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祝福されし太陽の神子の役目
14 宴の花婿たち
しおりを挟む夜が明けて、次の日もまた宴は繰り返された。そういう習わしなのだ。祭りの前の七日間、神とトナティルを讃える宴は続く。少しずつ自分の中で鮮明になっていく『トナティルの記憶』のお陰で、今では俺もそう知っていた。
朝、夜明けとともに祭司長がやってくる。彼が召使いに命じて俺を着飾らせている間、アトラはずっと傍にいて俺をじっと見ていてくれた。彼の黒い目に見られているとなぜかひどく安心する。
トナティルが『黒曜石のようだ』と言っていた綺麗な黒い目。祭司長の鋭い目に怯えた召使いの手がひどく震えていたり、食事の席で俺がうっかり杯を倒しかけて心臓が縮み上がりそうになった時、俺は勇気と励ましが欲しくて彼をこっそり盗み見た。その度にアトラはすぐに気づいて、祭司長に見つからぬように小さく頷いてくれた。
宴が始まってからもアトラは俺のすぐ傍に腰を下ろし、ずっとついていてくれた。俺は夢で見たトナティルのように尊大に、自信に満ち溢れた顔をしてみんなの前で胸を張る。でも心の中では不安でいっぱいだった。
トナティルの記憶が俺の中でどんどん蘇ってきてこの国の言葉やいろんなことがわかってきても、まだトナティルの言う《役目》がなんなのか、この七日間の宴の後にある《祭り》がなんなのかわかっていない。
次々に運ばれてくる大きな骨付き肉や血を固めた煮凝りの匂いに鼻が詰まりそうになる。でもそんな姿を見せるわけにはいかない。
夢で見るトナティルはいつも堂々として、自信に満ち溢れている。だから俺も彼のようにふるまわなくては。もしも俺が偽物だとバレたらきっと無事では済まないだろう。召使いが小さなミス一つで簡単に殺されてしまう世界なのだ。それはもはや確信に近かった。
昨夜、ここであった事やこれからの不安が頭の中でぐるぐる渦巻いていて、本当は食欲なんてこれっぽっちもない。てらてらと光る脂や肉汁が滴る肉の塊を見ていると胃液がせり上がりそうになる。
「どうされましたか? トナティルよ」
肉を運んできた男がいぶかしげに尋ねる。
「たくさん食べてたくさん飲んで力をつけていただかねば。これから貴方にしかできぬ大事なお役目があるというのに」
そう言って笑った男の目が一瞬意味ありげに光ったように感じたのは気のせいだろうか。昨日、自分がまさにこの場所で晒した醜態を揶揄されたようでカッと顔が熱くなる。気が付くと広間にいる大勢の人たちが俺を見ていた。もしかしてこの人たちはあの夜もここにいてあれを見たのだろうか。
つい動揺して、反射的に斜め後ろに視線を飛ばす。するとすぐにアトラが目を合わせてくれた。
大丈夫。アトラがいる。何かあったらきっと彼が手助けしてくれる。そう自分に言い聞かせる。
トナティルへの捧げ物を差し出す男の絡みつくような視線を振り払うようにして肉を奪い、歯を立てる。食べなきゃ。トナティルならこんな肉、にっこり笑ってあっという間に平らげてしまうだろう。彼は強い。強くて美しい。だってそれが**として選ばれる一番の条件なんだから。
また祭司長がこっちを見ている。彼の目は錐のように鋭い。俺を品定めしているあの目が恐ろしい。
トナティルならどうする? トナティルのようにしなきゃ。そう、死にたくなければ俺が本物のトナティルになるしかないのだ。
昨夜、夢の中で俺は確かにトナティルだった。彼の肉体と精神に漲る自信や興奮や、しなやかに鍛えられた肉体の感覚が今でも俺のどこかに残っている。それを思い出して再現するんだ。
俺は覚悟を決めて肉を噛みちぎった。途端に口の中に野生のままの獣の味と匂いが広がる。
だめだ、どうしてもそれ以上噛んで飲み込むことができない。気持ち悪い。気持ち悪い。だってこんなに硬くて、獣くさくて、赤い血の色が残っているような、こんな――――!
