう少し、相手に合わせた売り方があったんじゃない? マーケティング・リサーチが足りてないというか」
「マーケティング・リサーチ……?」
「相手、楔形文字の研究者だっけ? なら、ギルガメシュ叙事詩で攻めてみるとか」
「ギルガメシュ叙事詩?」
「ほら、美蘭ちゃんが好きなゲームに出てくるんじゃないの、ギルガメシュ」
人類最古の英雄王、ギルガメッシュ様……!
「うわあああ! そこ? そこを攻めることができたの……?」
「ほんと、リサーチ不足だよね……」
「なんで! なんで研ちゃんそんなこと知ってるの! 数学専攻なのに!」
「いや、世界史で出てくるでしょ、ギルガメシュ叙事詩は」
そんなん覚えてないから結びつきすらしなかったよ! ギルガメッシュ様イケメン! くらいしか思ってなかった!
「でも駄目だ……。ゲームの話が終わったら、もう『ギルガメッシュないと』くらいしかつなげられない……。詰んだ……」
「美蘭ちゃん、ネタ古いよね……」
「お兄ちゃんと歳離れてるから、仕方ないじゃん!」
おかげで同世代とは話がなんか噛み合わない。もともと話題豊富な人間じゃないし。
「『ミランといえばサッカーチームがありますよね』とか言われたけど! 『そうなんですか!』しか言えなかったよ!」
「せっかく相手がネタ振ってくれてるのに、そんな瞬殺……」
「私、野球派だし! わかんないもんはわかんないよ!」
「野球……。しかも美蘭ちゃん、地味な選手が好きだよね。犠打が上手いとか、守備固めに指名されるとか、そういう職人っぽい感じの」
「そういう選手がきっちり仕事してくれるおかげで勝てるんじゃん!」
私には地道さが全然ないから、職人っぽかったりいぶし銀みたいな選手につい惹かれてしまう。そういうのも同世代と話が合わない理由の一つな気がする。
「いくつかのポジションをこなすユーティリティープレイヤーも好きだよね。職人が好きなのに、なぜだろう」
「そんな『アルファがベータをカッパらったらイプシロンした。なぜだろう』みたいな……」
「それ、お見合いで言ったら、喜ばれたんじゃないの? ギリシャ語だし」
「え、ギリシャ語? ただの不条理クイズかと思ったら、あの青ダヌキ、さりげなく知的なネタを差し挟んできて……!」
「狸じゃなくて猫だから。耳齧られてるけど」
研ちゃんはゲラゲラ笑う。こんな古典的なネタで。
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