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元・日本の大学生くんのこれから
24 そして陽はまた昇る(1)
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(今朝は二話同時更新しています)
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一体どれほどの時間が経ったのだろうか。太陽が中天を過ぎ、あのピラミッドのような石の神殿が見えなくなってもアトラは俺を抱えたまま走り続けた。そして陽が暮れかかる頃、ようやく俺を地面に下ろした。すぐ近くに川のせせらぎが聞こえる。
「見ろ、水だ」
アトラが指さす方に清水が湧き出ている場所があった。その途端、ひどく喉が渇いていることに気づく。勢いよく立ち上がろうとして、ぐらりと身体が傾いた。すぐにアトラが腕を伸ばして捕まえてくれる。
「無理をするな。お前はずっと自分の足で歩いていなかっただろう」
「あ、そうだった」
その割に聖壇への石段を登ってこれたのはトナティルに操られていたせいか、火事場の馬鹿力というやつだろうか。
アトラが葉っぱを上手に折りたたんでコップのようなものを作るのを興味深く見守る。それで掬ってくれた水を夢中になって何杯も飲んだ。冷たくて澄んだ水は今まで飲んだどんなジュースや酒より美味しく感じる。
やっと一息ついて、俺はようやく落ち着いてアトラを見ることができた。
背が高くて身体が分厚くて、そしてすごい男前。思えば彼は俺が初めてこの世界で目を覚ました時からずっと俺を助けてくれた。
こうして冷静になってみると、今まで自分がどんな状況にあったのか段々と記憶が戻って来る。
宴が続くにつれて俺の中で本物のトナティルの存在が日に日に強くなってきて、特にここ数日は身体が勝手に動くのを離れたところから眺めているような感覚だった。そして今朝、俺はあの儀式で自分から死のうとした。トナティルがずっと完璧に果たそうとしていた《大事な役目》とは、生贄として自分の命を捧げることだったのだ。そうわかったとたん、ゾッと背筋が凍る。
でもギリギリのところでアトラが助けてくれた。でもどうして?
「なんで俺を助けてくれたの」
ついそう尋ねてしまう。だってアトラたちからしたら俺は偽物で、本物のトナティルを優先するのが当然だろう。するとアトラが俺の前に腰を下ろして答えた。
「お前がトナティルではないからだ」
「え?」
首を傾げた俺にアトラが言う。
「トナティルは生贄として死にたがっていた。だがお前はそうではないだろう」
「そりゃそうだけど……」
そうだ、トナティル。トナティルは今どうしてるんだ?
ハッとした俺にアトラが教えてくれた。
「お前はずっとプルケとネトラの実に仕込まれた薬で、まともにものが考えられなくなるようにされていた。わかるか?」
「えー、ああ、うん……なんとなく……」
やっぱりあの酒に何か混ぜられていたのか。だからずっと頭がぼんやりしてて、疲れ果てているのに勝手に勃起したりしてたのか。俺は今までアトラに散々性的な世話をさせてしまっていたことに気づいて顔が真っ赤になる。
そんな俺の焦りや恥ずかしさに気づいているのかいないのか、アトラは変わらぬ口調でさらに言った。
「お前の首に掛けたヨロトルの種の匂いは毒消しになる。おれたちトルテカの戦士が必ず身につけているものだ」
「毒消し? だからあの時、祭壇で俺は正気に戻れたってこと?」
「そうだ。そしてお前を救うにはお前の中からトナティルの魂を追い出す必要があった。だからその黒い石に呪いを掛けた」
「ま、まじない?」
そう聞き返した俺の首元にアトラが手を伸ばして、首飾りに触れる。
「この黒い石の守りは祭司長やトナティルの目を盗んでおれが磨いたものだ。それは悪しきものを断ち切り魂を守るもの。そしておれはヨロトルの種で毒を消されたお前が目覚めた瞬間に、お前の胸を儀式のための黒曜石のナイフの柄で突いた」
