祝福されし太陽の神子と夜の従者の最期

伊藤クロエ

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祝福されし太陽の神子の役目

10 宴の始まり ★

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 ついに『祭りの前の七日間』が始まった。

 トナティルの記憶のお陰でそう知ってはいるが、祭りとは何なのか、一体これから何が起きるのかはわからない。
 あれから毎朝、祭司長は俺が召使いたちの手で祭りのために装われるのを底光りする冷たい目つきで見張っている。女たちの顔は緊張に強張り、指先は時折小刻みに震えていた。
 磨き抜かれた黒い石の鏡に映ったトナティルの顔は、こんな時でも驚くほど綺麗だった。いつもより丁寧に髪を梳かされ、前髪の一部やこめかみあたりの髪を細く三つ編みにされ色とりどりのビーズで留められる。手足は鮮やかな青い石で飾られ、花の汁で唇や爪を赤く染められた。

 身支度が終わってアトラに連れていかれたのは、天井がなく抜けるような青空と眩しい太陽の光に囲まれた場所だった。丘の上にある神殿のその場所からは町や森、その向こうに広がる乾いた大地が見える。
 俺は厚い敷物が敷かれた場所に座らされ、国中から集まり神殿へと登ってきた人たちが入れ代わり立ち代わりやってきて、花を捧げてひざまずく。そして国を挙げての盛大な宴が始まった。
 頭を剃り上げた神殿の男たちが運び込む大きな樽は溢れるほどの酒で満たされ、女たちが焼いた肉や蒸した野菜、瑞々しい果物を山と運んでくる。若く美しい女たちがくるくると舞い男たちが勇壮な雄たけびを上げて歌い踊る。人々は酒を酌み交わしながら太陽を仰ぎ、神に感謝を捧げた。

 俺の前にはたくさんの捧げ物が運ばれ、勧められるままにこんがりと焼かれた骨付きの肉を食べ、捧げられた花々を髪に飾り、色鮮やかな果実から滴る汁で唇を潤す。そしてトナティルの名を呼んでひれ伏す人々から次々と注がれる酒を飲み干した。
 少し離れたところに祭司長がいて、俺の一挙手一投足にじっと視線を注ぎ続けている。

 ごく普通の日本人の学生だった俺にとって、ここまで熱狂的に神様を信じている人たちは正直理解しがたい。もしもこの人たちが信じる神様を俺が汚したり裏切ったりしたら一体どんな目に遭わされるのか、考えただけでも恐ろしかった。だからどれほど腹が苦しくても、強い酒にどれほど喉を焼かれても断ることなどできなかった。

 やがて太陽が中天を過ぎた頃、俺は完全に酔っぱらっていた。頭がぐらぐらして視界もぶれ、思考もおぼつかない。なのに人々はどんどん町から神殿へと昇って来ては俺に捧げものをしようとする。異様なほど盛り上がる宴の雰囲気と酒に脳が溶けて、もはや座っているのがやっとだった。
 また新たにやってきた見知らぬ男が俺の手を取り、真っ赤に上気した額を押し付けようとする。

「麗しき神への**トナティルよ! 貴方の祝福をどうか我に!」

 そう叫ぶ男のギラギラと光る目が気持ち悪い。とっさに手を振り払おうとしたけれど男はがっちりと俺の手を握りしめていて離そうとしなかった。男の手のひらの熱さと汗ばんだ肌に吐き気が込み上げる。

「どうされた、**トナティル。さあ、我々に偉大なる*****の祝福を」

 生暖かい男の息が掛かる。

「できないのか? まるで怖気づいたような顔をして。自信がなければすぐにでも俺が代わろう。そうだ、本当は俺が、俺こそが**となるにふさわし――――ッ」

突然手を引っ張られてぐらりと身体が傾いだ瞬間、後ろから伸びて来た力強い腕に身体を抱えられた。そして男がうめき声をあげて石の床に倒れ込む。

「彼に触れるな」

 有無を言わさぬ声が背後から響く。青ざめた男は慌てたように頭を下げて逃げて行った。
 吐き気と酔いにぜぇぜぇと息を荒らげながら霞む目を懸命に見開く。するとこの場でただ一人いつもと変わらない顔でアトラが俺を覗き込んでいた。

「アトラ」

 息も絶え絶えに名を呼ぶと、アトラが俺を支える腕にさらに力を込める。そして新たにやって来た別の男が酒を差し出すのを遮り、代わりに受け取った。視界の端に、アトラが後ろ手で杯を別のものと入れ替えるのが映る。そうして手渡された水をごくごくと一心不乱に飲み干した。酔いで手つきも怪しい俺の口の端から垂れた水をアトラが手のひらで優しく拭う。

 突然、大きな歓声が沸き起こった。

「さあ、神の**トナティルよ。祭りの前の七日間、そなたに仕える四人の花嫁を選ぶがいい」

 いつの間にか俺の前にいた祭司長が声も高らかにそう叫ぶ。彼の後ろには若くて綺麗な女たちが何人も並んでひざまずき、俺を見上げていた。彼女たちの目は夜の星のようにキラキラと輝いていて興奮と期待に頬を赤らめている。
 こんな度を越した宴の席で『花嫁』などと言われれば何を指すかは誰だってすぐにわかる。男なら諸手を上げて喜ぶべきだろう。泥酔いした頭でぼんやりそう思った時、あの歯のない女や昨日目の前で殺された女の顔がフラッシュバックする。こみあげそうになる胃液を必死に飲み込み顔を背けると、祭司長の眉がつり上がった。途端に俺の周りに控えていた召使いたちの間に緊張が走る。

