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6話:悪夢の主
しおりを挟む「さあ! 血を啜らせてちょうだい!」
そのコウモリ女が凶悪な笑みを浮かべながら、音もなく地面を蹴って僕へと向かってくる。
逃げる? いや無理だ。少なくともあの地下水路まではまっすぐ行っても50mはある。その距離を背中向けて走るのはただの自殺だ。
落ち着け、冷静になるんだ!
「グリン……僕から絶対に離れるな」
「うん……でもアヤト」
「逃げられない以上は抗うしかない」
僕は【原初の光剣】を構えた。相手の武器は鎌。刃の内側にさえ注意すれば――
「その武器、やはりね」
「魔法剣クラウ・ソラスと推測――原典はアイルランド民話。脅威度はDと想定」
コウモリ女とそれに並走するグレムリン――ディータだったか? があっさりと僕の剣の正体を見抜いた。グリンが知っているぐらいだ、向こうにもすぐバレるのは計算の内だ。
僕はコウモリ女をギリギリまで引き付けてからクラウ・ソラスを振るう。あえて刃のリーチは伸ばさない。
「良い剣筋ね」
僕の光刃はしかしあっさりとコウモリ女が持つまるでカマキリの腕のような形の鎌によって弾かれた。僕はすぐに刃のリーチを極短まで戻し、持っている柄の先端を手首だけで素早く向けて、一気に刃を伸ばした。
それは光の如き速度で射出される槍だ。
「っ!!」
僕のその奇襲にも近い突きを、コウモリ女は地面を蹴って上へと跳躍し回避。そのまま鎌を振りかぶり、僕へと落下しながら、鎌を振り下ろした。
剣のリーチをロングソードにまで戻し、その一撃を受け止める。
「くっ!!」
ありえないほどの衝撃で、足下の地面にヒビが入る。あんな華奢な身体にどれだけの膂力を潜ませているんだ!?
そのまま鎌を押し込められて、その湾曲した先端が僕の左肩に刺さる。
僕は掛かっている力を逸らし、横へと転がる。力の拮抗から放たれたコウモリ女の鎌がいとも容易く地面を削った。
僕はすぐに立ち上がりつつ、痛みを無視して剣を横薙ぎに振るう。
「アヤト、後ろ!」
すぐ横にいたはずのコウモリ女は既に音もなく僕の後ろに回り込んでおり、鎌を僕の首へと掛けていた。
「どうやって!?」
僕は頭を下げて、その首刈りを回避。身体を捻りながら薙ぎ払っていたクラウソラスで女の足を狙う。
「すばしっこいね!」
コウモリ女は翼をはためかせて、宙へと舞い、あっさりと僕の回転斬りを避けた。
「まともに相手したら駄目だよアヤト! 向こうは遊んでるだけだけ!」
「分かってるさ!」
どう見ても手加減されているのは僕にだって分かる。
僕は、音もなく着地して僕を舐めるように見つめてくるコウモリ女を視界に入れながら、壁際にある店舗へと飛び込む。
「ふふふ……いつまで持つかな?」
「……可及的速やかに始末する事を強く推奨」
「はいはい……ほんとあんたってつまんないわね」
のんびりとディータと喋りながらこちらへ歩いてくるコウモリ女から目を外さず素早く周囲を見渡す。
元々は、楽器屋か何かだろうか? 棚は倒れておりほとんどの物は無くなっているが、楽譜やら、一部のどう使ったらいいか分からない楽器らしき物――三角形の形をした金属棒や、薄くて大きい丸い皿のような金属板――が床に散らばっていた。
ここであれば、天井も低いし多少は相手の機動力も削げるだろう。更に僕は、大概こういう店舗跡の裏には抜け道がある事を知っている。
「んーさてまずは足を斬って……泣きわめいているのを聞きながら血を啜って……次は腕かな? 首かな? あはは! どっちがいいか決めさせてあげる!」
翼を広げて鎌を構えたコウモリ女が襲来。低空飛行しながら迫るそいつへと僕は牽制するように剣を振る。
