絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼女の片想い****

絶対、ヤダ。7

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浴室を出たらコーヒーの香りがした。
「美夜。温まってから帰って」
まだカップに注がれてなかったから、首を振る。
「せっかくだけど、大丈夫」
「……湯冷めするから、まだ帰っちゃダメ」
さっさとカップに流し込まれてしまった。温められた豆乳と、ブラウンシュガーも次いで投入される。
前にカフェから連れ立って帰って来た時に、ソイラテを持ち帰ってからは、ブラックコーヒーが出なくなった。
渡されたマグカップはパステルブルーで青い鳥のモチーフとレースが描かれていて可愛らしい。
カフェオレやソイラテを出されるようになってからは、コーヒーカップに変わってこのマグカップが用意された。
いつか……別れを切り出された時には、これだけはもらえないかなって密かに思っている。それくらい大事な、初めての『私専用』
ここに私物を置きたがらないのは私自身のくせに、嬉しくて仕方ないなんて、すごく馬鹿げていて愚かな感情だ。
坂本くんはいつも、着替えや歯ブラシや、化粧品を置いたらと誘惑してくる。居心地をよくして、ここで朝日を拝ませようっていう作戦に違いない。

優しい色に濁ったソイラテを口に含むと、疲れた体が解けていくような気持ちがする。
サークルの話や、最近鑑賞した個展の話、面白かった講義や、お互いの家族の話。
坂本くんが容赦なく私を貪るようになって、動けるようになるまでの時間が伸びたせいか、話す時間も比例するように増えた。
ふと、言わなきゃいけないことを思い出した。
「坂……あっ、拓眞くん」
「なかなか慣れないね。美夜……」
そういう坂本くんだって、ベッドの上以外ではなんとなく呼び捨てに違和感があるくせに。絶対に『美夜ちゃん』の方が坂本くんっぽい。
「で、なに?」
呼びかけただけなのに、そばまで来てわざわざ抱きしめられた。髪をいじりながら続きを促される。いつも、言いにくいんだけど……
「次の飲み会の後は、たぶん会えない……」
ちょっと間が空いて、坂本くんが納得したように『あぁ、そっか』と小さく呟く。
毎月訪れる、女の子特有の体をつなげられない期間。
最初は『用事』ですませていたけど……『会うのは夜なのになんの用事?誰に会うの?誰か来るの?』としつこく問い詰められて、逆ギレのように申告して以来は察してくれるようになった。

「じゃあ、また」
玄関で、正面から抱きしめられたまま告げるのが最近の定例。しばらく会えないから、今日は一際淋しい。
「……キス、したい」
それを合図に、私から頬にキスするのは、もはや慣例。坂本くんも淋しいって思ってくれるのか、いつもよりも強い力で抱きしめられた。
名残惜しさを振り切って、暖かな空間から抜け出した。本格的に寒くなりつつある早朝間近の空気が肌を刺す。
頭を、体を、心を冷やすのにちょうどいい。
最近よく会う犬の散歩やジョギングの人に軽く会釈して、4階のチワワのお姉さんとは『おはようございます』と挨拶して部屋にたどり着いた。
隣人のお兄さんとは今日は遭遇しなかったから、廊下からすんなりと玄関に入った。

内側から鍵をかけようと振り向いた、その瞬間。
指先が空を掻いて……凶暴なくらいの空気の動きとともに、強引にドアが開いた。

無理矢理押し入った誰かの体温と匂いが乱暴に玄関に満ちて、総毛立つ肌に構わず手を掴まれ、口を塞がれた。
それが坂本くんじゃないという理由だけでも嫌なのに、気遣いのかけらもなく壁に押さえつけられて後頭部をぶつけた。

何?誰?なんで?廊下に人の気配なんてなかったのに!

坂本くんに助けを求めようと手に持っていた無機物に力を込めたけど、羽交い締めされて揉み合って、足元に硬い音を立てて落ちた。
バッグも奪われて部屋の中に放られたけど、防犯ベルにはとっさに手を伸ばせなかった。バッグの行方を目で追って、目的がお金じゃないと知る。
それは、お金を取られるよりも最悪な未来を示してた。
がむしゃらに暴れて声も出そうとしたけど、口を塞ぐ手は剥がれず、招かれざる客がコートを脱がしにかかる。

どんなに苦しくても、惨めで淋しくて切なくっても。
坂本くん以外の人に触れられるなんて…絶対、ヤダ。
…………私の願いは、いつも神様に届かない。
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