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祝福されし太陽の神子の役目
13 アトラの微笑み
しおりを挟む一糸まとわぬ姿の、ものすごく背が高くて逞しくて顔がいい男が驚いた顔で俺を見下ろしている。
「…………アト、ラ」
月明りに照らされた滑らかな褐色の肌といい水が滴る黒髪といい、同性の俺でもちょっと目に毒だと思うくらいの色っぽさだった。ついぼーっと見蕩れてしまって、そのせいで以前彼が沐浴場でほのめかしていた通り、彼の股間にもまったく毛がないことまで気づいてしまった。急いで顔を逸らしたけれど、それでも目に入ってしまう。……まったくの通常状態だというのに俺よりもずっと大きくて長い――――。
ピシャッ、と音がして慌てて顔を上げると、アトラが濡れた顔を手のひらで拭って水を切ったところだった。そしてあたふたとする俺を見て怒ったり呆れたりするどころか、なぜかふっと目を細めて笑った。
ぼけっと座り込んだ俺の目の前で、アトラはいつもの布を手早く腰に巻き付けると、俺のところに来て片膝をつく。
相変わらず彼の方から話しかけてくることはない。
夢の中でトナティルはアトラに「自分に向かって声を発してはいけない」と命令していた。だからいつも無言なのだ。
彼は一体何者なんだろう。トナティルの忠実な従者としてトナティル自身に選ばれたらしい、ということはさっきの夢でわかった。それはトナティルがアトラのことを『自分の役目を果たすのに一番いい相手』だと思ったからだ。役目というものがなんなのかはまだわからないが、トナティルは彼を見て「まるで黒曜石のように綺麗な目をしている」と思ったのを俺は知っている。アトラの鋭くて固くて強い黒曜石のような輝きを気に入っていて、そんなアトラこそ自分に一番ふさわしい、と。それに「その二つ名にふさわしい」とも思っていた。二つ名ってなんだろう?
アトラはただじっと俺の指図を待っている。不意に、彼と話がしたいと思った。
トナティルはものすごく誇り高くて、《唯一の一人》に選ばれた自分にとてつもない自信を持っている。そのトナティルがそこまで褒める相手は他に誰もいない。そんな彼のことがもっとよく知りたい。
トナティルみたいな態度をとることができたら、入れ替わりがバレることなく彼と話せるだろうか。堂々と胸を張って自信に満ちて。まるで太陽のように晴れやかに笑いながら、まるで自分こそが世界の頂点であるかのように。
ごくり、と唾を飲む。そしてさっき夢の中で感じていたような、トナティルと一心同体になったような感覚を懸命に思い出そうとした。肩の力を抜いて背筋を伸ばす。初めの頃の夢で少し離れたところから見たトナティルは、少し目を細めて唇が綺麗に弧を描くように微笑んでいた。そう、確かこんな風に。
目に力を籠めてアトラを見つめると、アトラの表情が変わった。さっきまでの穏やかで優し気な雰囲気とは違う。それはあらゆる敵を倒しいくつもの死を掻い潜って生き抜いてきた騎士や戦士のように厳しくて鋭い顔だった。
戦士、という言葉にハッとする。
そうだ、確かさっきトナティルと同化していた時に、アトラについてものすごく怖いことを知った気がする。
トナティルはアトラのことを『もっとも勇敢で心が強い戦士だ』と思っていた。『たとえ自分以外の仲間全員が無残に殺されてもアトラの戦意は死なず、たった一人でも戦い続けた男だ』と。
アトラにそんな過去があったのか。俺は愕然として彼の顔を見直す。そして同時に思った。
そこまで優れていて尊敬される戦士だったのに、こんな風に毎日俺のことを抱えて歩いてずっと後ろに控えているような役目を嫌だと思ったことはないのだろうか。こんな召使いみたいな生活、戦士への侮辱だと思う人だっているんじゃないだろうか。
おまけにアトラはもっと嫌なことだってしなきゃいけなかった。俺はついさっきの宴の席や沐浴場で彼にどんなことをさせてしまったかを思い出して、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうになる。
