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彼の片想い******
きっとそうだよ。5
しおりを挟む多分、僕たちが泣き顔を少しでも整えられるように、殊更ゆっくりと着替えをすませて降りて来てくれたお兄さん。
お嫁さんに『遅い!』と叱られていたから、感謝と申し訳なさしかない。
せっかく捻出してもらった時間で、美夜ちゃんの髪をたっぷり撫でて、トイレで顔を洗って、なんとか面目を施した。
美夜ちゃんも、薄化粧を直して、前髪で目元を隠して。
すでに顔を見られていたお兄さんはごまかせないと思うし、お母さんやお義姉さんには気づかれたかもしれない。
でも、少なくとも、遅れて帰宅したお父さんだけはごまかせただろう。
美夜ちゃんのお父さんも、お母さんも、僕のとこを『飲み会の後家まできちんと送り届けてくれた好青年』だとか『娘の被害を最小限にしてくれた彼氏』として、すごく感謝してくれた。
その度に美夜ちゃんがそろりとこちらを伺って、お兄さんが申し訳なさそうに目を細めるという、針のむしろを味わった。……甘んじて受けたけど。
本当は『飲み会の後更に遅くまで美夜ちゃんを引き止めて、くたくたになるまで蹂躙して、送ることは許されない程度の存在なのにストーカー紛いに後をつけてたから駆けつけられました』なんて。本当の事を言ってしまいたくなるくらいだけど。
そうすると、今後美夜ちゃんに会わせてもらえないかもしれないし。
打算的な観点からも、お兄さんが言っていたように、一番堪える罰としてでも、なんとかその時間を耐えた。
「しばらくは美夜は家から大学に通わせるけど、たまに、気晴らしに連れ出してやってくれないか?」
美夜ちゃんのお兄さんが、まさに数十年後こうなるんだろうなって感じの彼女の父から、そんな言葉を聞いた時、最近緩みっぱなしの目頭が熱くなった。
清潔感がある容姿に、意志の強そうな眉。お父さんは、お兄さんと違って眼鏡はかけていないけど、目元もそっくりだった。その目をお兄さんと同じように優しく細めてそう言ってくれた。
よかった。会話の感じから好意的だとは思ったけれど、美夜ちゃんと会う事を咎められない一言に、本当に安堵した。
「……事前に、お知らせして、必ずご自宅まで送り届けます!」
しっかり帰り道に付き合う許可を公にもらって、チラッと美夜ちゃんを見たら、ホッとした顔から、不本意そうな顔に変化する瞬間を目の当たりにして少しへこんだけど。
僕の想い人は、家路を僕と辿るのが、相当お気に召さないらしい。
カフェで慌ただしく別れてから、有志としばらく会わなかった。
メッセージを送ってみたけれど、詳しい事は書かれていない『今度会った時に』と短い返信が来ただけだった。
サークルに顔を出してみたけど、有志ともりこちゃんとも会わなかった。
美夜ちゃんもりこちゃんに会っていないらしく、普段なら必ず出ているお気に入りの講義も休んでいたらしい。心配して連絡したらしいけど、こちらも返信はなかったそうだ。
ちなみに、またりこちゃんについての変な誤解を生むといけないから、最新の注意で遠回しに尋ねた。
有志の不在とりこちゃんの音信不通。なんとなく嫌な予感がしたけれど……あの様子だと、りこちゃんの嫌がる事はしそうにないから大丈夫だろう。
二人っきりでみっちり話し合っていたとしても、合意の上だろうとその後は放置した。多分だけど、話し合いは言葉ではない気がしたし。
友人の恋路は放っておいても安泰そうだし、自分は自分で、美夜ちゃんの誤解を解きたかったけど、自宅から通う美夜ちゃんとゆっくり過ごせなかった。
美夜ちゃんは未だに、キャンパス内は元より通学路も隣を歩かせてくれなかった。家まで送ると言い張ったけど、大学からは明るいうちに帰るからと同行は許されなかった。
そのおかげで、次の飲み会を今まで以上に心待ちにした。
そのうち、有志をキャンパス内で見かけたので捕まえると、だらし無い顔でりこちゃんと付き合い出したと報告して来た。
正直、羨ましい。僕も、早く美夜ちゃんとの交際宣言をして回りたい。
美夜ちゃんとは、時間と場所の関係で深い話はできていなかったから、有志とりこちゃんの交際が誤解を解くいいきっかけになると思った。そもそも外では会ってくれないので、それも飲み会の日に持ち越しだった。
明日はいよいよサークルの飲み会の日という木曜日。インターフォンのカメラに、有志の姿があったのでドアを開けた。
「拓眞、悪いな。急に」
「いや、それはいいけど、先に連絡はあった方が嬉しかったかな」
そう言いながら中へ促すと、来客は一人ではなくて。背格好も髪の長さも似ているので、一瞬どきりとしたけど、美夜ちゃんかと思ったその人影はりこちゃんだった。
「彼女!も、連れてきた!」
あー。はいはい。自慢したくて堪らないわけね。
にやけた友人の顔に、美夜ちゃんと恋人になれたら自分もこんなに締まりなく笑うんだろうなと思った。
男は、本当に単純だ。……女の子は、あんな複雑なのに。
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