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51. 一本槍のジェラール ③
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料理本の巻末にある「食べられない生き物」の欄をリリアンは確認する。見覚えがあったのだ。斬るほど増える、塩を掛けると嫌がり、火に弱い、この共通点を満たす生き物。ページを繰るうちに、リリアンは該当項目を見つける。プラナリア。
見た目がずいぶん違うので気づけなかったが、プラナリアならば、海洋研究所で研究がされていたとしてもおかしくない。
「ねえ、もしかして……あれはプラナリアが変化したものじゃないかしら」
リリアンがおそるおそる切り出すと、ブノワは納得したような表情を浮かべる。
「なるほどね。擬態と魔術の無効化を学習したプラナリアがいたという記録は読んだよ。残念ながら、研究者が辞めてしまって、それ以上の記録は特になかったけれど」
リリアンの言葉にブノワはそう回答する。記録がないならば、一般的なプラナリアの性質を調べるしかない。
リリアンは料理本を更に読み込む。プラナリアは変化を嫌う生き物である、と書いてある。
別に緑柱石に執着なんかなく、単にここから動きたくない、リリアンはそれだけのような気がしてきた。見た人が緑柱石を守る竜だと思い込んで、勝手に毒にあてられて死んだだけ。人は、わかりやすい物語を信じたがるものだから。
食べ物が胃にある状態で斬れば体液で溶ける。散々斬りつけてもどうにもならなかったということは、敵は空腹だ。おそらく最後に腹一杯食べたのは半年ほど前だろう。最後のパーティーが討伐に行ったのが、その頃だから。
水の濃度と温度変化に弱い。塩は使い果たしてしまったし、水温を変化させる魔術も神術も封じられている。
乾燥に弱い。なるほど、だから湿ったこの場所を根城にしているのだとリリアンは納得する。プロシオンの火に抵抗できなかったのも道理だ。
「どうにかして火を起こせない? あの魔獣、火に弱いわ。プロシオンの火炎攻撃にも動揺していたでしょう」
「俺の魔術も、アニエスの神術も封じられているからねえ……」
「大丈夫。起こせるわ」
アニエスは艶やかに笑うと、拡大鏡を取り出す。エドモンの店で買った、水晶をレンズに磨き上げたものだ。外の光が当たっている場所に海洋研究所の見取り図を置き、アニエスはレンズの焦点を合わせる。しばらくすると細い煙が上がり小さな火が点いた。
「術が駄目なら、物理で解決。それが智慧ってもんでしょう」
「あはは! さっすが石オタク!」
ブノワが腹を抱えて笑うと、アニエスはぎろりとブノワを睨む。美人の眼力は迫力が違うなとリリアンはのん気に思う。目。魔獣は詠唱する前に一度じっと見る。
「もしかして、目が肝なんじゃないかな。明るいところを避けているし、プロシオンも目に睨まれてから火を噴けなくなった。目を潰せば、勝ち目があるかも」
「目は一般的にも急所だしねえ」
「でも、あんな高い位置、魔術も神術も封じられてたら、狙えないよね……」
「俺なら狙える」
ジェラールがはっきりした声で言う。
「そのために訓練していたんだ。目なら楽勝だ」
「楽勝?」
「あいつ自身が動いてくれるはずだから」
ジェラールは俊敏な動きが得意ではない。彼の売りは、力の強さと正確さ。父のような槍の使い分けはできなくても、投槍そのものを諦めた訳ではなく、ひそかに練習を重ねていたのだ。
ジェラールはにやりと笑み、持っている大槍を渾身の力で上へ投げた。
「ちょっとジェラール、何して……! あんたの唯一の得物なのに!」
「唯一の得物だからだよ」
アニエスの問いにジェラールは淡々と答える。
使い慣れた槍の重さは知り尽くしている。軌道さえ分かれば、投槍としても使えるのではないか。ジェラールはそう考えて、ブノワに相談し、実際に何度も投げて軌道を調べていた。ずば抜けた腕力の持ち主だからこそ、使える技だ。
