絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

文字の大きさ
76 / 113
閑話****

朝陽さんは訝しむ。2

しおりを挟む
美夜を彼女に昇格せずにいいように遊んでいるというのか?
とりあえず先を促すと、犯人と対峙した話は想像だけでもゾッと背筋を凍らせた。坂本くんの右手に巻かれた包帯も、思い出したのか震える肩も、美夜を思いやって潤ませる瞳も……痛々しくて、とても弄んでいる女に対する態度じゃない。
犯人の目的が、金じゃなくて美夜自身だというくだりでは、自責の念が襲った。家を建て替えなければ、美夜は一人暮らしに踏み切らなかっただろう。
自分の人生設計が美夜の人生を暗闇に堕としたかもしれないと恐怖した。そして、間に合った坂本くんに感謝しかない。それなのに。
「……その数分間……どんなに、怖かったか……」
顔を伏せて拭った、溢れる涙。取りこぼしたそれが、病院の床に落ちるのを見て。震えてつかえる言葉。それが、絞り出されたあと小さく漏れた嗚咽を聞いて。
最悪の事態を免れたことに安堵した自分を恥じた。そうだ。妹は、ただただ怖い思いをしたのだ。

重ねて謝る坂本くんを制して、腰掛けると、改めて確認した。
「……坂本くんは、美夜の恋人ってわけじゃないの?」
それに返って来たのは、本当に意外な答えだった。
「……僕は、そうなりたいと思ってます」
びっくりした。じゃあ、妹が?彼女の方が?
「……美夜が、難色を示してるってこと?」
「……2人で、会ってることは誰にも秘密だし……他に好きな人がいるみたいです……関係が、壊れるのが怖くて……告白はできないでいます」
妹は、好きでもない男に自分から体を許したりしないタイプだ。断言できる。
では、目の前の彼が、妹をいいように振り回しているのかと、そう思うのは当然だ。でも、彼は美夜を好きな様子で……きっと、ボタンをかけ間違えてるのだろう。
控えめで、優しいけれど、頑固な美夜が原因かもしれないと思った。

話は美夜からも聞くとして、今回、坂本くんが助けられるタイミングだったことは、やはり兄としてホッとしていた。もし、本当に隣人が犯人だったら……いつでも被害にあった可能性はあったのだから。
恐ろしい可能性に、二人してしばらく無言で美夜を待った。長い沈黙に水を差すように、薄暗い待合スペースに光が漏れ、美夜が出て来た。
「……お兄ちゃん。……ごめんなさい」
坂本くんをまず見て、おそらく彼の包帯を目にし……泣きそうな顔をする。その後、こちらに視線を移して、今度ははっきりと涙を溢れさせた。
「……怪我がなくて、よかった」
正確には、打撲などしているだろう。さっき反省したばかりなのについ、最悪の事態ではなかった安堵が口をついた。無神経だっただろうか?でも、俺だって涙目で、平静を装うので精一杯だった。

「……坂本くんが、助けてくれたの」
妹の言葉に、坂本くんが謝罪をまた口にして、そうさせてしまった自責に美夜が嗚咽を漏らした。
後日改めて詳しい検査をとなったようなので、支払いを済ませて帰ることにした。美夜を助けてくれた坂本くんを、そのまま帰す選択肢なんかなくて声をかけたけど固辞された。
美夜の治っていた嗚咽が、また抑えられずに漏れて、静かな朝に不釣り合いなしゃくりあげるその声に、坂本くんと顔を見合わせる。
『その方が美夜も心穏やかに居られると思うから』と言うと、困った顔で結局大人しく車に乗った坂本くんが、憐れでさえあった。この想いが、報われてないなんて。兄として……スマン。

坂本くんが挨拶して車から降りる。もう、空は明るく、街が動き出す時間だ。今日は土曜日なので、いつもよりゆったりしているかもしれない。
「っ、お兄ちゃん!ちょっとだけ待ってて!」
坂本くんの後ろ姿を泣きそうな顔で見ていた美夜が、言い捨てて助手席を後にした。駆けていく後ろ姿に、声は聞こえないが迷いながら何か話す様子に、泣きながら帰って来る様子に。『なんだ。やっぱり彼を好きなんじゃないか』と思った。
「……お、にぃちゃん。さか、もと……くん。また、会って……くれるっ、て」
ぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔で、助手席のドアから入ってきた美夜は、離れた坂本くんから顔が見えないように振り向けないでいる。その分、妹の涙を目前に、両親をどう誤魔化すかを考えていた。

当面実家に連れ帰るため、部屋に必要なものを取りに行った。美夜を現場に戻すのは忍びなかったが、彼女もそれを希望した。争ったのは玄関だったので、部屋は美夜らしい片付いた綺麗な状況だ。
だけど……玄関、キッチン、枕元、ベランダ、バッグ。狭い部屋と小さなバッグ合わせて5匹も猫の防犯ブザー。
「……坂本くんが、助けてくれたの」
引っ越し祝いに送られたのだという。
「……なるほど」
間違いなく、坂本くんが助けてくれたというわけだ。そんな暑苦しい愛を、美夜が受け入れないのは何故なんだろう?
とりあえず、両親に坂本くんの事をなんて伝えよう。

……なにせ、彼氏ではないらしい。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...