1 / 5
01:退屈な世界を砕く青
しおりを挟むそれは、運命と呼ぶにはあまりにチープで。
偶然と呼ぶには――少し出来すぎていた。
「涼真、22番の様子見てこいよ。部屋入ってからオーダーもないし、女を連れ込んでるかもしれないな。アレ中なら動画撮ってきてもいいぞ」
「うっす。あ、動画は撮らないっすよ流石に」
俺は下卑た笑みを浮かべるボサボサ髪の青年――自称ミュージシャンの野田先輩――に軽く返事をし、キッチンを出た。クソみたいな命令でも、聞かなければならないのがアルバイトの辛いところだ。俺は大人だからいちいち反発などしないけどね。
そもそも、俺が通っている私立桜香高校から少し離れた繁華街にある、このカラオケボックスでのバイトはイレギュラーなものだった。もっと端的に言えば俺は、今日急にバイト行きたくないと駄々をこねた実の姉である御堂千絵の代打だった。
姉はプロのメイクアップアーティストを目指して専門学校に通っているが、色んなアルバイトをしており、ここもその一つだった。
この店の店長が姉とそういう仲のおかげで、高校生の弟が代わりにシフトに入るという暴挙を許している。いや、普通許すかね? コンプライアンスどうなってんだよ。ま、幸い俺は器用だし物覚えも良いので、一時間程度でバイトがこなす業務を完璧に理解した。何ならもっと効率良く出来る方法も思い付いたが、それをタダ働きでわざわざ提供する気はない。
キッチンから出て、鏡張りになっている悪趣味な廊下を歩く。漏れる歌声とビート。大声で喚く酔っ払いに、禁煙なはずの店内のどこからか漂う紫煙とアルコールの香り。
高校生の俺からすれば、この世の堕落が全て詰まっているような空間だ。繁華街の個人経営のカラオケボックスなんてのは、どこもこんなものなのかもしれないが。
鏡にはこの店の制服である黒のエプロンを着た、長身で少し長めの黒髪が良く似合うカッコイイ男子が映っていた。うん、つまり俺のことだ。
「ま、上には上がいるけどね」
そのことを俺が一番良く知っている。だけど、高校という狭い世界の中だけで言えば、俺がトップに降臨していることは、自他共に認めざるを得ない事実だった。
いわゆる陽キャ、リア充。
スクールカーストのトップ、なんていう馬鹿らしい称号も自己紹介する際には便利だ。
頭脳明晰、イケメン、ユーモアのある紳士……etcetc、俺を飾る言葉は山ほどあるし、それが果たして真実なのかどうかは俺には分からない。
だが、当然のように俺の周囲には美男美女が集まり、おかげさまで面白おかしい高校生活を送っていた。
そんな俺が唯一、高校生らしいことでしていないことと言えば恋愛ぐらいだろう。色々と理由はあるが、雑に言えば惹かれる女性がいなかった。何より、惚れただの、腫れただののアレコレがめんどくさかった。
今のままでも十分に楽しいのにこれ以上何が必要なんだ? そういう自問自答が常に俺の頭の中で渦巻いていた。
だから俺はきっと満ち足りていた。
全てが思う通りであり、仮にそうでなくてもそれを楽しめる余裕があった。
世界は愉快で明るく、だけど何より――退屈だった。
そんな俺の世界に、ヒビが入る。
「ん? 歌……か?」
22番の部屋からは案の定、女性の嬌声が聞こえてくるので俺は聞かなかったフリをしてキッチンに戻ろうとする。その時、突き当たりにある部屋から、歌が微かに聞こえてきていることに気付いた。
それは、音楽にそれなりに詳しい俺でも聞いたことのない曲だった。
この騒がしい廊下で――なぜ、その歌に俺は気付いたのか。
それは分からないけれど、間違いなくその歌に、一撃で惹かれた。
マイクを通していない生声。澄んだ群青色の朝のような少女の歌。優しく語りかけるようなその歌声に反して、その一音一音が力強く脳に響く。
それは一種の快感となって俺の身体を駆け抜けていった。
初めて、ホルストの【惑星】を生で聴いた時と同じような衝撃だ。それはもう、いっそ暴力的だった。
漏れ出ている歌だけで、人はここまで感動出来るのだろうか? 俺はまるで砂漠で水を求める旅人のように、飢えた顔付きでその突き当たりの部屋の扉の前へと進んでいた。
見れば、ドアと壁の隙間に潰れた紙コップが挟まっており、防音仕様の扉が完全に閉まっていない。そこから、その歌が漏れ出ていたのだ。
掃除をサボったであろう野田先輩が作ってくれた、小さな隙間。あるいは、ちょっとした奇跡。
姉から聞いた話だが、カラオケボックスで歌や楽器の練習をする人は一定数いるらしい。オリジナルっぽいこの歌を歌っているこの部屋の中の人もそうなのだろうか?