「トナティルよ。今宵は**のための七日間の初めの日。神の元へ向かう前にそなたの*をまず捧げねば」

 祭司長の声が鋭く響く。

「忘れたか。そなたは我らが神に、漆黒に輝く*****のために大勢の男たちの中からただ一人選ばれたのだ」

 漆黒に輝くテス**ル。
 その言葉に、俺の中で何かが目覚める。

「そなたはそれをこの上なく誇りに思っていたのではないのか」

 ドクン、と鼓動が跳ねる。耳の奥で誰かが興奮したように叫んだ。

――――そうだ、オレは選ばれたのだ・・・・・・・・・

 突然視界がガタガタとブレる。
 そう、そうだ、唯一ひとり、偉大なる神にもっとも近づく栄誉を与えられた、それは――――

「プルケを持て!」

 祭司長の合図で普通のものよりも一回り二回り大きな杯が運ばれてきた。女たちの手で白く濁ったプルケがとろとろと口内に注がれる。
 神より下された甘くかぐわしい酒。オレの口と喉と腹を満たし、溢れて顎から胸へと滴り落ちる。
 もっと、もっとだ。まだ足りない。もっと、もっと。

 その時、誰かの力強い手が俺の胸をぐっと押さえた。

「…………アトラ……?」

 急に心臓を鷲掴みにされたような痛みが走る。視界が暗くなって息ができない。祭司長が何か言っている。

「さあ、トナティルよ。誰でも心に適う者を選ぶがいい」

 選ぶ? 選ばれたのは俺じゃないのか? 違う、俺は、オレは、

 だめだ、頭が混乱してる。どうしても考えがまとまらない。
 祭司長がさっと手を振ると後ろで六人の女たちが立ち上がった。女たちが一斉に纏っていた布をはぎ取り、床に落とす。
 なに? 一体なにをしている? 
 女たちは全裸のまま両手を首の後ろで組み、宙を見つめている。彼女たちはそろって歓喜と興奮に顔を輝かせ、一糸まとわぬ姿で大勢の人たちの前に立っていることを恥ずかしがっている者は一人もいなかった。
 女たちが近づいてくる。思わず後ずさろうとして、分厚く大きな何かに背中が当たった。
 何か塗っているのか、てらてらと光る女たちの褐色の肌からむせかえるような甘い匂いがする。俺を取り囲もうとする女たちの大きく張り出した胸が揺れ、硬く尖った乳首の周りに何か模様のようなものが描かれているのが見えた。
 胸やけするほど甘い、腐り落ちる寸前の果実のような匂い。何本もの手が俺に向かって伸びてくる。きもちわるい、きもちわるい、

「い、いやだ」

 そう呟いた声は宴に酔いしれる人々の歓声にかき消される。俺の口に触れようとした手をから必死に顔をそむけると、別の方向から伸びて来た手に腰に巻いた布を引っ張られた。

「ひっ」

 とっさに足をひっこめようとした俺の目に信じられないものが映る。
 気持ち悪くて恐ろしくてたまらないのに、俺は無様なほど勃起していた。間違えようのない、布を高々と持ちあげている自分のペニスを愕然と見下ろす。
 なんで、なんで?
 その時、別の手がまた大きな杯を俺の口に押し当てた。そして有無を言わさず何かを流し込まれる。
 甘い甘い、白い何か。これは酒……?
 ハッ、ハッ、と浅く荒い呼吸がうるさい。熱い。脈打つ鼓動があまりにも早くて痛い。
 いくつもの細い手が俺の肌を這い、布の下に這い込んでこようとしている。

「い、やだ、離せ……ッ!」

 呂律の回らない舌で叫びそうになった時、大きな手で口をふさがれた。自分のものじゃない低く張りのある声が凛と響く。

「離れろ。我らの*****はお前たちを欲してはいない」

 ピタリ、と女たちの手が止まった。波が引くように後ろへ下がる女たちの向こうで祭司長が眦を吊り上げていた。

「されど、**の精は捧げられねばならぬ」

 突然、歌い踊っていた人たちが一斉に俺たちを見た。

「それがトシュ**ルの祭りの最初の習いだ」

――――捧げ物がなければ神の怒りを買うだろう。

 祭司長がそう言ったとたん人々の顔が怒りに引き攣った。さっきまで歓喜に震えながら俺を褒めたたえていた人たちの煮え立つような視線が突き刺さる。視線で人が殺せるのなら俺はこの時確実に死んでいた。意識が朦朧とするほど酩酊しながらも恐怖で背筋に悪寒が走る。
 不意に誰かの手が俺の胸に触れた。女たちの細くて小さな手とは明らかに違う、節のはっきりとした分厚い手。その手は明らかに意思を持って腰に巻かれた布の下へと潜り込んでいく。

「ん……っ」

 大きくて温かな手が俺のペニスに触れた。かさついた指が幹を撫で、くびれを挟み、先端をゆるゆると擦ってくる。

「っふ、……っ!」

 口を塞がれたまま俺は身をよじった。慌てて足を閉じようとしたが思うように動かせない。それどころか生まれて初めて他人にペニスを直に触られて、気持ちが良くて気持ちが良くて完全に頭が馬鹿になる。攻め処を知った巧みな愛撫と自分のものじゃない熱とかさついた指の感触に、なけなしの理性はあっという間に溶けていった。
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