寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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 幸良と新良も勿論予言のことは知っている。二年前、来良が自らふたりに告げたのだ。それ以降、彼らは自分達の置かれた立場と来良の望みをしっかりと自覚して修行に励むようになり、めきめきと頭角を現して、今や頼もしいくらい力をつけている。

 門番の役目は、空間の裂け目から人間界に来て魂を喰うあやかしや、長く生きて動物からうまれ変わり妖力を得て悪さを働くあやかしを見つけ、異界へ送り返すことだった。また上級のあやかしになると魂を取るのではなく上質な精気を持つ人間をあるじとし、常に力を保とうとするので特に力の強い子どもは狙われてかどわかしに遭ってしまう。それを、術で祓って守ることもあった。下の弟の新良はそれで二年前に騒動を起こしており、今は幸良が祓えるので心配ないが来良が少年期に着けていた首紐を身につけることで幾らか難を免れている。

 門番が長く身につけた物は特に術をかけずとも退魔の力を帯びるようになる。言わば天然のお守りだ。狙われそうな者に出会うと授けたりするので、三兄弟は指輪や念珠、簪など様々な小物をいつも着けている。揃って容姿が整っているため若い娘達にも人気が高く、使ってほしいと贈られることもしばしばだった。

「ああ、そうだ。いいものがある」

 ポンと手を打つと居待月が今度こそ立ち上がり水屋の抽斗を開けて何やらごそごそし始めた。白衣の背中は相変わらず見事な長身で、年齢を感じさせない玲瓏な面差しも相俟って診療所は幅広い年代の女性で繁盛しているらしい。やれ足袋がほつれているだの、白衣の袖が汚れているだのと理由をつけては世話を焼きたがる。

「ほんとにいいものなんだろうねぇ~?」

 一般的に流通している、よく見かけるものよりかなり短い煙管を取り出して黄麻が目を眇めている。すかさず居待月に「禁煙だよ」と咎められたが気にする彼ではない。なんでも自分で好きなように既製品を作り変えてしまったと言っていた。
 手先が器用で綺麗でいることが大好きな黄麻は呉服屋で着物の絵付師として働いている。小柄な体にまとっている女物の長着も自身が絵を付けたものだ。宣伝になると嘯いて袖を通している。ここで会うことが多いのだが居待月と一緒に住んでいるわけではないらしい。鈴の付いた青い首輪をしているので、彼が動くたびちりちりと可愛らしい音がする。

 黄麻は人ではない。先代門番である来良達の父が唯一祓い損ねたあやかしで、その本性は猫又だ。
 あやかしは生前ちいさな動物だったものが多く大抵は人間にひどい目に遭わされて恨みを持っている。山深い森や沢など清浄な場所からでも精気は集められるのだが、敢えて人を喰うのはそれが根底にあるからだと来良は教えられてきた。黄麻も例に漏れず昔は散々悪さをしていたらしいが途中で何か心情に変化があり、今はこちらの世界で人の姿をして働いたり若い娘達と遊んだりして人間より遥かに長い生を謳歌しているようだ。

 来良が生まれるずっとまえからいて、綺麗な顔の下に強大な力を隠しているのは肌で感じていた。祓おうと思ったこともないので実際やってみたらどうなるのか想像もつかない。こんな体になるまえに一回でも、試してみればよかったなとひとり笑う。

「意外とだらしないってゆーか、もうボケてきてんじゃん?」
「黄麻」
「何さがしてんのぉ? 僕が見るから言えよ」

 袂に煙管をしまうと、黄麻も立ち上がって目一杯かかとを持ち上げ居待月に並んだ。それでもまるで届かないのに来良はふっと頬をゆるめる。すこし咳がこぼれて喉が痛んだ。白湯のおかわりをもらえばよかったと手をあてる。
 やいやい言い合って最終的に居待月に脇を持って抱えられた黄麻が一番上の棚の本の間に挟まっていたのを発見して事なきを得た。外からは見えなかったのによく見つけたものだと感心する。

「も~何でもかんでもそのとき手に持ってる物に挟むんだからぁ」
「ごめんごめん」
 まるで心のこもらない謝罪は親しい証拠のように思われてほほ笑ましい。

「はいこれ、来良くんに」
「何すか?」

 手渡されたのはちいさな紙片が二枚。烏丸座と大きく書かれているのは読めた。それと今日の日付が入っている。芝居の鑑賞券らしい。

「付き合いで患者さんにいただいたんだよ。すごく人気の一座らしくてね」
「へー」
「っていうか二枚しかないじゃん。エッしかも今日かよ! めちゃくちゃ急!」

 来良行けんの、と黄麻に訊かれたが仕事の依頼は殆ど幸良と新良に任せきりの状態で、家事も料理は弟達に病がうつってしまいそうで怖くてできず、その他くらいしかすることがないのでむしろすこし暇だった。こくんと頷いたはいいが、もう一枚をどうしたものかと思う。黄麻も言うように弟達のどちらかというわけにもいくまい。かと言って突き返すのでは居待月に申し訳ない。
 特殊な生まれと育ちの所為で殆ど友人らしい友人に恵まれなかった来良に、一緒に芝居に行ってくれる心当たりなどさがすまでもなく存在しなかった。うつむいて券に目を落とす様子に、黄麻が浅葱色の双眸をゆるりととかしてそっと寄り添う。
 
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