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34.妙な客人

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 それから数日経ったある夜、会議を終えた我にラピスが、

「本日はもうおやすみになられますか?」

 と聞いた。

「ああ、そうだな。我は少し地下の書庫で調べ物をする」

「お手伝いいたしますか」

「いや、いい。一人にしてくれ」

 我がそう言うとラピスは下がり、我は一人で隠し階段から地下へ降りた。

 真っ暗な書庫のろうそくへ指先を向けて魔法で火を灯す。
 古い書物がずらりと並ぶ本棚からエルフ族に関する資料を引っ張り出した。

 我ら魔族は召喚魔法があまり得意ではない。
 赤の魔石の首飾りが召喚魔法に使えるものだと知り、もしかして魔族に伝わる宝だと信じていたこれは元々エルフ族のものなのではないか、と我は思った。
 だから時間を見つけてよく調べてみることにしたのだ。

 本には赤い魔石の持ち主については書かれていなかったが、代わりにエルフ族が行う召喚魔法のやり方に関する詳しい記述があった。

 この術を行えば再びリヒトを召喚出来る。しかしそんなことをすれば我はまたオメガになってしまう。

 はーっとため息をつきながら召喚魔法のやり方をよく読んだ。

 コンコンと書庫の扉がノックされた。

「魔王様」

 ラピスの声だった。

「なんだ?」

「何やら妙な客人が来ているのですが」

「妙な客人……?」

 それもこんな夜更けに?

 我はラピスと共に魔王城の玄関の間へ向かった。

 赤いカーペットの敷かれた大階段を降りていくと、ブライアンたち数人の兵が一人の年老いた魔女を囲んでいた。
 腰の大きく曲がった魔女は爪の長い右手で左腕に下げたカゴからツヤツヤと光るリンゴを取り出して、

「ほら、お食べ」

 としゃがれた声で言い兵士たちに押しつけている。

「おばあちゃん、俺は遠慮しておくよ。なんか毒が入ってそう」

「毒なんか入っていない。おいしいリンゴじゃ、お食べ」

 と大きなわし鼻に濁った眼で不気味に笑い、兵士たちを困らせている。

 確かにこれは妙な客人だ。
 間違いなく魔族の者のようだし、害のなさそうな年寄りだからトラップだらけの庭を通さずブライアンたちが出迎えたのだろう。

「あの者が魔王様のお知り合いだと申しているのですが」

 あんな老婆の知り合いなどいたか? と我は首を傾げながら階段を降り、魔女のそばへ向かった。

 黒いローブで全身を覆い、大きなわし鼻が印象的なその顔には無数の深いしわと大きなイボがあった。
 一度見れば忘れることなどなさそうなこの醜い顔に見覚えはなかった。

「うーん……」

 知らんな、とラピスに言いかけたが、その者のローブのフードの隅から三角の金のピアスがキラッと光るが見えた。

 まさか……、老婆の正体はエルフ族の王子ウォズか。どうして、奴が魔王城に……?

 そう思った瞬間、魔女の濁った瞳が我の瞳を強い目力で捕らえた。

『リヒトのことで話がある』

 脳内に直接語りかけてきた。

 リヒトのこと? リヒトに何かあったのか?

 我は心配でたまらなくなった。

 ラピスが不思議そうにこちらを見ていた。

「ああ、思い出したぞ。先日の旅の途中で知り合った魔女だ。長く生きているから色々なことを知っているんだ。我は彼女に相談したいことがあったから後日ここへ来てくれるよう約束していたんだ。いやー、よく来てくれた。さあ、我の部屋へ」

 我は老人を労わる優しい手つきで魔女をエスコートした。

 そんな我の様子をラピスは眼鏡の下の鋭い目でじっと見ていて、

「魔王様」

 と言うから、ギクッとした。

「お茶かワインをお持ち致しましょうか」

「いや、何もいらん。我々は大事な話をするから、我がいいと言うまで誰も我の部屋のある塔に近づけるな。頼むぞ」

「御意」

 ラピスはそれ以上干渉してこなかった。

 我は大階段を上がりながら、ほっと安堵した。
 この者の正体がウォズだとは魔王城の中の誰にも知られてはまずかった。何かの拍子に先日の祭りのことが魔族にバレでもしたら、我はもう恥ずかしくて死ぬしかない。

 年老いた魔女は曲がった腰でスタスタと階段を登った。

 それから塔の部屋に上がり、我が部屋のドアを閉めて完全に二人きりになると、醜い魔女は煙をまいて金髪のおかっぱ頭の美青年になった。

「エルフ族は変化が得意じゃないって言われているが、俺の術はなかなかのものだろう?」

 エルフ族の王子ウォズが口角を上げて笑った。
 確かに大したものだと内心思っていたが、褒めてやる気などなかった。

「フン、そんなことはどうでもいい。それで、何の用だ? リヒトがどうした?」
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