槍は魔獣のはるか上まで高く飛んだ。ある一点に達すると穂先が下になり、自重で落ちていく。加速度をつけて。プラナリアの視力はさほどよくない。光の有無で判断しているだけだ。つまり、判断するために必ず一度は光の方を見るはずだ。
燃える火が槍の穂先に反射して煌めき、魔獣は思わず上を見た。
ジェラールに急所を突かれて生き延びたものはいない。
大地を揺るがすような叫び声を上げ、魔獣はゆっくりと倒れた。
見た目がずいぶん違うので気づけなかったが、プラナリアならば、海洋研究所で研究がされていたとしてもおかしくない。
「ねえ、もしかして……あれはプラナリアが変化したものじゃないかしら」
リリアンがおそるおそる切り出すと、ブノワは納得したような表情を浮かべる。
「なるほどね。擬態と魔術の無効化を学習したプラナリアがいたという記録は読んだよ。残念ながら、研究者が辞めてしまって、それ以上の記録は特になかったけれど」
リリアンの言葉にブノワはそう回答する。記録がないならば、一般的なプラナリアの性質を調べるしかない。
リリアンは料理本を更に読み込む。プラナリアは変化を嫌う生き物である、と書いてある。
別に緑柱石に執着なんかなく、単にここから動きたくない、リリアンはそれだけのような気がしてきた。見た人が緑柱石を守る竜だと思い込んで、勝手に毒にあてられて死んだだけ。人は、わかりやすい物語を信じたがるものだから。
食べ物が胃にある状態で斬れば体液で溶ける。散々斬りつけてもどうにもならなかったということは、敵は空腹だ。おそらく最後に腹一杯食べたのは半年ほど前だろう。最後のパーティーが討伐に行ったのが、その頃だから。
水の濃度と温度変化に弱い。塩は使い果たしてしまったし、水温を変化させる魔術も神術も封じられている。
乾燥に弱い。なるほど、だから湿ったこの場所を根城にしているのだとリリアンは納得する。プロシオンの火に抵抗できなかったのも道理だ。
「どうにかして火を起こせない? あの魔獣、火に弱いわ。プロシオンの火炎攻撃にも動揺していたでしょう」
「俺の魔術も、アニエスの神術も封じられているからねえ……」
「大丈夫。起こせるわ」
アニエスは艶やかに笑うと、拡大鏡を取り出す。エドモンの店で買った、水晶をレンズに磨き上げたものだ。外の光が当たっている場所に海洋研究所の見取り図を置き、アニエスはレンズの焦点を合わせる。しばらくすると細い煙が上がり小さな火が点いた。
「術が駄目なら、物理で解決。それが智慧ってもんでしょう」
「あはは! さっすが石オタク!」
ブノワが腹を抱えて笑うと、アニエスはぎろりとブノワを睨む。美人の眼力は迫力が違うなとリリアンはのん気に思う。目。魔獣は詠唱する前に一度じっと見る。
「もしかして、目が肝なんじゃないかな。明るいところを避けているし、プロシオンも目に睨まれてから火を噴けなくなった。目を潰せば、勝ち目があるかも」
「目は一般的にも急所だしねえ」
「でも、あんな高い位置、魔術も神術も封じられてたら、狙えないよね……」
「俺なら狙える」
ジェラールがはっきりした声で言う。
「そのために訓練していたんだ。目なら楽勝だ」
「楽勝?」
「あいつ自身が動いてくれるはずだから」
ジェラールは俊敏な動きが得意ではない。彼の売りは、力の強さと正確さ。父のような槍の使い分けはできなくても、投槍そのものを諦めた訳ではなく、ひそかに練習を重ねていたのだ。
ジェラールはにやりと笑み、持っている大槍を渾身の力で上へ投げた。
「ちょっとジェラール、何して……! あんたの唯一の得物なのに!」
「唯一の得物だからだよ」
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燃える火が槍の穂先に反射して煌めき、魔獣は思わず上を見た。
ジェラールに急所を突かれて生き延びたものはいない。
大地を揺るがすような叫び声を上げ、魔獣はゆっくりと倒れた。
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