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33.元の世界でのリヒト

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「黒髪の黒目の男娼で、長身で容姿端麗な者でございますか? ……誠に申し訳ございませんが、うちにはご期待に沿える者がおりません」

「一人もおらぬのか?」

「ええ。申し訳ございません……、髪と目の色が違う者でしたら」

 魔王城に呼び寄せた魔界の買春宿の店主は手をすりすりと擦りながら魔王の座の我を見上げていた。

「フン、ならばもうよいっ!」

 店主はどうにか我のリクエストに応えようとしばらく考え込んでいた。

「お好みの容姿に魔術で化けさせることは可能でございますが……」

「我は魔王だぞ。そんなものでは満足できる訳なかろうっ! もうよいっ!」

「申し訳ありませんっ! 大変な失礼を」

 冷や汗をかいておどおどしながら帰って行く店主の後姿を見ながら、鏡の精ミラージュが言った。

「かわいそうに、あの店主びくびくしてたわ。姿の似た男娼を探したって無駄よ。魔王様は黒髪黒目のアルファじゃなく、リヒトに会いたいんでしょうに」

「フン、そんなことは思っておらぬ。我はあやつがいなくなってせいせいしている」

「……魔王様ったら素直じゃないんだから。リヒトのことを忘れられないくせに」

「なんだと、貴様っ!」

 我はこぶしを握り、叩き割るぞと鏡に迫った。

「ひいいっ。カッとなっちゃ嫌っ!」

 悲鳴を上げたミラージュは鏡に異世界の映像を映し出した。

 以前ミラージュが見せた、染め上げた髪を鶏のトサカみたいに逆立てて魚やヘビのようなテカテカとしたスーツを着た奇妙な男たちが映っていた。

 ギラギラした部屋の中でソファーに座り、女性客をもてなしている。
 その中にリヒトによく似た男を見つけた。

「あの男……」

「ほら、やっぱりリヒトが恋しいんじゃない」

 ミラージュが笑うのも構わず、我の目は鏡の中のリヒトにくぎ付けになった。

「フン、別に恋しいなどとは思っておらぬっ! 久しぶりに奴のアホ面を見てやってもいいと思っただけだ」

 奴が無事に元の世界に戻れているなら、とりあえずよかった。おまけに元気そうだ、と安堵している自分に気付いた。

 しかし、以前と同じようにホストという仕事をしているとは。
 我が日々を悶々と過ごしていたというのに、奴はまた女とイチャイチャしていたなんて。

 鏡の映像から話し声が聞こえた。

「いやーん、レイちゃん久しぶり。交通事故で入院してたって聞いたけどホントなの?」

 ソファーに座ったリヒトに若い女の客が話しかけた。

 レイちゃんと呼ばれたがこの黒髪の男は間違いなくリヒトだ。
 魔界の売春宿と同様に奴も偽名で商売しているのだろう。

「そう、本当だよ、マミさん。俺、通勤の途中でトラックにはねられたんだから」

「え、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。病院のベッドで目を覚ましたら、七日も意識を失って生死の境をさまよってたんですよって言われてもうびっくりだよ。それからリハビリしたり色々あって、まあこうして仕事に復帰出来て良かったけどね」

「やだぁー、でも元気になってよかったじゃん」

 と女がリヒトに抱きついた。

 嫌味なほど余裕の表情で女の肩を撫でるリヒトはこの世界にいた頃のままだ。

 よろしくやっているじゃないかっ!
 何が「ルシファーがいるから俺はもう一生この世界で生きてもいいんだけど」だっ!

 奴の言葉はその場限りの出まかせだったのかとイライラした。
 ああもう、我がバカだった。こいつのような無思慮な男は二度と信用せぬぞと心に決めた。

「もうよいっ! あやつの顔など見なければよかったっ!」

 とミラージュに映像を消させようとしたのだが、

「でもね、その生死をさまよっていた七日間が、俺にとっては人生最高の七日間だったんだ」

 鏡の中のリヒトはうっとり目元を染めて語り出した。

「え、なになに? どういうこと?」

 リヒトの肩にもたれていた女が長いまつ毛でぱさぱさと瞬きして奴を見上げた。

「俺、人生で初めて本気で人を好きになったんだ」

「え、レイちゃんが? うっそ。まさか入院先の看護師さんに恋しちゃったの?」

 女はリヒトにもたれるのをやめて、肩をぱしんっと叩いた。

「違う、生死をさまよっている間の話なんだけどね」

「何それ、夢の中の話?」

「うんまあ、そうだね。俺は異世界で剣士になる夢を見てたんだ」

「うわー、楽しそう」

「そこで魅力的な魔王に出会って。ほら、魔王なんて敵じゃん、倒さなきゃいけない相手なんだけど俺たち恋仲になっちゃうんだよね」

「何それ。どうして恋仲になったの?」

「俺はその人と体の相性が抜群な運命の相手だったんだ。相手は発情してて、もうやりまくりよ」

「うわ、淡白なレイちゃんがそんな下ネタ言うの初めて聞いた」

 女は奴の話をバカにしておかしそうに笑っているのに、ふふっと笑っていたリヒトは次第に真顔になって、彼女の見ていない隙に寂しそうな顔になった。

 もしかして奴は元の世界へ帰ったことを後悔しているのか?

 いつも笑顔のあやつがエルフ族の祭りの前に一瞬だけ見せたあの寂しそうな顔と同じものだった。
 我と離れることが本当は嫌だったのだろう。

 考えてみればいつだって奴は優しかった。もしや我を困らせまいと大人しく元の世界に帰ったのか?

「くっ……、もうよせ。奴が今どうしていようと我には関係ない」

 そう言うとミラージュは映像を消してただの鏡に戻った。

 赤い魔石の首飾りをつけた我の姿が鏡に映った。
 あいつが我の首に噛みついて番になろうと必死だった夜を思い出し、我ははーっと大きなため息をついた。
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