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3杯目「不夜城のジン&トニック後編」
しおりを挟む「こっちだ!」
なぜかジンの瓶を片手に駆けだしたマスターの後を勇者と魔王が追う。
空中回廊から地面へと階段を降りる。その先に続く薄暗い路地を進む。
途中の脇道に一瞬魔王が視線を向けた。
「ゆー君、」
「分かってる。懐かしい臭え匂いがプンプンしやがる」
勇者が険しい表情を浮かべたままその脇道を通り過ぎた。
その先にあったのは、建物に囲まれた小さな広場だった。
「こっちです!」
先導してしたエプロン姿の男が指差した先。
「彼か!」
広場の真ん中で男が倒れており、その周りに仲間らしき者達が必死に介抱していた。
「ギルビー! しっかりしろ!」
「くそ、どうなってやがる!? 調べて見ろサファイア!」
「魔力視しても異常はないわ……」
「どいてください!」
駆け寄ったマスターがその男の頭を持ち上げた。
その男は一見どこも悪そうに見えないが、顔色は青くなっており、呼吸が荒い。
「俺に任せてください」
マスターの横に立つ勇者が倒れた男へと手をかざした。
赤い魔力の光が手から放たれるが、男の様子は依然として辛そうだ。
「治癒魔術が効いていない? 嘘だろ? 聖女が使うレベルの奴だぞ?」
「すみません、先ほどは急いでいて説明しなかったのですが……【蟲やられ】に治癒魔術は効きません」
「ふむ、やはりか」
マスターの申し訳なさそうな言葉に魔王が頷いた。
「彼は、蟲に寄生されているのです。蟲は身体に危害を直接加えません。ただゆっくりと、下腹部へと移動しているだけです。その際に神経を刺激するので痛みが生じるのです」
マスターがそう説明して、ジンの入った瓶の栓を開けた。
「んーなんかそういう魔物いたよな。確かにあれは治癒魔術でも治せない。で、下半身に移動してその蟲はどうなるんです?」
「そいつらは下腹部で卵を産み、死にます。それが孵化すると……身体の内部を食い破られ、血尿を垂らしながら死に至ります」
「想像するだけで縮み上がりますねそれ……」
「だから……!」
そう言って、マスターは瓶を——思いっきりその男の口の中へと突っ込んだ。
「お、おい!」
「ガボッゴボッ!!」
男がむせながら、それに抵抗するが、マスターは見た目よりも力があるらしく万力のように瓶を口の中に固定し男を押さえ付けた。
「やめゴボッ! ガハッ!」
「おい! なにしやがる! 苦しんでいるだろうが!」
「黙って見ていろ」
「っ!!」
マスターの行動に男の仲間が激怒するが、それを魔王が仁王立ちして止めた。
その威圧感に仲間は動けずにいる。
「おい、こんなに酒を飲ませて大丈夫なのか!」
「大丈夫ではないですが、死ぬよりはマシです!」
「っ!!」
「マスター! 水です!」
エプロン姿の男がどこからか水の入ったバケツを持ってきた。今度はそれを男の口の中に流し込む。
「なんつうか……荒療治だな……」
「うむ。いやだがこれで思い出した。これは……【魔蟲群体】の仕業だな」
「なんだそれ」
水を飲ますマスターを見つめる勇者と魔王。
「我の古い部下の一人だ。名は【ハリケファロブス】。とっくに死んだと思っていたが……そうかさっきのあの匂い……」
魔王の言葉と同時に、倒れていた男が立ち上がった。
「ごほっ!ゴホッ! お前ら! 何しやがる! 殺す気か!」
男は青白い顔のままだが、心なしか元気になっている。
「今のうちに小便をしてきなさい。おそらく白く濁りますが、この瓶の酒をそれが透明になるまで飲み続けなさい、そうすれば、命は助かります」
「はっ? なんで俺がそんなこと——いててててて! くそ! おいその酒よこせ!」
「代金は助かってから頂戴します」
そう言ってマスターはジンの入った酒を手渡した。男はそれを片手に壁の方へと向かっていった。そこで用を足す気だろう。