そう言われたとたん、ズキンと胸の痛みが蘇った。見下ろすと剥き出しの胸のそのあたりは強い打ち身のように青黒く鬱血していた。首飾りに触れていた彼の指先が肌を伝い下りて、そっとそこに触れる。
「守りの石の力でトナティルの魂はお前の身体から切り離され、儀式のナイフの力で神の元へと送られた。それがおれのかけた呪いだ」
「そう……なんだ…………」
彼の言葉を頭の中で咀嚼して、なんとか理解しようとする。そして思い出した。「さあ、オレを殺せ!」というトナティルの最後の叫びを。
「ってことは、トナティルはちゃんと生贄として死ねたってこと?」
「彼の魂は。そうでなければ、今もその身体とお前とにしがみついて離れてはいないと思う。どうだ、やつがいるような気配はあるか?」
俺は自分の中のトナティルに向かって何度も呼びかけてみたが何も返ってはこなかった。
「だ、大丈夫みたい……多分」
俺は少し安心して肩の力を抜く。そしてトナティルが俺に言っていた言葉のすべてを脳裏に思い浮かべた。
「……トナティルは、ずっと生贄として立派に死にたいって言ってた。だからその通りになったんならきっと喜んでると思うし、そうであって欲しいって思う」
結局のところ、俺は彼の身体を乗っ取ってしまったようなものだ。それなのに彼の魂が少しでも未練を残していたり不本意な結末を迎えていたのなら彼に対してあまりにも申し訳なさすぎる。
そう言うと、アトラが突然大きく息を吐き出した。そして乱暴に自分の頭をがしがしと掻く。いつも静かに俺を見守っているような穏やかな姿しか知らなかったから、少しばかり驚いて目を丸くした。
「ど、どうしたの? 俺、なんか変な事言った?」
アトラはなんだか困ったような顔をして俺を見る。
「……お前はなぜ自分がトナティルの中にいるのか、知っているのか?」
「え? それは…………そういえばなんでなんだろう」
首をかしげた俺にもう一度ため息をついて、アトラが教えてくれた。
なんでもトナティルが生贄となるご褒美に神様に貰った特別な力で俺の魂を呼び寄せて自分の中にぶっこんだらしい。それも万が一別の神様が妨害して攻撃してきた時の保険替わりとして。
でもそう言われてもあまりにも話が荒唐無稽すぎて俺はただポカンとした顔でアトラを見返すことしかできなかった。
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一体どれほどの時間が経ったのだろうか。太陽が中天を過ぎ、あのピラミッドのような石の神殿が見えなくなってもアトラは俺を抱えたまま走り続けた。そして陽が暮れかかる頃、ようやく俺を地面に下ろした。すぐ近くに川のせせらぎが聞こえる。
「見ろ、水だ」
アトラが指さす方に清水が湧き出ている場所があった。その途端、ひどく喉が渇いていることに気づく。勢いよく立ち上がろうとして、ぐらりと身体が傾いた。すぐにアトラが腕を伸ばして捕まえてくれる。
「無理をするな。お前はずっと自分の足で歩いていなかっただろう」
「あ、そうだった」
その割に聖壇への石段を登ってこれたのはトナティルに操られていたせいか、火事場の馬鹿力というやつだろうか。
アトラが葉っぱを上手に折りたたんでコップのようなものを作るのを興味深く見守る。それで掬ってくれた水を夢中になって何杯も飲んだ。冷たくて澄んだ水は今まで飲んだどんなジュースや酒より美味しく感じる。
やっと一息ついて、俺はようやく落ち着いてアトラを見ることができた。
背が高くて身体が分厚くて、そしてすごい男前。思えば彼は俺が初めてこの世界で目を覚ました時からずっと俺を助けてくれた。
こうして冷静になってみると、今まで自分がどんな状況にあったのか段々と記憶が戻って来る。
宴が続くにつれて俺の中で本物のトナティルの存在が日に日に強くなってきて、特にここ数日は身体が勝手に動くのを離れたところから眺めているような感覚だった。そして今朝、俺はあの儀式で自分から死のうとした。トナティルがずっと完璧に果たそうとしていた《大事な役目》とは、生贄として自分の命を捧げることだったのだ。そうわかったとたん、ゾッと背筋が凍る。
でもギリギリのところでアトラが助けてくれた。でもどうして?
