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【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編

アドルティスの名案

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 その晩、店を出た時にアドルティスもついてきた。何か話したいことでもあるのかとヤツが切り出すのを待っていると、俺の定宿とあいつの住んでる下宿の分かれ道のところで突然足を止めて言った。

「で、いつ行くんだ?」

 どうやらこいつの中で俺が東に行くことはすでに決定事項らしい。いやもちろん行くしかないんだが。だがなんとなく「いついつに行く」と言う気になれなくて黙ってあいつの綺麗な顔を見下ろしていた。なんでも即断即決の俺らしくないとは自分でも思うがよくわからん。
 ところがアドルティスがまったくごく普通の顔をして「俺はいつでもいいぞ」と言って、俺は思わず目を見開いた。

「お前も来るのか?」
「ラヴァンの依頼はちょうど終えたところだし、今年の果実酒とカルアの酢漬けも作り終わったし。しばらく特に予定はないからな」

 そう言ってからアドルティスが形のいい眉をひそめて言う。

「まずかったか? 一人の方が良かったか」
「いや全然まったくそんなことはない」

 思わず食い気味に答えた自分に自分で驚いていると、アドルティスは目を三日月みたいに細めて綺麗に笑った。

「なら俺も行きたい。いいか?」
「…………そうか。そうだな。もちろんいいぞ」

 それからヤツの下宿に向かって歩きながら俺が柄にもなく東へ行く途中で見かける珍しい魔獣や草や木なんかの話をまくしたてるのをアドルティスはいちいち律儀に頷きながら聞いて、最後に「楽しみだな」と答えた。だが、やけに早く着いてしまったやつの家の前ではたと気づく。

「そういえばお前、下宿のばあさんが心配だから遠出はしないんじゃなかったか」

 アドルティスが住んでる家の家主は、昔貴族の家に仕えていたという年寄りのばあさんだ。真っ白になった髪をいつでもきちんと結っていて小柄で上品な雰囲気だが、鬼人の俺が彼女の留守中に上がり込んでいてもにっこり笑って「あら、お久しぶりね。美味しいパイがあるのよ。一緒にいかが?」などと言ってくるような肝の太さがある。俺は結構気に入っているし、アドルティスもそうだ。やれ茶だの石鹸だの赤牛肉のミートローフだのと、よく一緒になってあれこれ作っているからお互い気も合うんだろう。

 そんな彼女が三月ほど前に階段を踏み外して足をひねってしまった。それ以来アドルティスは泊りがけで行くような遠出の依頼は断って、極力家のことはやるようにしてばあさんについてやっているらしい。お陰でここしばらくは中央都市への護衛仕事や境界近くの魔獣退治なんかの仕事は俺だけで行っていた。

 東への旅はひと月やそこらで行って帰ってこれるようなもんじゃない。その間ずっとばあさんを一人置いていくわけにはいかんだろう。
 退屈な東への旅にアドルティスも来るとわかって上がった気分が少しばかり萎えかけた時、やつはあっさりと首を振って言った。

「いや、それは大丈夫だ」
「そうなのか?」
「ああ。エリザさんのことはラヴァンに頼もう」
「……ラヴァンって、あのラヴァン婆のことか?」

 突然出てきた予想外の名前に思わず聞き返す。するとアドルティスが頷いて言った。

「あの二人は昔からの知り合いなんだ。いつも店を手伝っていたラヴァンの孫娘が最近、ウルの村の男と結婚して家を出たと聞いてる。俺が街を離れている間、エリザさんはラヴァンのところに身を寄せて貰おう。ラヴァンはエリザさんに店を手伝って貰えるし、エリザさんもラヴァンが傍にいれば安心だ」
「そうか」
「二人にはこれから聞いてみるけど、嫌とは言わないはずだし結構楽しくやれると思うんだ」

 果たして本当にそうだろうか? 薬師のラヴァンは腕はいいが、かなり気難しくて一筋縄ではいかない女だ。いくら見かけによらず肝の太いエリザばあさんでも本当に上手くやっていけるのかと疑問に思っていると、アドルティスはやけに確信に満ちた顔でもう一度「大丈夫だ」と言った。

「お前がそう言うなら俺は別にどうでもいいが」

 と言ってからやっぱり聞き返す。

「しかしよく思いついたな、そんなこと」

 するとアドルティスは妙にじーっと俺を見てから「未来からのお告げだ」とよくわからないことを言った。
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