「すみませんね、お客様。お騒がせしました。彼はもう大丈夫でしょう、さあ店に戻りましょうか」
「うむ」
「マスター助かりました!」
エプロン姿の男がそう言って頭を下げた。
「いえ……ですが、白い虫には気を付けてください。組合には何度も注意喚起をしているのですが……」
「分かりました! 俺からも言っときます!」
こうして、一騒動あったものの、マスターと二人は店に戻ってきたのだった。
作り直してもらったジントニックと、マスターオススメのナッツを食べながら、勇者がマスターへと質問する。
「それで、さっきの【蟲やられ】、なぜジンを飲ませたんですか?」
「ああ、さぞ驚かれたでしょうね。ジンは元々……利尿薬だったのです」
「利尿薬か……なるほど。合点がいく」
「まーちゃんだけ分かってずるいぞ」
勇者が拗ねたように魔王を小突いた。
「まあここはマスターに譲るとしよう」
「では。ジンはですね、薬草を漬け込んで再蒸留するという話を先ほどしましたが……とある薬草を漬けないとジンとは呼べなくなるのです。それが——ネーズの実。これには元々体内の悪しき物を排出する効果がありまして、それを薬として効能を高めたのが【薬草酒ジュネヴァ】……これがスカリブ島で人気になり……ジェネヴァが呼び辛いということでいつの間にか縮まって……“ジン”と呼ばれるようになりました」
「ふむふむ、そうか! それで体内の虫を追い出す為に飲ませたのですね!」
ようやく理解できた勇者にマスターが頷きながら笑顔を向けた。
「その通りです。あの虫はどうもアルコールに弱いので、胃や腸内の物はそれで死にますし、その卵も利尿作用で孵化する前に出してしまえば……害はありません」
「我も昔、やられかけた事があってな。その時はひたすらまずいビールを飲まされたものよ」
「まーちゃんの身体に寄生できるってタフ過ぎるっしょその虫」
「古い時代……それこそ勇者と魔王が争っていた時代にはこういった症例があったという記録が薬師協会には伝わっていたのですが、なぜか今頃になってまたこの辺りで流行りはじめて……もうこれで6件目です」
一瞬、マスターの言葉にびくりと反応した二人だった。そして顔を見合わすと、頷き合った。
「まーちゃん、そろそろ行くか」
「そうだなゆー君。行こうか」
「今日はお騒がせしたのでお代は結構ですよ」
「ならぬ。美味い酒に興味深い話を聞かせてもらった。価値ある物にはその対価を払うべきだ」
「いいからマスター取っといてください」
「……かしこまりました。良かったら、またいらっしゃってください。珍しいお酒にカクテル、他にもたくさんありますから」
お礼を言って、二人が店を出た時にはもう深夜を過ぎていた。
だが、この街は、ここからが本番と言ってもいい。
「さてと。じゃあ行きますか。どうせこれまーちゃん絡みだろうさ」
「うむ。過去の遺恨は——払わねば」
二人はまっすぐ、先ほどの広場へと向かった。
その途中の脇道。そこへと入っていく。
店も何もなに汚い裏路地。虫やネズミが這い回っているが、二人は気にせずズンズン進んでいく。
「あれか。匂いで分かったけど……下水か」
「うむ……しかし放っておくわけにはいくまい」
二人の視線の先、裏路地の行き止まりの地面に穴が開いており、そこから異臭が立ち上っていた。
「じゃあ、マー君どうぞ」
「一番槍はゆー君に特別に譲ろう」
「いやいやそこは偉大なる魔族の王に先陣を切ってもらいたいですよ」
「我を唯一追い込んだ人間である勇者こそ一番槍が相応しいだろう」
二人がお互いを小突きあいながら穴の縁に立っていると、
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
穴からまるで獣のような叫び声が聞こえた。
「ちっ! 遊んでる場合じゃねえな!」
「うむ!」
二人が同時に飛び降りた。