俺はなぜかみんなの前でみっともないくらい発情して、その始末をアトラにさせてしまった。同じ男のモノを握らされてそんなことをさせられるなんて最悪な気分だっただろうに。
いかん、きっと今の俺は、見様見真似のトナティルの仮面が外れて情けない顔をしているに違いない。ほら、案の定さっきまでの厳しい顔つきから一変してアトラの眉がいぶかしげに顰められている。
「――――アトラは、」
なんとか場を誤魔化さないと、と焦るあまり口から勝手に言葉が飛び出てしまった。言ってから自分で焦ってしまう。でもとりあえず相手の意表は突けたようで、アトラがまた驚いたようにぱちりと瞬きをした。
ええと、そうだ黙ってちゃだめだ。とにかくなんでもいいから話さなきゃ、トナティルみたいに胸を張って堂々と。怖いものなんて何一つないみたいに。
「アトラは、俺に選ばれて嫌ではなかったのか?」
そう尋ねた後で、確かトナティルはアトラに向かって『お前』と言っていたことを思い出す。だが今更どうしようもない。俺は内心の動揺を押し隠してアトラを見上げた。するとアトラはもう一度瞬きをすると、ゆっくりと首を横に振った。そして彼の顔に浮かんだかすかな微笑みを見て、俺はなんだか無性に泣き出したくなった。
この世界で俺はトナティルという男になっていて、大勢の人たちからまるで神様みたいに崇められている。そのくせ召使いが殺されるのを目の当たりにして吐いてしまった時は、まるで粗相をした子どもが受ける罰のように肌が真っ赤になるまで乱暴に洗われた。そして宴の最中、まるで見世物のように大勢の人たちの目の前でペニスを扱かれ無理矢理射精させられもした。
自分が彼らにとって本当に重要な人物なのか、みんなに好かれて大事に思われているのか自信が持てない。もしみんなの期待に応えることが出来なかったら、俺もあの召使いのようにあっさりと殺されてしまうんじゃないだろうか。それを思うと本当に怖い、ものすごく怖い。初めの頃に感じていた見知らぬ異世界への好奇心や大勢の人たちにちやほやされる快感なんて、今ではとっくに消え失せていた。
その時、つい俯きがちになってしまっていた俺の肩に何か温かいものが触れた。アトラの手だ。アトラが肩に手を置いて俺を見ている。それだけで熱い塊が喉の奥からこみ上げてきそうになる。
きっと、きっとアトラだけは違う。アトラだけは俺の味方だ。彼が俺を見つめている穏やかで優しくて頼もしい目を見ているとそんな気持ちになる。いや、そうに違いないとどうしても信じたかった。
目の奥が熱くなるのをぎゅっと強く瞑って誤魔化す。そして一つ息を吐き出すともう一度トナティルの仮面を被って言った。
「もう寝よう。お前も俺と一緒に休め」
我慢できずにちょっと鼻をすすってからできるだけ尊大に両手を差し出す。するとアトラが俺の両脇を掴んで持ち上げた。トナティルとアトラは頭一つ分ぐらいしか身長が違わないのに、俺を抱き上げるアトラの動きはちっとも重さを感じていないように無造作だ。
アトラは俺をベールに囲まれた寝台に連れて行き、寝かせてくれた。俺は隣を叩いて一緒に横になるように伝える。
もうあと数時間もすれば夜が明けるだろう。そうしたら日の出と共に祭司長がやってきて身支度が始まる。そして再びあの宴が始まるのだ。あの狂乱の宴を乗り切るためには体力も気力も充分養っておかなくては。
もう一度敷布を叩くと、アトラが小さく笑って大きな身体を横たえた。お互いに曲げた自分の腕を枕にして向き合う。
月明りが差し込む寝台で、俺を見つめるアトラの目が黒曜石のように輝いている。その光と似た何かを、俺はどこかで見たような気がした。
「アトラ」
俺が名前を呼ぶとアトラが頷くように瞬きをする。彼の目はトナティルよりもっと綺麗だ。だんだんと眠りに引きずり込まれながら俺はそう思った。
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