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第九章 許嫁
55.マデューサ様
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応接間の方からキッチンに向かって足音が聞こえてきていたけれど、俺はてっきりお茶を出しに行ったメアリーが戻って来たのだと思っていた。
「どなたか、ちょっとごめんなさい」
メアリーのものではない、鈴を鳴らしたような澄んだ美しい声が聞こえて俺たちは振り返った。
「お紅茶に入れるヘビイチゴのジャムをいただけたら嬉しいんだけど、ないかしら? なければ何か柑橘かベリーのジャムで、こちらの世界にあるもので構わないわ」
メロンみたいな大きな胸、きゅっと腰で括れてふくよかな尻へ向かう女性らしいラインが強調されるレースのドレスを身にまとった、グラマラスな女性がそこに立っていた。
この方がマデューサ様!? 色気の塊みたいな女性だ。アップにした長い髪から甘いいい香りがして、細く白いうなじのなんと美しいことか。
呆気に取られて立ち尽くす俺を見かねてトムが答えた。
「申し訳ございません、マデューサ様。ヘビイチゴのジャムはあいにくありませんが、柑橘かベリーのジャムですとレモンかマーマレード、ブルーベリーでしたらすぐにご用意いたします」
「ブルーベリー? それはどんなものかしら?」
ブルーベリージャムの壺は俺の目の前の棚にあった。
俺は震える手で壺を取ってふたを開け、言葉を忘れてしまったかのように一言も発することができないまま、マデューサ様に差し出した。
彼女は長い赤い爪の人差し指を無遠慮に壺の中へ入れた。シェフのモーガンが鍋でトロトロになるまで煮込んで作った赤紫のこっくりとした濃厚なジャムをすくった。
その指を紫の口紅の塗られた花びらのように分厚い唇へ押し当てて、ジャムを舐めた。
「ふん、まあいいわ」
ジャムをすくった指はブルーベリージャムなのか口紅なのかわからないが濃い紫のものがべったりと付着していた。いつもの俺ならこういうときにさっと布ナプキンを差し出すだろう、そもそもジャムの試食のためにスプーンを出すだろうけど、ドグマ様に婚約者がいたことにもその婚約者が目の前に現れたことにもすっかり動揺して、いつも通りに行動出来ないのだ。
マデューサ様は汚れた指を当然のように俺の胸元へ擦り付けた。
俺のシャツをナプキン代わりにして拭いたのだ。
フンと鼻を鳴らして見下すような意地悪な笑みを浮かべた。
「ポケッとしていないで、さっさとそのジャムを持ってきなさい。なんて気の利かない使用人なのかしら」
こんな屈辱的なことを言われたのは初めてだった。ショックのあまり体が硬直し、俺は踵を返したマデューサ様について行くことができなかった。一歩も動こうとしない俺の手からトムがジャムの壺を取り、応接間に戻って行ったマデューサ様の後を追った。
一人になったキッチンで俺は呆然と白いシャツについた紫のシミを見ていた。
「どなたか、ちょっとごめんなさい」
メアリーのものではない、鈴を鳴らしたような澄んだ美しい声が聞こえて俺たちは振り返った。
「お紅茶に入れるヘビイチゴのジャムをいただけたら嬉しいんだけど、ないかしら? なければ何か柑橘かベリーのジャムで、こちらの世界にあるもので構わないわ」
メロンみたいな大きな胸、きゅっと腰で括れてふくよかな尻へ向かう女性らしいラインが強調されるレースのドレスを身にまとった、グラマラスな女性がそこに立っていた。
この方がマデューサ様!? 色気の塊みたいな女性だ。アップにした長い髪から甘いいい香りがして、細く白いうなじのなんと美しいことか。
呆気に取られて立ち尽くす俺を見かねてトムが答えた。
「申し訳ございません、マデューサ様。ヘビイチゴのジャムはあいにくありませんが、柑橘かベリーのジャムですとレモンかマーマレード、ブルーベリーでしたらすぐにご用意いたします」
「ブルーベリー? それはどんなものかしら?」
ブルーベリージャムの壺は俺の目の前の棚にあった。
俺は震える手で壺を取ってふたを開け、言葉を忘れてしまったかのように一言も発することができないまま、マデューサ様に差し出した。
彼女は長い赤い爪の人差し指を無遠慮に壺の中へ入れた。シェフのモーガンが鍋でトロトロになるまで煮込んで作った赤紫のこっくりとした濃厚なジャムをすくった。
その指を紫の口紅の塗られた花びらのように分厚い唇へ押し当てて、ジャムを舐めた。
「ふん、まあいいわ」
ジャムをすくった指はブルーベリージャムなのか口紅なのかわからないが濃い紫のものがべったりと付着していた。いつもの俺ならこういうときにさっと布ナプキンを差し出すだろう、そもそもジャムの試食のためにスプーンを出すだろうけど、ドグマ様に婚約者がいたことにもその婚約者が目の前に現れたことにもすっかり動揺して、いつも通りに行動出来ないのだ。
マデューサ様は汚れた指を当然のように俺の胸元へ擦り付けた。
俺のシャツをナプキン代わりにして拭いたのだ。
フンと鼻を鳴らして見下すような意地悪な笑みを浮かべた。
「ポケッとしていないで、さっさとそのジャムを持ってきなさい。なんて気の利かない使用人なのかしら」
こんな屈辱的なことを言われたのは初めてだった。ショックのあまり体が硬直し、俺は踵を返したマデューサ様について行くことができなかった。一歩も動こうとしない俺の手からトムがジャムの壺を取り、応接間に戻って行ったマデューサ様の後を追った。
一人になったキッチンで俺は呆然と白いシャツについた紫のシミを見ていた。
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