祝福されし太陽の神子と夜の従者の最期

伊藤クロエ

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神への供物に仕える夜の従者の葛藤

21 二人のトナティル ★

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 宴は日に日に盛大なものになっていく。四日目からは彼に与えられる食事はプルケとネトラの実だけになった。赤く熟しきったネトラの果実は、中に仕込まれた薬の苦味を誤魔化すためにたっぷりの蜜に漬けられて彼の唇を濡らし理性を奪っていく。

 彼の目は一日中ぼんやりと宙に向けられて口からはプルケと唾液が垂れ、身体は常に熱く火照って震えていた。男のしるしは散々精を絞られて真っ赤に腫れている。なのに祭司長はもっと多くの精を捧げろとおれに命じた。

 男の腹の中には刺激されるとさらに精を吐き出す場所があると聞かされた。初めて彼の中に指を潜り込ませた時、彼は何が起きたのかわからないという顔をして、おれの腕の中で喘いだ。ネトラの蜜を纏わせた指で中のしこりを撫で、ぬるぬるとこね回してやれば、彼は小さな悲鳴をあげてさらに白濁を零す。明らかに一度も拓かれたことのない彼の中はたいそうきつく、けれどおれの指をしゃぶるように淫らに締め付けた。

「アトラ、アトラ」

 彼はビクビクと痙攣しながら何度もおれの名を呼ぶ。たすけて、という言葉が漏れそうになるたびにおれは彼の口を塞いだ。どろどろに蕩けて助けを求める彼の目の奥に、時々強い光がふっと瞬く。おれに回された腕に力が籠り、本物のトナティルが現れる。

「そうだ、いいぞ。さすがはオレが選んだ従者だ。今宵も、そして《最後の祭り》でも、オマエはすべての役目を完璧に果たせ」

 咥え込んだ獲物に捕食者の笑みを見せるトナティルの顔は、すぐに泣きながらおれの名を呼ぶ《彼》の顔に戻った。
 おれの隙を突くように何度も現れる本物のトナティルは、おれの中に芽生え始めた迷いに気づいていたのだろうか。


     ◇   ◇   ◇


 毎夜宴が終わり《夜の座》に祀られたテスカトリポカの鏡に杯を捧げると、おれは彼の身を清めて寝台に連れていく。一日中宴の席で媚薬漬けにされ、ありとあらゆる場所を愛撫され続けた彼は疲れ切っていて、そしてまだ消えぬ疼きに苦しんでいた。
 おれはできる限り優しく、彼が満足するまで慰める。そしてようやく彼が束の間の眠りに落ちると、燭を消し汗ばんだ額に貼り付く彼の髪を掻き上げてやった。
 次に目覚めた時に現れるのはトナティルだろうか。それとも彼だろうか。

 宴は六日目を数え、明日の宴が最後となった。おれは覚悟を決めなければならない。
 あと二度夜明けが来ればトシュカトルの祭りの日だ。その時おれはトナティルに言われた通り、彼の胸を切り裂いて心臓を神に捧げ、おのれの役目を果たすのか。それとも。

 おれは少し前の夜に起きた出来事を思い出す。
 ある晩、彼が眠った後に寝所を抜け出し身を清めていると、珍しく途中で目覚めたらしい彼が沐浴場を覗き込んでいた。窓から差し込む月明りが彼の黒い目の中で輝き、ここしばらくは常にプルケを飲まされ情欲に浮かされていた顔に、珍しく素の表情が浮かんでいた。

「アトラは、俺に選ばれて嫌ではなかったのか?」

 宴の席で正気をなくした彼を散々辱めたおれに向かって、彼はそう言った。許しを請うべきなのはおれの方だというのに。
 彼はおれを見ると安心したように笑う。おれは心臓を握りつぶされるような苦しさというのはこういうことかと初めて理解した。こんな時でも彼は自分のことではなくおれの気持ちを案じている。彼はそういう男なのだ。

 本物のトナティルがおれを従者として選んだ時、トナティルはおれがその役目をこの上ない名誉だと喜んで受け入れると信じて疑っていなかった。いや、そもそもおれがどう思うかなど彼は気にしてなどいなかっただろう。
 彼は自分が勝ち抜き選ばれたのだということと、どうやってその役目を完璧に果たすかということ以外はどうでも良かったのだ。
 おれを従者として選んだのも、別におれ個人に興味や思い入れがあったからじゃない。自分がもっとも完璧な神への供物となるためには、かつて地上最強と謳われたトルテカの戦士の生き残りであるおれが執行者イツトリとなるのが相応しいと考えた、ただそれだけなのだ。