「なんで俺を助けてくれたの」
ついそう尋ねてしまう。だってアトラたちからしたら俺は偽物で、本物のトナティルを優先するのが当然だろう。するとアトラが俺の前に腰を下ろして答えた。
「お前がトナティルではないからだ」
「え?」
首を傾げた俺にアトラが言う。
「トナティルは生贄として死にたがっていた。だがお前はそうではないだろう」
「そりゃそうだけど……」
そうだ、トナティル。トナティルは今どうしてるんだ?
ハッとした俺にアトラが教えてくれた。
「お前はずっとプルケとネトラの実に仕込まれた薬で、まともにものが考えられなくなるようにされていた。わかるか?」
「えー、ああ、うん……なんとなく……」
やっぱりあの酒に何か混ぜられていたのか。だからずっと頭がぼんやりしてて、疲れ果てているのに勝手に勃起したりしてたのか。俺は今までアトラに散々性的な世話をさせてしまっていたことに気づいて顔が真っ赤になる。
そんな俺の焦りや恥ずかしさに気づいているのかいないのか、アトラは変わらぬ口調でさらに言った。
「お前の首に掛けたヨロトルの種の匂いは毒消しになる。おれたちトルテカの戦士が必ず身につけているものだ」
「毒消し? だからあの時、祭壇で俺は正気に戻れたってこと?」
「そうだ。そしてお前を救うにはお前の中からトナティルの魂を追い出す必要があった。だからその黒い石に呪いを掛けた」
「ま、まじない?」
そう聞き返した俺の首元にアトラが手を伸ばして、首飾りに触れる。
「この黒い石の守りは祭司長やトナティルの目を盗んでおれが磨いたものだ。それは悪しきものを断ち切り魂を守るもの。そしておれはヨロトルの種で毒を消されたお前が目覚めた瞬間に、お前の胸を儀式のための黒曜石のナイフの柄で突いた」
そう言われたとたん、ズキンと胸の痛みが蘇った。見下ろすと剥き出しの胸のそのあたりは強い打ち身のように青黒く鬱血していた。首飾りに触れていた彼の指先が肌を伝い下りて、そっとそこに触れる。
「守りの石の力でトナティルの魂はお前の身体から切り離され、儀式のナイフの力で神の元へと送られた。それがおれのかけた呪いだ」
「そう……なんだ…………」
彼の言葉を頭の中で咀嚼して、なんとか理解しようとする。そして思い出した。「さあ、オレを殺せ!」というトナティルの最後の叫びを。
「ってことは、トナティルはちゃんと生贄として死ねたってこと?」
「彼の魂は。そうでなければ、今もその身体とお前とにしがみついて離れてはいないと思う。どうだ、やつがいるような気配はあるか?」
俺は自分の中のトナティルに向かって何度も呼びかけてみたが何も返ってはこなかった。
「だ、大丈夫みたい……多分」
俺は少し安心して肩の力を抜く。そしてトナティルが俺に言っていた言葉のすべてを脳裏に思い浮かべた。
「……トナティルは、ずっと生贄として立派に死にたいって言ってた。だからその通りになったんならきっと喜んでると思うし、そうであって欲しいって思う」
結局のところ、俺は彼の身体を乗っ取ってしまったようなものだ。それなのに彼の魂が少しでも未練を残していたり不本意な結末を迎えていたのなら彼に対してあまりにも申し訳なさすぎる。
そう言うと、アトラが突然大きく息を吐き出した。そして乱暴に自分の頭をがしがしと掻く。いつも静かに俺を見守っているような穏やかな姿しか知らなかったから、少しばかり驚いて目を丸くした。
「ど、どうしたの? 俺、なんか変な事言った?」
アトラはなんだか困ったような顔をして俺を見る。
「……お前はなぜ自分がトナティルの中にいるのか、知っているのか?」
「え? それは…………そういえばなんでなんだろう」
首をかしげた俺にもう一度ため息をついて、アトラが教えてくれた。
なんでもトナティルが生贄となるご褒美に神様に貰った特別な力で俺の魂を呼び寄せて自分の中にぶっこんだらしい。それも万が一別の神様が妨害して攻撃してきた時の保険替わりとして。
でもそう言われてもあまりにも話が荒唐無稽すぎて俺はただポカンとした顔でアトラを見返すことしかできなかった。
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