「動きがワンパターンだねえ!」
案の定、僕の剣は鎌で弾かれるが構わない。倒れた棚やらショーケースやらで、こちらへと来るルートは限られている。
わざとそういう場所に移動し、相手の動きが制限されるところに誘い込み、そこを叩く。それが僕の基本戦術だ。
しかし、僕は甘かった。
「消えた!?」
2m先にまで迫っていたコウモリ女が突如僕の視界から消えた。
「アヤト!」
グリンの声と共に僕は背後に殺気を感じ、前方へと倒れ込むように回避。
僕の伸ばしっぱなしの髪の毛の房が切断される感触。
そのまま床を転がり立ち上がろうとするが、背中に衝撃。
「かはっ!」
コウモリ女の鎌からの蹴りによる連撃で僕は辛うじて鎌は回避できたものの、蹴りをまともに背中に受けて吹き飛び、ショーケースへと激突。既に割れていたガラスの破片が澄んだ音を立てながら粉々に砕けた。
背中をまるでハンマーで叩かれたような衝撃で僕は、息が止まり、手足に力が入らない。
くそ、どうやって後ろに回った!? そんな一瞬で移動するのは無理なはずだ!
それよりもこの状況はまずい。早く逃げないと……
「あはは! もう終わり!?」
「ぐはっ!」
背中に圧力が掛かる。どうやら、コウモリ女は僕の背中を足で踏み付けているようだ。機械化している足の硬い足裏で背骨が折れそうなほどの圧力を掛けてくる。
そういえばグリンは!?
顔を動かさせる範囲ではグリンは見えない。何とかグリンだけでも逃がそうと考えたが、どうやら上手くどこかに隠れられたようだ。
こうなったらもうどうしようもない。僕は手首を捻って、クラウ・ソラスを向けようとするが、それすらも鎌で弾かれて、柄が手から離れてしまう。
絶体絶命とはまさにこの事だ。せっかく強くなれると思ったのに……いきなりこんな化物に出くわすなんてあんまりだ。
僕はどこまでもツイていないようだ。いつ、鎌が僕に振り下ろされるか分からないが、それを振るう女の顔を見なくてもいいのがせめてもの救いか。
せめてグリンだけは逃げ切れてくれたら良いが……。
そう思っていると、
「アヤトから離れろキモ女!!」
グリンの声が聞こえた。顔を上げると、グリンがなぜか床に落ちていたあの三角形の金属棒を持っており、それをコウモリ女へと投げつけていた。
しかし当然腕力が足りないのか、それは僕を踏み付けているコウモリ女へ届く気配すらなく床へと落ちた。
床には、丸い金属板が折り重なって散乱しており、そこへと落ちたその三角形の金属棒は盛大な音を立てながら、跳ね返り、また違う金属板に当たり、甲高い金属音を連続でかき鳴らした。
「アアアアアア!!」
その瞬間、僕の背中に掛かっていた圧力は消え、代わりにコウモリ女の悶えるような声が響いた。
僕は状況も良く分からないまま、クラウ・ソラスを拾いながら立ち上がる。
見れば、コウモリ女は耳を押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。
「アヤト、なんか分かんないけど今のうちに!」
「ああ!」
肩の傷から血が溢れるがそんな事を気にしていられる状況ではない。
僕は近くにあった扉を蹴破って店舗裏にある狭い通路をグリンと共に疾走する。
「アアアア!!!」
「落ち着いてください。あれはただの金属音です」
「アアアアア!! コロスコロスコロス!!」
後ろからはコウモリ女の怒号が聞こえるが追ってくる気配はない。
「グリン、なんか知らんけど助かったぞ」
「うん! あいつ、なんで急にあんなに怯んだんだろう?」
「その考察は後にしよう。今は一刻も早くもっさんと合流してここから脱出しよう」