硬い? 頭に浮かんだその言葉をオレは否定する。馬鹿な。オレがそんなひ弱な男であるわけがない。一年でもっとも祝福された第五の月に狩られたクーガーの肉を食べることは神の恵みを口にするのと同じことだ。オレは骨を掴んで前歯でぶつりと肉を噛み、勢いよく骨からむしり取る。そして奥歯で力強く咀嚼した。
狩られた獣の命を食えば、それはまさしくオレ自身の肉体となり、力となる。唇についた肉汁をペロリと舐め取るとオレはプルケを持って控える女の方へと手を伸ばした。そして大きな杯から白く濁った甘い酒をごくごくと飲み下す。今、血と肉が落ちたばかりの胃の腑にポッと熱が灯った。
ふと視線を感じて振り向くと、斜め後ろにアトラがいた。アトラはなぜか驚いたように目を見開いてじっとオレを見ている。
「どうした。オマエも食え」
そう言ってオレは自分が持っていた肉を差し出した。アトラは一度瞬きをすると黙ってそれを受け取る。
アトラは地上で最も勇猛果敢と言われるトルテカの男だ。かの一族で男の赤子は歩き始めると同時に崖を登らされ、幼い獲物を食べに来た獣を石の礫で追い払える者だけが村の子どもとして認められるのだという。
そんなトルテカ随一の戦士と言われたアトラはその誉れに相応しい大きな口と硬い歯でクーガーの肉に食らいついた。オレはアトラがオレの命令に従順に従い、すべての肉を食べ尽くすのを見守る。そしてその目にわずかでも反抗の色が隠れていやしないか見定めた。
石の庭では歌と踊りが始まり、皆が口々に偉大なる夜の王とこのオレを讃えている。だが今、彼らの視線はオレだけに集まっていた。オレはなみなみと注がれたプルケを飲み下してにんまりと笑う。彼らは待っているのだ。偉大なる神にオレが捧げ物をするのを。
神は誇り高く強大で、そして強欲で嫉妬深い。だからこそオレたちは神に捧げ物をして神の力を乞う。
はぁ……と口から漏れる息が熱い。髪に花を挿した女たちが杯にプルケを注ぐ。それを一気に煽れば胸の太鼓はますます早く大きくなり、男の証はさらに硬く昂った。さらに注がれるプルケが口の端を伝い落ち、オレの胸や腹や布で隠されたソコを濡らす。
我慢できず、色鮮やかな腰布を持ちあげているソレにギリギリ触れぬように両足の付け根を指でなぞった。祭りの間、オレは自分でソレに触れることはできない。それはオレに仕える四人の花嫁の役目だ。だが花嫁たちはどこだ? 酒が全身を回って朦朧としてきた頭でふとそう思う。
その時、祭司長が俺の前にやってきて言った。
「我らが麗しき神の器は花嫁たちを気に入らなかった様子」
――――だから新たに花婿を用意した、と。
花婿だと? と聞き返そうとした時、ぞくん、と身体が震えあがった。なんだろう、頭がぐらぐらして考えが覚束ない。え、今、俺は何をしてたんだっけ?
気が付くと目の前に置かれた皿の上の肉はなくなり、大きな杯も空っぽだった。いつの間に食べた? いや、確かに俺が飲み食いしたんだ。その証拠に口の中にはまだ生に近い肉独特の甘みと酒の香りが残り、浴びるように飲まされた大量のアルコールで体中が熱く火照っている。
そうだ、トナティルだ。まるでトナティルが俺の中で突然目覚めて表に出てきたような、そんな感覚。それだ、トナティルが俺の代わりにあの肉を食べてくれたんだ。
トナティルは俺にこの世界の知識を授けてくれるだけでなく、俺の代わりに肉も酒も飲み食いして俺を助けてくれた。トナティルと一心同体になるということはこういうことなのか。すごい、これならきっと大丈夫だ、助かった……! と強張った身体からふっと力が抜けた時、目の前に立つ祭司長に気が付いた。ええと……そうだ、確かさっき花婿がどうとか……花婿?
祭司長たちの後ろに腰布だけを巻いた六人の男たちが並んでいる。彼らが一歩俺に近づき、両足を開いて仁王立ちになった。
男たちの中には大きくて逞しい者もいれば、小柄でずいぶんと年若い者もいる。だが全員顔を赤く紅潮させていてなぜかひどく息遣いが荒かった。ギラギラと異様に輝き俺を食い入るように見ている目が怖くてたまらない。座ったまま思わず後ずさると、祭司長の合図で男たちが一斉に腰布をはぎ取った。
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