行け、悪役令嬢ちゃん!

ぎんげつ

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8-2.デレ、の季節

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 王太子はロズリーヌを抱き上げると、そっと、大切な宝物のように奥の部屋へと運んだ。きれいに整えられたベッドの上にロズリーヌを横たえて、覆い被さるようにしてそっとキスをする。

「こんな……シルヴィ様……」
「ロズリーヌ、嫌か?」

 まだ婚約者同士。婚儀は学園を卒業したらと決まっているのに、こんなことになってしまってほんとうに良いのだろうか。
 不安げなロズリーヌに、王太子は優しく笑い掛ける。

「嫌では、ありません」

 けれど、と続けようとした言葉はまたキスで止められた。

「なら、ロズリーヌ。私がけっして男色などではないことを、今からじっくりと教えてやろう」

 王太子の唇が首を伝い、衣服が緩められていく。くすぐったいのにどこかぞくぞくして、ロズリーヌは小さく震えた。
 これは恐れからなのか、それとも武者振るいなのか。
 王太子の片手はしっかりとロズリーヌの手を握ったまま、もう片手だけが器用にロズリーヌを暴いて行く。はだけられた胸元にキスが落とされて、ロズリーヌはまた少し震えた。
 これから何が起こるかわかっていても、ロズリーヌはただ単に「知っている」だけに過ぎないのだ。

「シルヴィ、さま……」

 もしや、このために用意していたドレスなのだろうかと思うくらい、王太子は簡単にするすると脱がせてしまう。

「ロズリーヌ。お前は柔らかくて温かい」

 ぎゅっと抱き締められ、ぴったりと合わされた肌は熱かった。
 ロズリーヌの顔が真っ赤に染まる。
 王太子がくすりと笑って、ロズリーヌの顔を覗き込んだ。ゆっくりとキスをして、もう一度抱き締めて、「ロズリーヌ」と囁きかける。

「愛している、ロズリーヌ。お前が危険だと知って、私は後悔したくないと思った。お前相手なら、私が負けでも構わないとも」
「シルヴィ様」
「負けでもなんでもいい。私はお前を愛している、ロズリーヌ」

 ――これは、夢だろうか。

 だって、ロズリーヌの“記憶”で、王太子は一度もこんなことを言わなかった。言わないどころか、匂わせすらしなかった。
 いや、むしろロズリーヌを厭って、顔すらまともに見なかった。

「わ、わたくしも……わたくしも、シルヴィ様をお慕いしております」

 きゅう、と抱き締めて返すロズリーヌに、王太子は心の底から幸せそうに微笑む。やっぱりこれは夢じゃないのかと、幸せ過ぎておかしくなりそうだと、ロズリーヌの目尻に涙が滲む。

「なら、ロズリーヌ。私のものになってくれ」
「はい……はい、シルヴィ様」

 ああ、なんて幸せなんだろう。
 ロズリーヌは微笑みを浮かべてゆっくりと目を閉じた。

 にゃあ、とどこかで猫が鳴いている。


 * * *


 疲れが出たのか、眠り込んでしまったロズリーヌの頬をそっと撫でながら、王太子は今度こそ安堵していた。

 窓の外の月が高い。離宮に着いたのは昼を回ったころだったが、それからずいぶんと時間が経っていたようだ。

 ――これでロズリーヌの疑いも晴れただろう。

 訳のわからない思い込みでロズリーヌが暴走するのも、きっと終わりだ。卒業を待って婚儀さえ行えば、名実共にロズリーヌは王太子妃になる。
 その日が楽しみで、王太子は笑みを浮かべる。

 額にキスを落とすと、眠り込んだロズリーヌの表情が緩んで、王太子は少しうれしくなる。
 それから少し名残惜しいような表情で、王太子は傍のガウンにロズリーヌを包む。そのまま横抱きにすると、王太子はベルを鳴らした。
 すぐに現れた侍女たちが、乱れたベッドをてきぱきと整えていく。

「殿下、お湯と布はこちらにございます。妃殿下はいかがなさいますか?」
「私がやる。お前たちは下がっていい」

 侍女たちは一礼し、すぐに部屋を出る。
 汚れた敷布も脱ぎ散らかした服もすべて、侍女たちが持ち去っていった。

 王太子は手ずからロズリーヌを拭き清めた。ロズリーヌの肌はお湯に垂らされた香油のほんのりとしたさわやかな香りを纏う。王太子はロズリーヌをしっかりと抱き締めて、思い切り深呼吸をする。

「ロズリーヌ」

 小さく呼ぶ声が聞こえているのか、ロズリーヌがかすかに笑った。
 王太子もつられて笑みを浮かべる。
 羽毛の詰まったふわふわの布団を被ってもう一度ロズリーヌにキスをして……小さく吐息を漏らす。

 ああ、明日が待ち遠しい。
 早くロズリーヌと言葉を交わしたい。
 いや、言葉だけでは足りない。何度でも愛も交わしたい。
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