絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼の片想い*****

せめて信じて。2

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静寂であるはずの早朝。気持ちを逆撫でる音を、まるで知り尽くしたかのように電子音が響く。
階段と、降りていたエレベーターを一瞬秤にかけた。脳の指令より先に、足が階段を駆け上っていて、そのまま身をまかせる。踊り場のたびに失速するのがもどかしくて、足がもつれそうになるのを気力で持ちこたえた。

この先、足なんか動かなくなったって構わない。
だから……『間に合って』と、祈りながら駆け上がった。

焦りから、階段の終わり間際に美夜ちゃんの名を呼ぶ。3階まで登り切って、エレベーター前のホールに出た。
ふと、電子音が大きくなった。美夜ちゃんの名を繰り返し叫びながらそのまま廊下に入ったところで、人影が向かってくるのをとらえた。
後ろを気にしながら走る男が、顔を向き直した時、体の芯が冷えた。黒い目出し帽。耳障りな防犯ブザーの音。男がドアを開けたから、音が大きくなったのだと知る。
わかりやすい悪者に迷うことはなかったし、恐怖心はなかったけれど……『何を』したのかわからないことだけが怖かった。

迷わず立ちふさがって胸ぐらをつかもうと手を伸ばした。相手が咄嗟に避けて掴み損ねだけど、肩の辺りの服をかろうじて捕まえたので、そのまま顔を殴った。
両目と口しか出ていないから、良い的になっていて、ケンカ慣れしていない自分でも顔に拳をぶつけることができた。
怒らく若い男。向こうも走っていて動力があったので、僕の拳でも通用したようで、ちょうど目の前のドアに倒れこむ。
相手がガタイが良くても許しはしないけど、決して武闘派ではない自分からの打撃が有効だったことにホッとした。
絶対に許さない。美夜ちゃんを、怖がらせたこの男。
恐怖心だけでは足りず、怪我なんか負わせていようものなら……体の奥からどす黒い熱が湧き上がるようだった。
呻きながらも立ち上がりなおも逃げようとする男を、逃すわけがない。そのまま追い縋ろうとした時、一番聞きたかった声がブザー音に紛れて耳に届いた気がした。

「……!……………!」
奥を見やると、美夜ちゃんが部屋のドアからうつ伏せで這い出していた。立てない様子に、身体中の血が一気に引く。
泣きそうな顔で口を開いているけど、耳障りな電子音で聞こえない。
後ろで男が立ち去る気配がした。取り逃したら、また美夜ちゃんを襲うかもしれない。突発的で、美夜ちゃんを狙ったとは限らないけど……逆恨みで出直す可能性はある。
でも……美夜ちゃんが手をこちらに差し出して、何かを言っている様子をみて、それを置いて行くなんてできなかった。
男はナイフなんて持ってなかったけど、美夜ちゃんをが怪我をしてないとも限らない。駆け寄って、手を握って、冷えた震える小さな手に涙がでそうだった。

嫌われるのを恐れずに、無理やり送ればよかった。建物に入るくらいで満足せず、部屋まで見届ければよかった。自分の欲に流されず、早い時間に返せばよかった。
違う。
拒絶を恐れず、断られたって、何度でも想いを告げればよかったんだ。
抱きしめた華奢な体も震えていたけど、僕の方がもっと震えていて情けない。とりあえず、血が出るような怪我をしてないことだけは安心した。
「やっ!だめ!行かないでっ!いっ……行か、ないでっ」
抱きしめて、耳元でやっと美夜ちゃんの声を拾った。
「……大丈夫。美夜ちゃん、もう大丈夫。どこにも行かないから」
心の中ではずっと謝罪を繰り返しながら、口では彼女を落ち着かせるよう『大丈夫』と唱えた。
「あ、あぶないから……行っちゃ、だ、ダメ……こ、こわっこわいから、行かないでっ」
きっと、後者の言葉は付け足しで……こんな目にあっても、僕を気遣う彼女に、僕がいくらでも傷を負えばよかったのにと本気で思った。

3階の他の住民が出て来た。美夜ちゃんを抱き上げるようにして廊下に出て、戸惑いを見せる隣人に防犯ブザーを止めるように頼む。
美夜ちゃんが『行かないで』を繰り返し、同じ数『大丈夫』を唱える。
ひどい音が止んで、美夜ちゃんの声が微かながらも近くなる。
「行かないで……おね、がい……」
大丈夫と、また繰り返し応える前に、美夜ちゃんが続きを口走った。
「……り、こちゃんを……」
りこちゃん?仲のいい友人だからと言って、ここで?
呼んで欲しいなら、有志に無理やり交換させられた連絡先から可能だけど……同性にしか言いたくないことをされたのではと冷水を浴びたように寒気がした。
だけど、美夜ちゃんが途切れ途切れに紡いだのは、予想もしない言葉で。
「……りこちゃんを……きでも、い……から……」
りこちゃんを?何て言った?
『好きでもいいから』と、そう聞こえた。
きき返そうとしたけど、小さくさらに『行かないで』と呟いて。
美夜ちゃんは意識をなくした。
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