かなりの高さだったが、音も無く着地する二人。
「【彷徨光】」
魔王が無詠唱で光魔術を放ち辺りを照らす。
「やっぱり下水道か」
「ゆー君こっちだ。奴の匂いがする」
魔王に追随するようにふわふわと漂う光球とともに勇者がその後に続く。
迷宮のように入り組んだ下水道だが、地上に比べれば、何てことは無い。
魔王は確固たる足取りで進んでいく。
「ここだ」
「うげ……」
下水道の先に進むと、そこには空になった巨大な貯水槽があった。
しかしそこは、白い繭と卵で覆い尽くされており、無数の虫が蠢いていた
「グオオオオオ!! 今こそ魔王軍を!!」
そう叫んでいたのは、その空間の中央部にいた一人の魔族だった。
2本足で立っており、胴体と頭があるのは人間と一緒だが、腕が左右3本ずつの計6本あり、顔は蜘蛛で、赤い複眼が並んでいる。
「久しいな……ハリケファロブス」
「……っ! その声は!? まさか!」
その蜘蛛魔族が気持ち悪い動きで駆け寄ってくる。足を使わず腕を使って這うように移動してきたので、勇者は嫌悪感から一歩下がった。
「魔王様! ああ! 魔王様! 生きていらしたのですね!」
「う、うむ。ハルも元気そうで何よりだ」
抱き付こうとするハリケファロブスを手を出して止める魔王。その顔は若干引き攣っている。
「魔王様……あれから魔族は……堕落しました。あろうことか人類と結託し……強硬派などと我々魔王軍を差別し迫害し……そして多くの同志は処刑されました……」
「そうか……苦労を掛けたな。それでお前はどうやって生き延びた?」
「我々のこの身体は仮物みたいなものですからな」
そう言うと、ハリケファロブスは腕でその蜘蛛頭を引き千切った。
「キモっ……」
どん引きする勇者に目もくれず、ハリケファロブスが嬉しそうに頭を魔王に差し出した。
「ふむ。では、本来の姿を見せよ」
「もちろんでございます」
そう、その蜘蛛の生首が喋ると、複眼を食い破るように出てきたのは一体のミミズだった。
ミミズが器用に頭を魔王に向かって下げた。
そしてその小さな口を開けた。
「我々は羽虫に寄生して逃げ延び、その後ずっと休眠していましたが、つい先日魔王様の魔力を感じ起き上がった次第です」
「……そうか」
「さあ、魔王様! 人間共と軟弱な魔物共を滅ぼし! 再び我々の世界を作り挙げましょう!! まずは手土産として、この上にある街を全て我々の苗床にして……」
「ふむ……今なんと言った?」
ミミズが熱く語る内容を魔王が軽く聞き返した。
「ですから、この上の街の人間、魔族全て滅ぼして、魔王軍の再起の狼煙を上げ——へ?」
「やっていいぞ勇者」
「言われなくてももう——抜いた」
キンッ、という剣を鞘に収める音と共に勇者がそう返した。
ミミズは最後まで話を終える事なく、真っ二つに切断されていた。
ぼとりと床に落ちたミミズを魔王が踏み潰した。
「愚か者が……我ら魔族……そして人類が求めた物こそが……この街だったとなぜ理解できぬ」
「ずっとあの頃のままで眠っていたんだ。仕方ない。とはいえ殺すけどな」
「うむ。【灼熱地獄炎禍】」
魔王が手を払うと同時に灼熱の炎が貯水槽を焼き払った。虫たちが燃え、絶命する際に甲高い鳴き声を上げていた。
「この辺り一帯はこれで大丈夫だろう」
「とんだ邪魔が入ったぜ」
「では飲み直すか」
「その前に風呂入ろうぜ。俺ら相当臭いぜ」
「銭湯か……それも悪くない」
そう言って二人はまだ火が燻る貯水槽を後にした。
真っ二つになり、潰されたミミズの死体にどこからか現れたネズミが齧り付いた。
その瞬間、ネズミはのたうち回り、そして死んだように倒れる。
しかし数秒後には、ネズミは平然と起き上がると下水道の奥へと走り去っていく。
その目は怒りと失望によって濁りきっていた。
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