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魔霧の森の賢者
5話「記憶」
しおりを挟む「完全に迷ってるじゃねえか!」
『GPS機能はないのです』
「だろうな!」
俺は、少女を背負ったまま森を彷徨い歩いていた。とにかく似た風景に濃い霧のせいで方向感覚が狂う。
『まずいですね……魔霧にどんどん体力を奪われています。このままでは……』
「なんか凄い魔法で何とか出来ないのか?」
『んー出来なくはないですが、いずれにしろ時間がないです』
「そんなにこの子やばいの?」
確かに少女の体温はまるで死んでいるかのように冷たい。
『秘術の使いすぎで体力も魔力も尽きて体温を維持出来ていません。もはやここで一旦温めるしかないか……』
「魔法で火とかお湯とか出せないのかよ」
『この辺り一帯を100年はぺんぺん草すら生えない不毛の地にするレベルの火なら出せますが……』
「ゼロか百かみたいに極端だな!」
『かくなる上は……人肌で温めるしかないですなあ』
「……本気?」
登山などで低体温症になった時は素肌で温め合うって聞いた事あるけど……いやそれまずいっしょ。
『ほら、さっさと脱いで、彼女の服を脱がしてください。抱き合ったら身体を脱いだ服で巻いて熱が逃げないようにした方が良いです』
「いやしかしだなこれ絶対バレたらまずいって! よし! おれが全裸になってこのバスローブをかけてあげたら」
『童貞臭い事言わずにさっさとやるのです』
「どどど童貞ちゃうわ!」
くそ、そう言われたら男として引き下がれない。
まずは少女を下ろして、木にもたれ掛かるように座らせた。
俺は自分の服を脱ぐと、視界に入れないように手探りで彼女のドレスを脱がす。
『ああ、そこ右のボタンを。ワンピース型なのでスポンって脱がせます。あ、もうちょい下——を触ってはいけません』
「ややこしい指示すんな!」
とにかく、彼女の服を四苦八苦して脱がせると俺は見ないように彼女を抱きしめた。
ちょっと力を入れると折れてしまいそうなほど細い体躯。まるで氷のように冷たい彼女の身体を抱きしめると、バスローブとドレスで身体を覆う。
『絶対に私を離さないでください。彼女は他の村の子達とは比較にならないレベルでヤバイです。私から手を離した瞬間にテンガ様は——獣になります』
「悪いけどこの状況でそんな事考えてられん……と言いたいところだが、確かにやばい。理性を保つのに必死だ」
俺はどちらかと言えば巨乳好きだし、好みとしては年上の方が好きだ。メリッサなんてドストライクもドストライクなんだが……この子はそういうの以前の話で、こう魂というか本能を刺激する何かを感じる。善良な男を狂わす何かを秘めている。
『この子は……サキュバスハーフです。人とサキュバスの間に生まれた……忌子』
「純血っぽいあの村のサキュバス達でもここまで俺の理性が吹っ飛びそうにはならなかったぞ?」
『人の血と交じった結果……魅了の力が強まったみたいですね』
「どこの戦闘民族だよ……」
『ですが、それはおそらくきっかけに過ぎません。この子……先祖返りしていますね』
「先祖返り?」
『この子は……私にとてもよく似ています。そして胸にぶら下がっているそのペンダント』
ああ、そういえば似たような宝石をぶら下げていたな。
『あれは私の双子の妹のリリムが持っていた物……否妹そのものです。……おそらく彼女はリリムの血を引いているのでしょうね。ということは……』
「……共鳴ってのはそれか。って事はリリスに会いに来たのか?」
『そこまでは……ですが、リリムの心珠はアークベルクの皇帝一族が所有していたはずです』
「はあ……どこまでも異世界だなここは」
気を紛らわす為に、上を見上げた。濃い霧で見えないがきっとあの上にも空があるのだろう。
太陽は太陽なのだろうか? 月はあるのだろうか。お星様に手は届くのだろうか。
『思考がおかしくなりつつありますね。んーやはり長時間の吸収はまずいですね』
「エルフとサキュバスの差異を考察すると……樹木の精という説が互いにあり……つまり……」
『帰ってきてくださーい!』
なんで俺はこんなとこで超絶美少女と裸で抱き合っているんだ?
ここはいっそ交わりをすべきなのではないか?
誰も見ていないし、きっと咎められる事はない。
だってここは異世界だ。
『まずい……魔力変換が間に合ってない。んーテンガ様の性欲が底なしなのと……やはりこの子……リリムの力を感じる』
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
どこからが彼女でどこからが自分なのか分からなくなってきた。
赤い光がどこからか放たれている。
『……悪魔め! 死ね!』
脳内にリリスとは違う声が響いた。
『よりにもよって……父親を誑かすなんて! 衛兵! 首を切りなさい!』
ヒステリックな女の声が響く。
次の瞬間、誰かの記憶が映像として飛び込んできた。
『エメルダ皇后! いけません!』
ノイズが走るその映像の中で剣を振り上げた、豪奢なドレスを着た美女が鬼の形相を浮かべている。
剣が地面に倒れている自分へと迫るのが分かる。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
少女の涙混じりの謝罪だけが繰り返し繰り返し頭の中で再生された。
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