僕は走りながら、自分の大体の位置を予測し、地下水路の近くの店舗跡に出るであろう扉を抜けた。
「ドンピシャだ!」
その店舗の大回廊を挟んだ向こう側にはあの地下水路があった。
僕は大回廊へと飛び出すと同時に周囲を警戒。
「アヤト! あいついた!」
グリンの言葉と共にぼくは大回廊の奥に佇むコウモリ女を見た。
コウモリ女が鎌を振るうと、その軌跡にまるで闇を具現化したようなモヤモヤが現れ、それは床へと落ちる。それは影のような形になり、そしてその影の中から黒い何かが出現した。
「あれは……コボルトか?」
「うん。でも普通のと少し様子が違いみたい」
グリンの言う通りそれはコボルトだが、確かにダンジョンで見掛ける奴とは見た目が少し違う。
僕の知っているコボルトはまるで犬を二足歩行させたような姿で鼻と両腕が機械化されている姿だが、コウモリ女が召喚したコボルトは、顔こそ犬のままだが、身体には毛が無くまるでゴブリンのような皮膚になっており、ゴブリンとコボルトを混ぜ合わせたような見た目だった。
そんな黒コボルトが3体出現し、咆吼。こちらへと疾走してくる。
「とにかく逃げるぞ!」
僕は追いつかれる前に地下水路へと走る。
後ろから音もなく近付いてくる黒コボルトの気配を背後に感じつつ僕は地下水路へと飛び込むと同時に、反転。
「影から出てきたのなら――僕の敵ではないよ」
身体の捻りと共に、僕はクラウ・ソラスを突き出した。
狭い地下水路の入口で縦に一列に並んでいた黒コボルト3体を、槍のように伸びたクラウ・ソラスが貫く。
「“輝け――【原初の光剣】”」
僕の言葉と共にクラウ・ソラスがまばゆい光を放ち、地下水路を白く染めあげた。
「ピギャア……」
黒コボルトが悲鳴を上げながら消失していくを確認して、僕は地下水路を駆けていく。
「あいつらコア落とさなかったよ!」
「影だからだろ? 上位種のマモノは下位種のマモノを召喚するって話は聞いた事がある。そうやって召喚された奴にはコアがない事が多い」
あれが何にせよ、所詮はコボルト。影から生まれたのなら、光剣であるクラウ・ソラスにとっては格好の獲物だ。
それ以上の追っ手がいない事を確認して僕はもっさんのいる車庫へと飛び込み、叫んだ。
「もっさん、すぐに脱出するぞ!」
見れば、もっさんはすっかり飛行機を解体尽くしていたが、その表情は不満げだ。
「こいつはダメだぜアヤト、中身がまるで何かに食われたみたいにボロボロだ」
「もっさん、すぐにそこの入口を発破して塞ごう! この先は危険過ぎる!」
僕の声で、ようやく事態を飲み込めたもっさんが素早く立ち上がった。
「お前、怪我してるじゃねえか! 何があった!」
「説明してる暇はない! コアを使ってでも爆破しよう」
「……おう! 任せろ!」
僕ともっさんは車庫から【太陽の塔】の最奥の部屋にまで戻ると、ゴブリンのコアを崩れた壁に複数設置し、離れた。
僕はクラウ・ソラスを伸ばし、コアを傷付け爆発させた。コアの爆発は連鎖し、衝撃波と爆発音がダンジョン内に響く。
「……いけたか?」
「……多分」
車庫へと繋がっていた壁は天井ごと崩れ、完全に塞がっていた。
「もっさん、僕は傷の治療をしたらすぐに管理局に行く。あそこはマズイ。見た事のないマモノがいた。すぐにこのダンジョンを封印指定しないと……大変な事になる」
「お前がそこまで言うほどか……とにかく応急処置だけさせろ。血を流し過ぎだお前……ところでよアヤト」
「なんだ?」
「そいつは……なにもんだ?」
僕の右肩で安堵していたグリンを見て、もっさんは訝しげな表情でそう聞いてきたのだった。
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