29 / 55
29. 焼き焦がすもの ①
しおりを挟む
ジェラールが資料の指示通り薬草を深く掘り起こし、リリアンが魔法仕掛けの匣に詰めていく。ブノワは疲れたと言って動かず、アニエスは作業が雑で薬草の葉と根が細切れになりそうだったからである。
「実験が失敗した時のために、少しだけ残しておいて」
ジェラールとリリアンが淡々と作業を続けていると、ブノワの声がした。
「研究所からは全部持ち帰れと指示されているが?」
「単純な保存はたぶんある程度いけるけど、苗から移植はできないと俺は踏んでるんだよ。根こそぎ持っていくと取り返しがつかなくなる」
「わかったが……どうやって再びここへ来るんだ? さっき橋は壊しただろう?」
「そのために俺は徹夜したんだよ」
ジェラールが作業を終えると、ブノワは鞄から折り畳んだ布を取り出し丁寧に広げていく。緻密に書き込まれた魔法陣だ。ブノワは礼を言ってジェラールから匣を受け取る。
「さっさと帰ろう」
ブノワは魔法陣の上に乗ると、消えた。アニエスも同じように魔法陣に乗って消えたので、リリアンも続く。魔法陣の上に乗ったと思った瞬間、リリアンは常宿のジェラールの部屋にいた。
「え? ええ?!」
「これなら魔力がなくても転移できるでしょ?」
ブノワがにっこり微笑む。リリアンの足元には魔法陣の描かれた布が敷いてある。魔法陣同士がつながっているのだろう、とリリアンは察した。
「確かにすごいが……どうやって俺の部屋に設置したんだ?」
「宿屋の主人に鍵を借りた」
「そんな面倒なことをしなくても、ブノワの部屋に準備すればいいじゃないか」
「みんなで集まるのはいつもジェラールの部屋だからね」
極力、自室に人を入れたくないのだろう。何を言っても無駄だと諦め、ジェラールはため息を吐く。ブノワは魔法陣の布を丁寧に畳むと鞄に入れ、あくびをする。
「魔法陣と匣は俺が植物研究所に届けるから。事務所への報告はよろしく」
「ブノワ、ありがとう。魔法陣は依頼になかったのに、的確に判断してくれて感謝している」
ジェラールが礼を言うと、ブノワは微笑み、部屋を出ていった。
翌日、リリアンが「白い死神」の事務所へ赴くと、受付嬢から淡々と報告された。「王立植物研究所からの依頼は、先方に大変感謝されて完了した」と。リリアンはブノワが昨夜そのまま届けに行ったのだと察した。
これ以上報告することはないので、リリアンはそのまま帰ろうかと思ったが、念の為、新しい案件がないか訊ねてみた。
「魔犬駆除、ですか……」
「ええ。今ご紹介できる案件はそれだけです」
魔犬は理性的なので、小さい頃からきちんと躾ければ人間と共存が可能な魔獣である。魔力を持つので魔術師が使い魔として使役することが多いが、高価なので金持ちが自分の富をひけらかすために飼うこともある。
ただ、魔犬は一度凶暴化すると、現在の技術では薬草でも魔術でも沈静化させることができないので、倒すしかないのだ。
その魔犬は人間を見ると火を噴いてくるので、シリウスという通り名で呼ばれているという。
案件について、リリアンは食堂で夕飯を食べながら話すことにした。単純な駆除なので込み入った作戦は立てなくていいし、恋心を意識してしまった今は、ジェラールの部屋を訪ねることはなるべく避けたい。どうしてこれまで無防備に訪ねられたんだろう、リリアンは過去の自分を思い出すとのたうち回りたくなる。
「いいんじゃない? そこそこいい報酬もらえるみたいだし。あの町の酒、旨いんだよねえ」
「ブノワ、お前、本当にやる気ないな……」
「昔はいい鉱山があったけど、今は掘り尽くされて、目ぼしい石はない」
「アニエスは石のことしか考えていないし……」
思った通り、簡単な打ち合わせで済み、リリアンはほっとする。
アニエスと連れ立って部屋に戻り、夜着に着替えるためにリリアンは腰巻を外した。淡いピンクの絹に銀糸が織り込まれた美しい腰巻。中央に嵌め込まれた煙水晶にどうしても目が行く。
リリアンはようやく気づいた。煙水晶はジェラールの瞳の色に似ているのだ。この石を買った時はまだ、ジェラールに恋をしていた訳ではなかった。けれども、優しいとは思っていたし、信頼もしていた。煙水晶に安心感を覚えたのは、おそらく無意識に彼を重ね合わせていたからだろう。
恋心を意識してから、ジェラールとなんだか上手く話せなくなってしまった。不自然にならないように心掛けるので、毎日どっと疲れてしまう。
