初恋の実が落ちたら

ゆれ

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虎次と慶

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 いつの間にか肩から移動していた大きな手に手をぎゅっと握られる。とにかくずっと距離が近くて、もうどんな関係性を当てはめるのが正解なのか虎次にもよくわからない。でも慶はとっくに大切なひとのひとりだ。幸せでいてほしい。

「俺といたら、もものこといつまでも思い出すだろ。そんなのつらいじゃん。だから、もう」
「もものことはたしかに好きだったよ」

 慶が、妹についてこういう話をするのは、実に人生の半分以上の付き合いでも初めてだった。聞きたくないとも思うのに、反射的に黙り込んでじっと見つめてしまう。照れくさそうな表情にそっと傷つく。人の気も知らないで、慶は虎次から視線を逸らさずに言葉を続けた。

「でもそれを本人に言ったことはない」
「え、付き合ってなかったの?!」
「うっせえな……」
「いやだって家出てからもずっとコソコソ連絡取り合ってたじゃん」
「そんでも言ってないもんは言ってないんだよ」

 この男は、こんなでかい図体をしてとんだ意気地なしだったらしい。恐らくもものほうはずっと待っていたのだろうに、アイドルなどという仕事をしている相手に自分から告げるわけにもいかず、そうこうしている間に年月が過ぎて、というのが実情だったと知り、虎次は思わず「バカじゃん」と言ってしまっていた。だってそうだろう。貴重な10代を無駄づかいするなと言いたい。

「えー……ちょっと、何なのお前。うちの妹に不満でもあった? ないよな? あったら殺す」
「ねえよ。ねえに決まってんだろ。でもそういうんじゃねえんだよ!」
「じゃあ何。俺と竜太のせい?」
「――わかんねぇ……」

 ごにょごにょと歯切れ悪くそうこぼした慶は、ガキ大将の頃に戻ったかのようだった。身体ばかり立派に育って、愛のない快楽が身近に溢れていた所為で情緒も死にかけて、同い年の中でもグループの中でもぶっちぎりで大人びていた男と同一人物とは思えない。珍しさにガン視していると、顔をそむける。しぐさまで子どもがえりだ。

「ちょっとでも想像もしなかった? 彼女になったらとか、チューしたいとか」
「……好きだけど、手ぇ出せるとは思わなかった。想像すらしたことねーよ。ガキなんてそんなもんだろ」
「嘘だね。俺としたときだって慣れてたじゃん」
「それはお前が、……いや何でもない」
「俺のせいにすんなよ」

 慶と一線を越えてしまうより前に、多くはないが女性経験があったことを指しているのだろうか。だがそれは虎次の話であって、ももは関係ない。どうしてここで引き合いに出すのだろう。しばし考えていて、最悪の可能性に辿りついた。

「まさかお前、俺がお前のこと好きだと思ってたの?」
「……おう」

 視線がかち合う。慶の淡い頬が、うっすらと色づいているのがわかる。それほど近い距離でふたりは向かい合っている。そんな爆弾を急に落とされても心がついていかない。頭だって似たようなものだ。さっきの慶とおなじ反応しかできずに、虎次は困惑した。

 ずっと昔から、彼はももと好き合っているのがわかっていた。一緒に遊ぶ機会のほぼない兄まで察するくらいあからさまだったのだ。どんなに一緒が楽しくても、ある意味初めからそういう眼で見ることなど選択肢ごと存在していない。だからそう言われても首を傾げるしかできない虎次に、慶はもどかしげに顔を寄せると、唇のすれすれ端っこにそっとくちづけた。
 どこか許しを乞うようなキス。優しくとかすように、愛する者に触れるように、初めからずっと触れてくれていたのだろうか。自分でも知らなかった恋心にまで。

「虎次」
「……なに」
「俺はお前がいねえと寂しいよ。お前のためじゃなくて、俺のために、傍にいさせてくれ」
「でも、俺」
「結婚しようぜ。そんで、つがいになろう。そうすればオメガでも仕事続けやすいだろ」

 もし本当に性転換してしまったのなら、アルファがうなじを噛めばつがいになれる。慶の言うようにそうすれば互いにしかフェロモンが効かない身体になるし、ヒートの周期も落ち着く。ファンが減るかもしれない点を除けばいいこと尽くめだ。

 果たしてそれでいいのだろうか。本当に、そんなことをして、慶は幸せなのだろうか。虎次は子どものときから甘えるのが得意だった。皆にちやほやされて、慶も、その延長で虎次にいいように取り計らってくれようとしているだけなのではないだろうか?
 
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