 常におのれとおのれの役目のことしか考えていないトナティルと、今トナティルの中にいる《彼》はまるで違う。彼は自分のことよりおれの気持ちについて考えている。
 この時、おれは初めて彼を逃がしてやりたいと思った。だがそうする訳にいかないこともちゃんとわかっていた。

 もし彼が役目を果たさず逃げ出せば、神の怒りを恐れたメシカ中の人間が血眼になって彼を探すだろう。この国のことを知らず、ただ生きていくのにも覚束ないような彼が逃げ切れるわけもない。

 おれだ。おれが何とかしなければ。このままでは彼はあと数日で死ぬ。そして殺すのはこのおれだ。
 だからおれが彼を守り、彼を逃がす。そう心に決めた。

 それからおれは密かに考えを巡らせ始めた。
 彼を死なせないためには一体どうすればいいのか、を。


     ◇   ◇   ◇


 偉大なるテスカトリポカは夜の神だ。だから人々は彼の怒りを買わぬよう、夜の間は火を消し家に閉じこもり息を潜めて寝静まる。唯一の例外が祭りの篝火を守る男たちと《夜の従者》と呼ばれるおれだけだ。
 おれは夜の闇に紛れてその日のために少しずつ慎重に準備をした。彼と祭司長の目を盗み《夜の座》に忍び込んで『煙を吐く鏡』と呼ばれる神の姿に似せたあの巨大な黒曜石の鏡の裏に彫られた絵を読み解き、それまで秘されてきた祭りのしきたりや手順を覚え、儀式が行われる山頂の祭壇を調べた。そして計画を果たすために必要な者を探し出した。
 だがそれを妨げる者がいた。トナティルだ。

 何度もおれの不意を突くように、どこか不安げでもの慣れぬ青年の顔の裏から、自信に溢れ尊大で傲慢な本物のトナティルが姿を現す。
 本物のトナティルはおれを「オマエ」と呼び、なんのためらいもなく命令を下す。おれは慎重に感情を消し、従順にトナティルに仕えた。
 トナティルにおれの企みを知られてはならない。トナティルの望みは選ばれし太陽の神子として神に心臓を捧げ、立派に死ぬことだ。だがおれの望みはトナティルの中にいる《彼》を救うこと。おれはメシカのすべての民を、何よりこの賢く抜け目ないトナティルという男を出し抜かなければならないのだ。

「オマエ、裏切るなよ」

 何か気づいているのか、夜中にトナティルは目覚めておれにそう命じる。けれどトナティルの気配が消えるともう一人の《彼》が戻ってきて、盛られた薬や連日の荒淫に朦朧としながらもおれと目が合うたびにほのかに微笑む。だからおれも何か彼に応えてやりたくて、話せぬ言葉の代わりに髪を撫でたり肩を叩いてやったりした。

 彼への気持ちが一体どんなものなのか、おれにも正直よくわかってはいない。同情か、憐憫か、罪悪感か。日に夜に彼を抱き上げ互いの体温を感じ合い、彼の秘密や恐れを知ってしまったことで絆されただけかもしれない。
 それでも彼を救うことができれば、先の戦いでおれだけが生き延びてしまった理由になるのではないかと思った。


     ◇   ◇   ◇


 そして七日間の宴の最後の夜がやってきた。
 彼はプルケとネトラの実に混ぜられた媚薬に完全に毒され、常に身体は疼き神に捧げるための精を溢れさせていた。だが祭司長はそれだけでは満足しなかった。
 トナティルはメシカの歴史の中でもっとも美しく、もっとも神に愛された器。ならばもっともっと神に捧げ物をしなければならない。そのために祭司長は最後の宴の夜、もはや正気をなくしているトナティルの前に再び四人の花嫁と花婿を呼び寄せ、気が狂うほどの快楽地獄に落とそうとした。

 抱き女一人にあんなにも怯えていた彼が、薬を盛られ淫欲に狂った花嫁花婿たちによってたかって犯されればきっと心が壊れてしまう。今でさえ精を絞られ神子の役目を果たすたびにぐったりとおれにもたれて意識を飛ばし、寝所で眠るたびにうなされ涙を流している彼の心は永遠に消えてしまうかもしれない。
 だから祭司長に「おれがやる」と言った。そして全身を痙攣させながら何度も達する彼の身体をきつく抱きしめた。



