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12-3.勝敗のゆくえ
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ロズリーヌの猛攻は続く。
正直、ミシェルはロズリーヌがこれほど強いとは思っていなかった。
しかし、そうは言っても一撃の重さは少し前よりもましになってきていて……ミシェルは、なら、と反撃に出る。
護りを緩め、少し強引に前に踏み出ると、剣を突き出した。だが、素早く引いた槍の柄に逸らされて、ロズリーヌ自身には届かない。
「やっとやる気を出したのね」
ロズリーヌは艶やかな笑みを浮かべる。
こうでなくては、叩きのめす意味がない。
ヒロインを相手に力を出し切ってはじめて、ロズリーヌは思い残すことなく“ゲーム”の終わりを迎えられるのだ。
防戦一方だったミシェルは攻撃に転じる。
護りはやや疎かになったが、その代わり、今度はミシェルが激しく剣を繰り出して、ロズリーヌを追い込んでいく。
けれど、ロズリーヌもうまく間合いを作り、ミシェルに無視できない打撃を与え続けている。
ふたりともすっかり息が上がり、あとは、どちらの体力が先に尽きるかにかかっている。ミシェルにまだ余力はあるが、ロズリーヌはどうだろうか。
このまま、ミシェルが完全に攻勢に出てもジレットは……。
――ミシェルはちらりとジレットへと視線を向ける。
「隙あり!」
その一瞬を逃さずロズリーヌが鋭い一撃を放つ。
かろうじて間に合った盾は、けれどその一撃でとうとう割れてしまった。ミシェルの左腕を掠めた穂先が顔面に突き付けられ、ぴたりと止まる。
武術教官が手を挙げる。
勝負ありと裁定を下そうとして……ロズリーヌの視線に止められた。
「――お嬢様!」
堪り兼ねたのか感極まったのか、急にジレットが飛び出した。ロズリーヌの槍を押しやるようにして、ミシェルとの間に割り入る。
「お嬢様」
「遅かったわね、ジレット」
「お嬢様の勝利は疑いようもありません。ですが……申し訳ありません」
「もちろんわかっていてよ」
ふふふ、とロズリーヌは楽しそうに笑う。
「わたくしがミシェルなどにお前を渡したくないのは本当よ。さんざん踊らされて、とても腹立たしく思っているのも本当。
けれど、わたくしがお前に何かを無理強いさせることなどないわ。これはわたくしの、ミシェル・クレストに対する単なる嫌がらせよ」
「モンティリエ嬢――」
ふう、と息を吐いて汗を拭うミシェルを、ロズリーヌはじろりと睨む。
「それにしても、ねえジレット。
念のために聞くけれど、ミシェル・クレストはわたくしが相手だからと本気を出すことのできない腰抜けよ? お前、本当にこんな情けない男でいいの?」
「お嬢様……ミシェル様は、私を慮ってくださっただけですよ。お嬢様以外が相手でしたら、きっと燃え盛る炎よりももっと勇猛に戦ったはずですわ」
ですから、お嬢様……と、ジレットがロズリーヌの足元にひざまずく。ミシェルも身体を起こし、ロズリーヌにひざまずく。
「モンティリエ嬢、ジレットはこう言うが、俺が敗北したのは事実だ。だから、俺はあなたの裁定に従おう」
ロズリーヌは吐息を漏らす。
そうは言っても、この状況で他にどうしろと言うのか。
「ロズリーヌ」
いつの間にか背後に寄っていた王太子が、優しくロズリーヌを抱き寄せた。
「勝負は成った。君が決めるんだよ」
「シルヴィ様……そんなもの、“戦いに勝って勝負に負ける”とはこのことですわ。わたくし、無下に扱ってジレットを悲しませたくはありませんもの」
「では、どうする?」
ロズリーヌはひざまずくふたりを見下ろした。「ふたりとも、立ち上がりなさい」と立ち上がらせて……。
「この勝負、引き分けです」
「モンティリエ嬢?」
「わたくしは今ひとときだけは勝ったのかもしれないけれど、ミシェル・クレストの本気は引き出せませんでした。それで勝ちを誇るなど、わたくしはそこまで厚顔ではありませんもの」
「けれど、モンティリエ嬢」
「ですから、ここはわたくしとお前の痛み分け……つまり、引き分けで手打ちとしましょう」
勝負を見守っていた貴族たちも、武術教官もほっと胸を撫で下ろす。
このまま侯爵家と辺境伯家の確執に発展してしまったら、とは誰もが考えたことだった。もちろん、ロズリーヌやミシェルにそんな意図はないとわかっていても、皆がそう考えるわけではない。
「お嬢様……」
「ふふ、それにしてもさすがヒロインね。わたくしが下せなかったのはオーギュストお兄様とお前くらいのものよ。
ジレットへの求婚、このわたくしが認めて差し上げるわ」
「モンティリエ嬢に感謝を――けれど、その“ヒロイン”はそろそろやめていただけないだろうか。俺は男なので」
「わたくしの大切なジレットを手に入れるのよ。そのくらい我慢なさい」
