階段から転げ落ちたら知らないゲームの中だったので勇者を倒してサッサと帰りたいと思います。

uma

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店員さん間違える。

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 とても毛深い名医のケンタさんは紳士的に、かつ的確な手つきで私の怪我の治療をしてくれた。

 不安そうな私に向けてウインクをしてきたり、綺麗な真っ白な歯を覗かせながら、素敵な笑顔を投げかけてくれた。

 最初は恥ずかしかったけど、段々と慣れていくにつれ、私はその瞳に吸い込まれそうになった。

 きっと、これは恋に似た感情なのだろう。

 恋した事ないから知らんけど。

 ケンタウルスじゃなかったらと、血が滲むほど拳を握りしめ、唇を噛み、心から惜しいと思ったのは内緒の話。


          —————————


 「すごいね! もう治っちゃった!」

 「そうだろう? 朱里のDNAを瞬時に見抜き、その血肉となりうる物体を、無理矢理ぎゅうぎゅうに詰め込んで蓋したんだ! ケンタ先生の得意技なのさ」

 「私は何もを詰め込まれたんだよ。表現が怖いわ。ねえ、ここってクリスがさっき教えてくれたような世界なの?」

 「そうだよ。むしろ、朱里みたいな見た目をした生物が珍しいよ」

 ケンタ先生が私の足の治療をしている時、クリスはざっくりと、この世界の事を教えてくれた。

 どうやらこの世界はクリスやケンタ先生みたいな、いわゆる魔物や魔獣が多く住む世界らしい。でもそれだけではなく、他の種族もいるし、人族も住んでいる。

 ただ人族は例外なく、転移して来た人であり、同じ人族同士で家族やコミュニティ作り、滅多にその姿を現さない。ツチノコの方が見つけやすいとの事だった。

 ツチノコはいるんかい。

 「私帰りたいんだけど、帰る方法なんてクリス分からないよね?」

 「うーん? 多分、無理じゃないかな」

 「なんで? 方法が分からないんじゃなくて、無理なの?」

 「転生する人は使命があるからこの世界に来ると言われているんだ。それはこの世界での常識だよ。その使命をやり遂げないと転移者は帰れないって。誰かの友達のおじさんが飼ってる猫に引っ掻かれた人が言ってたような言わなかったような」
 
 「結局言ってたのは誰なんだよ、曖昧すぎだろ。誰か詳しい人とかいないの?」

 「多分村長が詳しいと思うけど。おーい村長! 朱里が聞きたいことあるってさ!」

 「はいはい。如何なさいましたか? おや、足は綺麗に治ってますね。恐らく朱里さんのDNAを瞬時にみぬ——」

 「それもう聞いたから! そんな事より今クリスに元の世界に帰れないって聞いたんだけど、それって本当なの?」

 「うーん、そうですね。朱里さんご自身のステータスはご覧になりましたか? 転移者の方は使命を持ち、この世界にやって来られます。ステータスを見れば朱里さんの使命が載っているかもしれませんが、もう確認は致しましたか?」

 なんかゲームっぽい事言い出したな。転移者って事はゲームの中に来ちゃったって意味なの?

 「ステータスね、それどうやって出すの? ベタにステータスオープンとか?」

 おわ!なんか出た!

 「おお、流石だね。なにも教えていないのにステータスを出すなんて」

 「どれどれ?ん、なにこれ!? おい! なんで体重まで載ってんだ! 情報漏洩じゃねえか!」

 (おっ鬼!)

 「村長が怯えて、おっ鬼! とか思ってブルッブルだから少し落ち着いてもらってもいいかな? 隠したい所は隠せるから平気だよ。僕達にも確認させてもらっていいかい?」

 なんで心読めるんだよ。軟体ゲル状機動式モンスター識別名『青』すげえ優秀じゃん。

 こうか? お、隠せたね。後は使命ね。

 ん?これかな?

 「この名前の横に書いてあるやつがそう? なんだこれ? 『勇者を倒し魔物を救う者』だって」

 「な、なんだって!?」

 「きゅっ、救世主様だ! 皆の者集まるのだ! 今宵は宴だー!」

 「すごい! 朱里は僕達の救世主様だったんだね!」

 ありがちな設定、益々ゲームっぽい。でもこんなゲームあったっけ?

 仮にここがゲームの中だとしてさ、こういう場合って私に何か縁があるゲームとかなんじゃないの?

 だけど、ここは全く見覚えの無い訳の分からない世界。

 転移なんてそんなもの?適当すぎない?

 人族がいるって話だから、その人族に聞くのが一番早そうだけど。全員転移者なんだよね?でもツチノコより探すのは難しいって言ってたし。うーん、どうしたものか。

 って、ええ!こんなにスライムいたの!?きもちわる!芳香剤の匂いがすげえ!

 おい、ちょっと!どこ触ってんだ!蹴飛ばすぞ!

 あっ!

 や、やだー!あたしったら!ドジっ子なんだから、もう!

 ふえーん!新作ゲームの『恋して☆どすこい!ちゃんこ鍋はハニーソーダで煮込んで寝込んで恋の病』がカバンから落ちてしまったのだ!

 チャックが開いてたのか?この間、オヤツに食らおうと思ってた豚足を駅でぶちまけて小っ恥ずかしい思いをしたばかりなのに。

 「ちょっと村長! スライム達を落ち着かせてもらっていい!? 何匹いるんだよこれ? 地面に真っ青じゃん」

 「これは失礼致しました。皆の者、一旦落ち着いて下がりなさい。救世主様が困っておるぞ」

 あーあ、袋から出ちゃってるよー。やーだー、もー。

 ……ん?

 なに、これ?

 『恋して☆どすこい!以下略』じゃない!じゃあ、このカバンから出てきた物はなに!?

 っ!?
 
 【20XX年上半期圧倒的クソゲー大賞受賞!さあ、君もムポポペサ大陸の魔物を勇者の手から救え!!『ムポポペサの魔物を勇者から救っても救わなくてもDX』】

 嫌な予感しか無い。

 カバンから落ちた見覚えの無いゲーム。

 転移してしまったとされている見覚えの無い世界。

 「クリス」

 「なんだい」

 「一つだけ、聞いてもいいかな?」

 「もちろんだよ」

 「ここの世界の名前って、なに?」

 「それは質問だね! 世界っていうか、大陸だよ。ムポポペサ大陸」


 店員さん、ダメよ。

 渡し間違いはダメ。絶対。
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