《夜の座》に最後の杯を捧げれば、七日間の祭りはようやく終わりを迎える。ぐったりと疲れ切った彼の身体を清めて寝所に運ぶと、酔いと熱に浮かされたような目をして彼がおれの名を呼んだ。

「アトラ、ついに最後の夜だ」

 珍しく高揚している声に、これは本物のトナティルの方かと密かに身構えた。

「どうしよう、ドキドキして眠れないんだ。だって明日になれば、明日になれば……!」

 熱を帯びた声でまくし立てていた彼が急にピタリと動きを止める。そして呆然と、途方に暮れたような顔で振り向いた。

「…………明日、俺はいったい、なにをするんだろう…………」

 違う、トナティルではない。《彼》の方だ。そう気づいて咄嗟に手を伸ばそうとした時、彼がおれの顔を見ながらゆっくりと微笑んだ。

「アトラ、今までずっとありがとう」

 だがよく見れば目尻は不自然にひくつき、明るい表情とは裏腹に顔色は悪く、その陽気さはどこか不自然だった。連日盛られ続けた薬のせいか、もしくは祭りの到来を喜ぶ本物のトナティルの感情に引きずられているのか、と疑う。
 それでも彼が言った言葉は、間違いなく彼の気持ちを素直に表したものだっただろう。そうわかるくらいには、おれはずっと彼の仕草や声音をよく見て覚えていた。

 彼が柔らかく微笑み、おれを見る。自然とおれも笑みを返していた。
 裏表のない彼の言葉や表情はなんと心地よいものだろう。
 だが同時におれは心の中で叫びたかった。やめてくれ。おれはお前の助けになるようなことは何もできていない。このままでは彼は明日死ぬ。生きたまま胸を割かれ、心臓を取り出されて。しかもこのおれの手によって彼は神に捧げられるのだ。

 どうしようもない衝動に突き動かされて彼を抱きしめると、出来る限りの優しさと労わりを籠めて口づけた。
 宴に疲れ果てて眠る夜、彼はいつも夢を見てうなされる。せめて今夜は深く深く眠って欲しい。
 その夜おれは自分が知っているあらゆる手練手管を用いて彼を抱いた。
 七日間の間に開かれ目覚めさせられた彼の中の官能はすぐにおれの手に反応して燃え上がった。優しく中を愛撫してやればたやすく絶頂し、滑らかな肌に手のひらを這わせれば肌を粟立たせて感じ入る。尖った胸の先端を吸い指で捏ねてやれば甘い呻きを漏らしてまた達した。

「アトラ、もっと、もっと」

 泣きながらねだる彼に胸が締め付けられる。優しくしてやりたいと思いながらも、おれの方こそもっとお前が欲しいと欲が芽生えそうになる。おれはできる限りの優しさで彼を抱いた。
 トナティルの中にいる、どこの誰かもわからぬ見知らぬ誰か。それでも彼が愛おしいし死んでほしくないと思う。
 どろどろにぬかるんだ彼の中にいきり勃つモノを埋めていく。すると彼は全身を真っ赤に染めながら甘い吐息を漏らした。熱くてきつくうねる彼の中があまりにも気持ちがよくて、めちゃくちゃに腰を振りたくなるのを必死に耐える。ついに根本まで収めると、彼を抱きしめたまま優しく揺さぶってやった。
 身体に蓄積された催淫薬のせいか達しても達しても満足できない彼が「気持ちいい、気持ちいい」と言って泣く。今までずっと口を塞がれ満足に声も出せなかったのだ。せめて今だけは好きなだけ喘がせてやりたい。揺さぶるたびに最奥に当たった部分がくちゅくちゅと音を立てる。

「アトラ、イく、イっちゃう……っ!」

 そう言ってしがみついてきた彼を抱きしめた時、ふいに耳元で声がした。

「オマエはオレを慰めるのが上手いな、アトラよ」

 おれは言いたい言葉を飲み込んで、トナティルの挑戦的に閃く目を見返す。するとトナティルは《彼》とは似ても似つかぬ笑みを浮かべて言った。

「オマエ、気づいているな? オレの中にいるもう一人のオレに」
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