村にいた頃、女子達が言っていたことを思い出す。好きな人にはなかなか話し掛けられない。今なら彼女達の気持ちがわかる。
「実験が失敗した時のために、少しだけ残しておいて」
ジェラールとリリアンが淡々と作業を続けていると、ブノワの声がした。
「研究所からは全部持ち帰れと指示されているが?」
「単純な保存はたぶんある程度いけるけど、苗から移植はできないと俺は踏んでるんだよ。根こそぎ持っていくと取り返しがつかなくなる」
「わかったが……どうやって再びここへ来るんだ? さっき橋は壊しただろう?」
「そのために俺は徹夜したんだよ」
ジェラールが作業を終えると、ブノワは鞄から折り畳んだ布を取り出し丁寧に広げていく。緻密に書き込まれた魔法陣だ。ブノワは礼を言ってジェラールから匣を受け取る。
「さっさと帰ろう」
ブノワは魔法陣の上に乗ると、消えた。アニエスも同じように魔法陣に乗って消えたので、リリアンも続く。魔法陣の上に乗ったと思った瞬間、リリアンは常宿のジェラールの部屋にいた。
「え? ええ?!」
「これなら魔力がなくても転移できるでしょ?」
ブノワがにっこり微笑む。リリアンの足元には魔法陣の描かれた布が敷いてある。魔法陣同士がつながっているのだろう、とリリアンは察した。
「確かにすごいが……どうやって俺の部屋に設置したんだ?」
「宿屋の主人に鍵を借りた」
「そんな面倒なことをしなくても、ブノワの部屋に準備すればいいじゃないか」
「みんなで集まるのはいつもジェラールの部屋だからね」
極力、自室に人を入れたくないのだろう。何を言っても無駄だと諦め、ジェラールはため息を吐く。ブノワは魔法陣の布を丁寧に畳むと鞄に入れ、あくびをする。
「魔法陣と匣は俺が植物研究所に届けるから。事務所への報告はよろしく」
「ブノワ、ありがとう。魔法陣は依頼になかったのに、的確に判断してくれて感謝している」
ジェラールが礼を言うと、ブノワは微笑み、部屋を出ていった。
翌日、リリアンが「白い死神」の事務所へ赴くと、受付嬢から淡々と報告された。「王立植物研究所からの依頼は、先方に大変感謝されて完了した」と。リリアンはブノワが昨夜そのまま届けに行ったのだと察した。
これ以上報告することはないので、リリアンはそのまま帰ろうかと思ったが、念の為、新しい案件がないか訊ねてみた。
「魔犬駆除、ですか……」
「ええ。今ご紹介できる案件はそれだけです」
魔犬は理性的なので、小さい頃からきちんと躾ければ人間と共存が可能な魔獣である。魔力を持つので魔術師が使い魔として使役することが多いが、高価なので金持ちが自分の富をひけらかすために飼うこともある。
ただ、魔犬は一度凶暴化すると、現在の技術では薬草でも魔術でも沈静化させることができないので、倒すしかないのだ。
その魔犬は人間を見ると火を噴いてくるので、シリウスという通り名で呼ばれているという。
案件について、リリアンは食堂で夕飯を食べながら話すことにした。単純な駆除なので込み入った作戦は立てなくていいし、恋心を意識してしまった今は、ジェラールの部屋を訪ねることはなるべく避けたい。どうしてこれまで無防備に訪ねられたんだろう、リリアンは過去の自分を思い出すとのたうち回りたくなる。
「いいんじゃない? そこそこいい報酬もらえるみたいだし。あの町の酒、旨いんだよねえ」
「ブノワ、お前、本当にやる気ないな……」
「昔はいい鉱山があったけど、今は掘り尽くされて、目ぼしい石はない」
「アニエスは石のことしか考えていないし……」
思った通り、簡単な打ち合わせで済み、リリアンはほっとする。
アニエスと連れ立って部屋に戻り、夜着に着替えるためにリリアンは腰巻を外した。淡いピンクの絹に銀糸が織り込まれた美しい腰巻。中央に嵌め込まれた煙水晶にどうしても目が行く。
リリアンはようやく気づいた。煙水晶はジェラールの瞳の色に似ているのだ。この石を買った時はまだ、ジェラールに恋をしていた訳ではなかった。けれども、優しいとは思っていたし、信頼もしていた。煙水晶に安心感を覚えたのは、おそらく無意識に彼を重ね合わせていたからだろう。
恋心を意識してから、ジェラールとなんだか上手く話せなくなってしまった。不自然にならないように心掛けるので、毎日どっと疲れてしまう。
村にいた頃、女子達が言っていたことを思い出す。好きな人にはなかなか話し掛けられない。今なら彼女達の気持ちがわかる。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる