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③「手伝い」
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無名月 風:二年E組。
宇野宮 春陽:一年A組。
不亞 優希:一年A組。
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時計の針は、20時を指そうとチクタクチクタクせっせと働いている。辺りは暗闇に包まれており、教室は月明かりに照らされている。
体育館にはまだ明かりがついており、ボールが床を叩く音が響き渡っている。体育館に一人居残っている宇野宮は、隣にバスケットボールが入ったカゴを置き、ゴールから視線を外すことなくボールを床に叩きつけている。
数回叩きつけたのち、膝を軽く曲げ、ふわっと軽く飛び上がり、ゴールへ向かってボールを放つ。
ボールは四角に描かれた枠の中心にぶつかると、そのままゴールネットへと吸い込まれていく。
宇野宮「ふぅ...。」
無名月「おーおーまだやってんのかい、一年坊主。」
宇野宮「ん?」
シュート練習を黙々としている宇野宮を、制服に身を包んだ女ーーー無名月が入り口から見つめている。
宇野宮と視線が合うと、右手をひらひらと軽く振りながら歩み寄っていく。
無名月「ハロハロ~。」
宇野宮「無名月先輩、お疲れ様です。」
無名月「はるもお疲れ。あんた、頑張るねぇ。」
宇野宮「下手くそなんで、もっとやらなきゃなんですよ。」
無名月「謙遜はやめんしゃい。あんたならレギュラー確実でしょ。」
宇野宮「そんなことないですよ。」
無名月「お前なぁ...謙遜しすぎは逆にムカつくから、やめた方がいいぞ~。」
宇野宮「別に謙遜してるつもりはないんですけど。」
宇野宮は会話をしながらもカゴからボールを取り出す。一通り会話が終わると、膝を軽く曲げてもう一度飛び上がりボールを放つ。
ボールは少し右寄りに弧を描いていくが、リング端にあたりながらもゴールネットに吸い込まれていく。
宇野宮「よし。」
無名月「ナイッシュ~。でも、芸術点は0点ですねぇ~。」
宇野宮「芸術点ってなんすか?」
無名月「端にガンガンあててたら、美しくないってこと。」
宇野宮「入ればなんでもいいじゃないですか。」
無名月「まぁねぇ~。ねぇ、はる。」
宇野宮「ん? なんですか?」
無名月「あんたさ、強豪校から声かかってたでしょ?」
宇野宮「まぁ、ちらほらとは。」
無名月「言い方めちゃ悪いかもしんないけどさ、うちって無名高じゃん? お世辞にも強いって言えないじゃん? なんでうち来たの?」
宇野宮「...あれです。」
無名月「どれよ?」
宇野宮「無名校が強豪校を倒して優勝したら、カッコよくないですか?」
無名月「ぶっ、なははは~! あんたってさ、意外とバカだよね~。」
宇野宮「バカって言わないでくださいよ。」
会話をしながらもボールを手にしていた宇野宮は、言葉を言い終わると同時にボールを手から放つ。ボールは弧を描きながらゴールリングへと近づいていく。が、リング端にあたると大きく跳ね上がり、ネットに吸い込まれることはなく床へと落ちていく。
宇野宮「あっ。」
無名月「外すなよ、ザコ。」
宇野宮「うるさいです。というか、無名月先輩はなにしにきたんですか? 邪魔しに来たんですか?」
無名月「さぁ、なんでしょうね~? おい、はる。」
宇野宮「なんですか?」
無名月「ボール、よこせ。」
宇野宮「はいはい。」
宇野宮は言われるがままにカゴからボールを出すと、両手で素早く無名月へと投げ放つ。
無名月「ナイスパ~ス。無名月選手、スリーポイント...シュ~ット。」
ふわっと飛び上がった無名月の手から、ボールが放たれる。美しい弧を描きながら、ゴールリングへと吸い込まれるように空中を移動するボール。スコンッというボールがネットを擦る気持ちいい音が体育館内へと響き渡る。
無名月「んん~ナイッシュ~! 気持ちいぃ~!」
宇野宮「無名月先輩のシュート、綺麗ですよね。真っ直ぐリングに吸い込まれていくというか...ってか、無名月先輩が端に当ててるの見たことないんですけど。」
無名月「私、上手いからね~。」
宇野宮「謙遜しなさすぎるのもどうかと思うんですけど。」
無名月「だってホントのことじゃん。」
宇野宮「...あの、無名月先輩。」
無名月「ん? なんじゃい?」
宇野宮「無名月先輩は、どうしてこの学校に来たんですか? 先輩なら、もっとレベル高いところでもやれたんじゃないんですか?」
無名月「まぁ、私レベルになると色んな学校から声かけられたけどね~。でも、ふと思ったの。」
宇野宮「なにをですか?」
無名月「はる、ボール。」
宇野宮はもう一度、無名月へとボールを投げ渡す。無名月は軽やかにボールを受け取ると、その場で数回床へと叩きつける。
無名月「私が欲しくて声掛けてきたやつらを、私がボッコボコに倒していったら...!」
言葉の途中で膝を曲げ、飛び上がりボールを放つ。ボールは先ほどと変わらぬ軌道を描きながら、まるでリプレイ映像を見ているかのように気持ちいい音をもう一度鳴らしリングを通っていく。
無名月「ちょ~~気持ち良くない?」
宇野宮「無名月先輩って、前から思ってたんですけど...性格悪いですよね。」
無名月「いやいや、こんな優しくて素敵な先輩はそうそういないでしょ?」
宇野宮「その発言から性格の悪さが滲み出てます。」
無名月「生意気な後輩だなぁ~お前。」
不亞「あっ、いたいた。春陽~!」
体育館の入り口から、不亞が小さく手を振りながら宇野宮たちへと歩み寄ってくる。
無名月「ん? 誰この子? 知り合い?」
宇野宮「同じクラスの子です。」
無名月「ふーん、そうなのね。ハロハロ~! 私は二年の無名月 風だよ~ん。よろしくね~。」
不亞「あたしは一年の不亞 優希って言いま~す! よろしくお願いします、無名月先輩~!」
宇野宮「どうしたの? ってか、こんな時間までなにしてんの? 優希って部活入ってたっけ?」
不亞「帰宅部だけど、友達と教室で駄弁ってたの~。先生にそろそろ帰れって言われてさ。んで、体育館の明かりついてたから、もしかしたら春陽いるかな~? って思って。」
宇野宮「私に何か用?」
不亞「あんたさ、同じクラスの日和野 巡って知ってる?」
宇野宮「写真部の大人しい子?」
不亞「そうそう。」
宇野宮「知ってるけど、話したことはない。その子がどうしたの?」
不亞「実はさぁ~めぐがあんたのこと、写真に撮りたいって言ってんのよ~。」
宇野宮「ん? どういうこと?」
不亞「そのままの意味。」
無名月「写真? 宇野宮の? なんで?」
不亞「さぁ? 詳しいことはよくわからないんですけど「カッコよくてクールでイケてる宇野宮さんを写真に~!」ってことなんじゃないですかね?」
無名月「カッコよくてクールで...ぶっ、ふふふ...!! こいつがカッコよくて...!!」
宇野宮「笑わないでくださいよ、無名月先輩。優希、それホントなの?」
不亞「ホントホント。今日の昼に本人が言ってたから。」
宇野宮「あぁ、昼に一緒にトイレ行ことか言ってたのはそれか。...ん? トイレで写真撮るの?」
不亞「ちゃうわ。トイレはあんたとめぐを仲良くさせようと思ってたの。あの子さ、昔からネガティブ思考な子だからさぁ~。いつも本音隠して、やりたい事やらないんだよねぇ。今回も「宇野宮さんは私なんかと話したいって思ってない」とかネガティブ全開でさ~。」
宇野宮「ふーん。」
不亞「だからさ、悪いんだけど...あんたから話しかけてあげてくれない?」
宇野宮「私から? 別にいいけど。」
不亞「あんがと。きっと春陽と話せるようになったら、あの子も一歩踏み出せて変われるだろうから。よろしくね~。」
無名月「おーおー、ふあぴょんはめちゃくちゃ巡って子に甘々だね~。」
宇野宮(ふあぴょん...?)
不亞「幼馴染で小さい頃からずっと一緒でしたから、つい世話したくなるというかなんというか...あはは~。」
宇野宮(あ、スルーするんだ。)
宇野宮「ってか、話すのはいいんだけど、あんたのことは何も言わない方がいいの?」
不亞「ん~隠してたってすぐバレそうだし...別に言っちゃってもいいよ~。」
宇野宮「わかった。でも、私でいいの?」
無名月「はい、でました! 謙遜マンの春陽ちゃん!」
宇野宮「無名月先輩、うるさいですよ。」
不亞「めぐがあんたがいいって言ってるんだから、あんたでいいの。あの子、春陽が話しかけたらヘコヘコビクビクするだろうけど、嫌ってるとかじゃなくて気弱なだけだから。勘違いしてあげないでね~。」
宇野宮「わかった。」
不亞「んじゃ、よろしくね。明日なんか飲み物奢るわ。」
宇野宮「いいよ、別に。」
不亞「あ、そうそう。」
宇野宮「なに?」
不亞「可愛い可愛いめぐを泣かせんなよ? 泣かせたら、あたし許さんかんね~。」
宇野宮「はいはい。」
不亞「んじゃ、練習邪魔してごめんね。ばいば~い。」
不亞は笑いながら手を振り、体育館を後にする。
無名月「ん~いいね~幼馴染って。青春って感じするよな~。」
宇野宮「しますか?」
無名月「お前はあれだな、気づかないうちに青春を満喫してる主人公タイプだな。」
宇野宮「なんですかそれ?」
無名月「さてと、私たちも青春しますか~。」
宇野宮「はい?」
無名月「はる、1on1すんぞ。」
宇野宮「え? 今からですか?」
無名月「今から。」
宇野宮「別にいいですけど...無名月先輩、制服のままやるんですか? パンツ丸見えになりますよ?」
無名月「別に二人しかいないんだから、見えてもいいだろ。」
宇野宮「あと、上履きじゃないですか。」
無名月「ん~バッシュに履き替えるのめんどくさいし...このままでいいわ。」
宇野宮「...無名月先輩、さすがにそれは舐めすぎですよ。」
無名月「なははは~! 怒った? 怒ってる? まぁでも、あんたは下手くそなんだし、これくらいのハンデはあげなきゃね~!」
宇野宮「あームカつく。先輩ってホント性格悪いですよね。」
無名月「怒んなって。クールでかっこいい後輩ちゃん。」
宇野宮「ボコボコのフルボッコにしてあげますよ。無名月先輩、負けても泣かないでくださいね。」
無名月「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」
宇野宮「......無名月先輩。」
無名月「なんだよ?」
宇野宮「先輩って、強豪校をボコボコにしたいんですよね? それ、私が手伝ってあげますよ。」
無名月「...ホント生意気な後輩だな、お前。」
無名月「ほら、こいよ。お前にその力があるかどうか、私がテストしてやるよ。強豪校には私レベルがゴロゴロと転がってるからな。私に勝てないようじゃ、強豪校ぶっ倒すとか夢のまた夢だからな~。」
宇野宮「わかってますよ。んじゃ、いきますよ?」
無名月「おう、かかってこいや。」
体育館内に、ボールを激しく叩きつける音が響き渡る。
応援ありがとうございます!
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