絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼女の片想い*

絶対、ダメ。7

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「あ、残念。彼氏来ちゃった」
特に残念そうでもなくつぶやく男性の声が耳に入った。
でも、びっくりして坂本くんの斜め後ろからの姿しか目に入らない。
小さな丸いテーブルのソイラテを避けて、そこに坂本くんの手があった。さっき、一瞬でも目の前の男性の手を坂本くんのものかと思ったのが不思議だ。
いつも私を惑わせる、坂本くんの手や指。
それに目を奪われながら、ちょっと遅れて『彼氏』という単語が頬に熱を集めた。

「もっと早く声かければよかったかな」
のんびりしたその声音に、坂本くんが苛立ったのが伝わってくる。
「じゃあ、正攻法で」
そう呟くとその人は一枚の名刺を私に差し出した。私が受け取る前に、坂本くんがそれをすくい上げた。

「ヘアサロン……アートディレクター……?」
美容師さん?
すんなり名刺を出したことや、身元がわかったせいか、少しだけ坂本くんの警戒が溶けた気がする。
「そ。店の宣材として髪いじらせてくれないかなーと思いました」
坂本くんの問いかけを、私に視線を合わせて答えてくれた。

でも、その視線は絡むことなく妨げられる。不意にこちらを向いた坂本くんが私の腕をとって立たせた。それだけで、向かいの人は見えなくなる。
視覚的にはもちろん、近づいた分だけ側で香る好きな人の香りに、カフェの喧騒すらかき消された。

「いじらせません。興味ありません。失礼します」
やっと見えた表情は、固く不機嫌そうだけど……腕を掴む力は優しい。
そのまま小さな丸いテーブルに名刺を置いて出口に向かおうとする。あわててバッグとソイラテをつかんだ。
坂本くんがいつ終わってもすぐ向かえるように、テイクアウトのカップにしてもらっていて正解だった。
どこまでも忠犬のような自分が、いっそ笑えてくるけど仕方がない。
1秒でも早く会いたいのは、いつだって私の方なのだから。

「よかったら二人でもいいから来てください。恋人そろってのモデルも大歓迎」
後ろからかけられた声に、一瞬坂本くんが止まった気がしたけど……気のせいだったのか、いつのまにかカフェの外に出ていた。
道沿いに歩く。

「……あの、坂本くん。……びっくりしちゃった。もうすぐ着くって、アパートにだと思ってたから」
少し前を歩いているから、顔を見たいのに表情は伺えない。
「……わざわざ迎えに来なくていいのに」
かわいくないことを言ってしまう。取られた腕は解放されたけど、かわりに手を繋がれている。
誰かに見られたらと思うと怖くて、そっと解こうとしたら気づかれて失敗した。むしろキツく繋ぎ直されて、さっきの人が言っていた『彼氏』とか『恋人』とかいう単語が思考を支配しようとする。
浮かれてはいけない。
自惚れてはいけない。
呪文のように繰り返しそう唱えながら、返事が返って来ないから不安になって饒舌になってしまう。

「……横山先輩とかに捕まってた?無理して出て来なくても、もう少し待てたのに、よかったの?」
そこまで話したら、急に坂本くんが止まるから、危うくぶつかりそうになった。
「坂本くん?」
「……来るの、早すぎたってこと?あいつともっと話したかった?」
怒ってる。拗ねてるんじゃなくて。
「ちが……」
「美夜ちゃん、ああいうのがタイプなの?あいつに髪を触らせたかったの?」
右手は私の左手に繋がってるから、空いてる左手にで私の髪を一房すくい取る。髪に神経なんてないのに、坂本くんがその一房を撫でるように触るからそこに意識が集中してしまう。
「危ないからカフェから出ないでって言ったのに、なにナンパなんかされてるの」
なんで坂本くんは怒ってるんだろう。なんで私は怒られてるんだろう。私を、好きでもないくせに。
りこちゃんのかわりだからって、そこまで心配してくれなくていいのに。
心配じゃなくて……それが、嫉妬だったら嬉しいのに。
私の願いは、いつも神様に届かない。
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