俺が、扉のガラス窓から中を覗くことの後ろめたさと、もっとこの歌をちゃんと聞きたい、これを歌っている人の顔を見たい、という言い知れぬ欲求の狭間で戦っていると――
ガチャリ、と扉が開いた。
「あの……もう時間ですか?」
俺が扉の前で挙動不審だったのを見て、訝かしがって出てきたのだろう。
「あ、えっと……オーダーを取ろうと」
俺は珍しくしどろもどろになりながら秒で思い付いたような嘘を口にした。
「何も頼んでませんし、オーダーなら端末からするんじゃ……って、え?」
多分、それは同時だったと思う。
テンパっていた俺がようやく、胸の辺りの高さから俺を見上げるその少女の顔に見覚えがある事に気付き、そしてその子もまた俺の声を聞いて俺が彼女と同じ高校に通うクラスメイトであることに気付いたことが。
「なななな、なんで御堂君がここに!? 待ってまって、無理、なんで、え? バイト? こんな飲み屋街のカラオケボックスなら知り合いもいないだろうってわざわざ調べて来たのに!? なんで!?」
先ほどとは打って変わって、早口でまくしたてるその少女の名前を俺は思い出し、口にした。
「地道……さん、だよね?」
地味な色のワンピースを着た高校生にしては小さな体躯に、黒髪を肩の辺りで整えただけのショーカット。化粧っ気のない顔に野暮ったい黒縁の眼鏡。
その少女は同じクラスの、地道瑠璃子だった。
「っ!! ご、ごめんなさい!!」
なぜか彼女は俺に謝ると、脱兎の如き速度で部屋に戻り、置いてあった鞄を引っ掴むと、そのまま俺の横をダッシュで通り過ぎていった。ふわりと香るのは、シャンプーの匂いだろうか。
まるで嵐が去ったかのような感覚に囚われた俺は、ただただ、そこに佇むしかなかった。まだ――耳を澄ませばあの歌が聞こえるような気がしたからだ。
こうして俺の完璧で退屈な青春は終わりを告げた。
彼女が――群青色の歌でぶっ壊したんだ。
俺の心の中で、何かが騒ぎはじめた。
0
あなたにおすすめの小説
なぜかモブ女子から捨て身の甘々攻略をされています ~恋愛ゲームのシナリオを完全無視して迫ってくる隣の席の美少女に、俺はもう陥落寸前です~
ちくわ食べます
恋愛
俺、藍沢陽太には最近気になることがある。
同じクラスの美少女である上原冬華が、やたらと俺に接近してくるのだ。
手作り弁当、絶妙なタイミングのフォロー、的確すぎる提案——
まるで「俺の全て」を知っているかのような、完璧な気遣い。
彼女がここまでする理由を、俺は知らない。
冬華は、この世界が「恋愛ゲーム」だと知っている元OLで。
何度もループを繰り返し、自分を磨き続けてきたモブキャラだったことを。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊
月下花音
恋愛
【完結済/ハッピーエンド保証】
「ねえ、私の彼氏になりなさいよ」
「……は?」
大学1年の春。クラスで一番モテない男・藤堂健は、幼なじみの白石玲奈からトンデモない提案を受ける。
彼女は容姿端麗、成績優秀、そして近寄る男を氷のような視線で排除する、通称“氷の女王”。
そんな彼女が差し出したのは、2週間の『仮恋人契約』だった。
条件:完璧な彼氏を演じること。
報酬:高級プリン100個。
「断ったら……どうなるか分かってるわよね?」
「よ、喜んで!」
プリンに釣られて(脅されて)始まった契約生活。
しかし、いざ始まってみると――。
「……健、手繋いでいい?」
「……演技だから、もっとくっついて」
「……帰りたくない。今日は泊まっていっていい?」
おい、ちょっと待て。
これ、本当に演技なのか?
ただの幼なじみだったはずの彼女が、契約期間中だけ見せる無防備な顔、甘い声、そしてとろけるような笑顔。
これは演技なのか、それとも――?
「契約とか関係ない。俺は、お前が好きだ」
モテない男と氷の女王。
嘘から始まった恋が、世界で一番甘い「本物」に変わるまでの、2週間の奇跡。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる