祝福されし太陽の神子と夜の従者の最期

伊藤クロエ

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祝福されし太陽の神子の役目

08 トナティルの従者アトラ

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 その晩、俺はまたトナティルの夢を見た。
 抜けるような青空の下、歓喜する人々の歓声と女たちの投げる花々を浴びながら石の階段を登ったてっぺんにトナティルが立っている。その隣には従者として選ばれた《彼》がいた。まっすぐに前を見ている彼を見てトナティルが口角を上げる。そして言った。

『お前は今日からオレの従者だ。光栄に思え、***』

 彼が横目でトナティルを見て頷く。
 二人の後ろにあの司祭長が立つ。そして下に入る大勢の人々に向かって叫んだ。

『神に祝福されしトナティル! 我らは神の化身たるトナティルを喜び、崇め、歓待しよう!』
『そしてイツ**、神に選ばれし《夜の従者》よ! そなたに与えられしお役目に感謝し、真の心を持ってお仕えせよ!』

 皆が口々に神を讃える。

『偉大なる夜の*、*の鏡! 今年も《*****》と《夜の従者》が選ばれた! 歓喜せよ! 彼らこそ第*の月、ト*****のための**と***だ!』

 怒涛のように湧き起こる人々の歓喜の声。打ち鳴らされる太鼓と泣きながら手を叩き胸を掻きむしる若者たち。
 滝のように流れ落ちる黒髪をなびかせて勝ち誇ったように微笑むトナティルは、この世の者とは思えないほど美しかった。


     ◇   ◇   ◇



 あれは名前だった、と目覚めて最初に俺は思った。
 夢の中で確かに俺は彼の名前を聞いた。確か、ア……アト……

「アトラ」

 そう呟くと、俺を抱きしめていた腕がわずかに動いた。そっと視線を上げると、俺を胸に抱いたまま横たわっていたらしい彼と目が合う。そうだ、彼の名は『アトラ』だ。

「アトラ」

 確かめるようにもう一度その名を口に載せると、彼の目と口元にじんわりと微笑みが浮かんだ。見る人を心から安堵させるような、頼もしい笑みだった。
 俺が目覚めたのをすぐに悟って召使いが天蓋から下がる布を巻き上げ、四方の柱に網紐で結わえた。その顔が昨日、このベッドにやってきた人とは別人だとわかってホッとする。
 昨日のあれはなんだったんだろう。いや、考えなくてもわかる。あれは夜伽というやつだ。でもなんで歯が……と考えてまた吐き気がこみ上げてきそうになった。するとすかさずアトラが俺の背中をさすってくれる。

「ありがとう」

 ベッドにうずくまったままそう言うと、アトラはなぜか少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。

「麗しき*****、トナティルよ。お目覚めか」

 そう声が響いて、あの禿げ頭の祭司長が深々と頭を下げた。俺は無言で頷きながら頭の中のトナティルの記憶を探る。そうだ、彼はこの神殿で最も偉い神官で、ここに仕える者たちを監督し、すべての祭祀を司っている。いわばこの大神殿のトップだ。その彼がここまでへりくだって接するトナティルの位の高さがうかがえる。
 毎朝行われる祭祀長の挨拶に、俺はできるだけ鷹揚な素振りで頷いた。こうして黙ったままでも周りは特に気にしていなさそうなのが本当にありがたい。
 でも今朝の祭司長の挨拶はこれだけでは終わらなかった。

「**トナティルよ。昨夜ここへ寄越した*はお気に召さなかったのか」

 ところどころわからない部分があっても、その内容は簡単に察せられる。やはりあれはこの祭司長の差し金だったのか。

 異世界の美女や美少女に嫌というほどえっちなご奉仕をされてしまう、というのは異世界転移ファンタジー物にはお約束かもしれない。でも、どうしてもあのピンク色の歯茎に並んだ小さな黒い穴が頭に焼き付いて離れない。ただただ恐ろしくて、不気味で、ぶるりと身体が震えた。
 俺は答える代わりに必死に虚勢を張り、無言で祭司長を見る。すると祭司長が口を開いた。

「間もなく**の七日間が始まる。その時貴方は四人の**を得る。その前に貴方にはもっとこの世の悦楽を楽しんで貰わねば」

 苦り切った物言いと鋭い眼光に一瞬たじろいでしまう。仕方がない、中身の俺はただの大学生なのだ。それでもあのぽっかりと開いた黒い穴を見た時の恐ろしさが蘇って、俺はぐっと腹に力を込めて相手を見返した。それは今朝夢で見た、勝利と栄光を当然のごとく全身に纏って大勢の群衆を見下ろしていたトナティルの、まるで世界を従える王様のような姿を見習ったものだ。
 すると祭司長は諦めたように首を振った。そして毎朝の身づくろいのために召使いたちを呼び寄せる。
 間違いない。やっぱりトナティルはこの神殿で一番の権力を持っているのだ。内心冷や汗をかく思いだったが、祭司長の視線が逸れたことで一気に緊張が緩む。その時、アトラの大きな手が俺の肩を優しく掴んだ。彼の黒々とした目には俺を案ずるような色が浮かんでいて、思わず弱音を吐きそうになる。でも下手なことを言って祭司長に聞きとがめられてもいけない。そう思ってぎゅっと唇を噛むと、アトラが無言で俺を抱き寄せた。彼の逞しい剥き出しの胸にこつんと額を当てて俺は息を吐き出す。
 アトラが傍にいてくれてよかった、と心の底から思った。
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