ミシェルは困ったように眉尻を下げる。けれど、くすくすと笑うジレットにまあいいかと苦笑を浮かべて立ち上がった。
正直、ミシェルはロズリーヌがこれほど強いとは思っていなかった。
しかし、そうは言っても一撃の重さは少し前よりもましになってきていて……ミシェルは、なら、と反撃に出る。
護りを緩め、少し強引に前に踏み出ると、剣を突き出した。だが、素早く引いた槍の柄に逸らされて、ロズリーヌ自身には届かない。
「やっとやる気を出したのね」
ロズリーヌは艶やかな笑みを浮かべる。
こうでなくては、叩きのめす意味がない。
ヒロインを相手に力を出し切ってはじめて、ロズリーヌは思い残すことなく“ゲーム”の終わりを迎えられるのだ。
防戦一方だったミシェルは攻撃に転じる。
護りはやや疎かになったが、その代わり、今度はミシェルが激しく剣を繰り出して、ロズリーヌを追い込んでいく。
けれど、ロズリーヌもうまく間合いを作り、ミシェルに無視できない打撃を与え続けている。
ふたりともすっかり息が上がり、あとは、どちらの体力が先に尽きるかにかかっている。ミシェルにまだ余力はあるが、ロズリーヌはどうだろうか。
このまま、ミシェルが完全に攻勢に出てもジレットは……。
――ミシェルはちらりとジレットへと視線を向ける。
「隙あり!」
その一瞬を逃さずロズリーヌが鋭い一撃を放つ。
かろうじて間に合った盾は、けれどその一撃でとうとう割れてしまった。ミシェルの左腕を掠めた穂先が顔面に突き付けられ、ぴたりと止まる。
武術教官が手を挙げる。
勝負ありと裁定を下そうとして……ロズリーヌの視線に止められた。
「――お嬢様!」
堪り兼ねたのか感極まったのか、急にジレットが飛び出した。ロズリーヌの槍を押しやるようにして、ミシェルとの間に割り入る。
「お嬢様」
「遅かったわね、ジレット」
「お嬢様の勝利は疑いようもありません。ですが……申し訳ありません」
「もちろんわかっていてよ」
ふふふ、とロズリーヌは楽しそうに笑う。
「わたくしがミシェルなどにお前を渡したくないのは本当よ。さんざん踊らされて、とても腹立たしく思っているのも本当。
けれど、わたくしがお前に何かを無理強いさせることなどないわ。これはわたくしの、ミシェル・クレストに対する単なる嫌がらせよ」
「モンティリエ嬢――」
ふう、と息を吐いて汗を拭うミシェルを、ロズリーヌはじろりと睨む。
「それにしても、ねえジレット。
念のために聞くけれど、ミシェル・クレストはわたくしが相手だからと本気を出すことのできない腰抜けよ? お前、本当にこんな情けない男でいいの?」
「お嬢様……ミシェル様は、私を慮ってくださっただけですよ。お嬢様以外が相手でしたら、きっと燃え盛る炎よりももっと勇猛に戦ったはずですわ」
ですから、お嬢様……と、ジレットがロズリーヌの足元にひざまずく。ミシェルも身体を起こし、ロズリーヌにひざまずく。
「モンティリエ嬢、ジレットはこう言うが、俺が敗北したのは事実だ。だから、俺はあなたの裁定に従おう」
ロズリーヌは吐息を漏らす。
そうは言っても、この状況で他にどうしろと言うのか。
「ロズリーヌ」
いつの間にか背後に寄っていた王太子が、優しくロズリーヌを抱き寄せた。
「勝負は成った。君が決めるんだよ」
「シルヴィ様……そんなもの、“戦いに勝って勝負に負ける”とはこのことですわ。わたくし、無下に扱ってジレットを悲しませたくはありませんもの」
「では、どうする?」
ロズリーヌはひざまずくふたりを見下ろした。「ふたりとも、立ち上がりなさい」と立ち上がらせて……。
「この勝負、引き分けです」
「モンティリエ嬢?」
「わたくしは今ひとときだけは勝ったのかもしれないけれど、ミシェル・クレストの本気は引き出せませんでした。それで勝ちを誇るなど、わたくしはそこまで厚顔ではありませんもの」
「けれど、モンティリエ嬢」
「ですから、ここはわたくしとお前の痛み分け……つまり、引き分けで手打ちとしましょう」
勝負を見守っていた貴族たちも、武術教官もほっと胸を撫で下ろす。
このまま侯爵家と辺境伯家の確執に発展してしまったら、とは誰もが考えたことだった。もちろん、ロズリーヌやミシェルにそんな意図はないとわかっていても、皆がそう考えるわけではない。
「お嬢様……」
「ふふ、それにしてもさすがヒロインね。わたくしが下せなかったのはオーギュストお兄様とお前くらいのものよ。
ジレットへの求婚、このわたくしが認めて差し上げるわ」
「モンティリエ嬢に感謝を――けれど、その“ヒロイン”はそろそろやめていただけないだろうか。俺は男なので」
「わたくしの大切なジレットを手に入れるのよ。そのくらい我慢なさい」
ミシェルは困ったように眉尻を下げる。けれど、くすくすと笑うジレットにまあいいかと苦笑を浮かべて立ち上がった。
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