絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼女の片想い**

イヤ、絶対。4

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「……い……たっ……」
 痛い。首筋も、心も。
当分この痛みを忘れられない。その度に坂本くんを思い出して、きっと心が痛む。
非難の目を向けてみたけど、坂本くんはどこか満足気だ。
「やめて……跡、つけないで」
だいぶ息が整って、その不遜な眼差しに抗議した。

「最初と、ずいぶん違うね」
さい……初?従順に抱擁を受け入れたから?
「さいしょの、最初。酔ってたけど……ちゃんと覚えてるよ」
私の腰のあたりを抱きしめていた左手が、そこを離れて上がってきた。
手が離れても、坂本くんの太ももと壁に支えられて、意外と安定している。
その手で、まるで『うっとり』という表情のお手本のような顔をして、首筋をなでられた。
多分赤く色づいているだろう所有印を、確かめるようなその動きがいっそ恨めしい。
「あの時は、やめないでっていったのに」
あの……とき?
坂本くんの、得意げな、満ち足りたような笑顔。
初めて体を繋げた時、りこちゃんを想って見せた笑みに似ている。
そのまま耳に唇を寄せて来たので、笑顔が見えなくなる。
こんな時なのに、もったいないなんて思ってしまった。

「初めてシタ時。『痛い……でもやめないで』って」

耳から忍び込む言葉に、ビクリと体が震えた。
覚えてるなんて……どこから?どこまで?
熱くなった全身に、冷たい水をかけられたように血液が凍った気がした。
痛みが夢じゃないことを物語っていて、たとえ、りこちゃんの代わりでも幸せだった。
淋しくて、泣きそうで、でも……幸せだった。
だから口走ってしまったの。

「いた……い……で、も……やめないで……うれ、しい」

そう、口からこぼれ出たの。
『うれしい』って、そう言った声は届いてしまっただろうか?
だとしたら、こんな茶番に付き合ってくれてるのだろうか?
何も言えないでいる私に、さらに坂本くんが囁いた。

「あの日、その『好きな人』を想って俺に抱かれたの?」
頬と頬とを軽くすり寄せながら耳元で話す。猫、みたい。
「ずっと、俺をそいつの代わりにしてるの?」
あ……『俺』って。いつもは『僕』なのに。
「美夜ちゃんの好きな奴って、誰?どんな奴?」
当事者がそんなことを聞いてくるから、答えられる訳がない。
でも、そんな『美夜ちゃんの好きな人』ご本人が、どんどん好き放題言いたいことを言うから……
「ずっと、体を繋げてる間、俺のことなんて考えてもいないの?」
少し顔を横に向けたら口元に当たる坂本くんの右耳を、噛み締めてじんじんと痛む自分の唇でガブリと噛んでやった。

「いっ!……たぁ」
びっくりしたのか、相当痛かったのか、パッと体を離したからちょっとぐらついた。
私の手は坂本くんの背中に添わせたままなので、とっさに服をつかんだ。
坂本くんも、首筋をなでていた左手でまた腰を支えてくれる。
結構痛かったらしく、右耳を触ろうとしたのか……ちょっと涙目で繋いだ手を離そうとした。
当たり前だ。痛くしたんだから。
かなりキツく噛んだから、気持ちはわからなくもないけど、ギュッと指に力を込めてそれを許さなかった。
私の胸の方が、絶対に痛い。
ざまみろって感じの気持ちを隠さずに、きっと坂本くんと同じか、もっと涙が溜まった目で見返してやった。

貴方がそんなこと言うなんて。
りこちゃんのことを好きなくせに。
さいしょの、最初。私をりこちゃんと間違えたまま抱いたくせに。
体を繋げてる間、私のことなんて考えてもいないくせに。

私の好きな人が、どんな人か知りたいの?
私の好きな坂本くんは……
とてもずるくて、残酷。
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