まだまだこれからだ!

九重

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第二章 平穏な日々ばかりではないようです。

ドワーフの名前は

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 出会った初っ端に、相手から大バカ認定をされたうららだが、何とかドワーフに近づく許可をもらい、その日から彼の世話をすることになる。
 とはいえ半身不随でもパワフルなドワーフに対して暖のすることはあまりなかった。
 なにせドワーフはたいていの事を自分で出来るのである。いざとなれば車椅子無しで手だけでドワーフは移動出来た。

「凄イ! 凄イ! 凄イ!」

 ドワーフの行動力に驚くばかりの暖。
 ドワーフは、まんざらでもなさそうに胸を張った。

「オジイサン、凄イ、チカラコブ! 触ルダメ?」

「ふん! ドワーフに触れたがるとは物好きな奴だな」

「……ダメ?」

 暖は、しょんぼりする。
 実は暖はプロレスファンだったりする。友人の一人に、プ女子――――つまりはプロレス女子がいて、生で試合を見に行ったこともあるくらいだ。派手なアクションと筋骨隆々な肉体美にうっとり見惚れた試合は、楽しい思い出になっている。
 その時見たレスラーたちに負けず劣らずの筋肉が、彼女の目の前にある。

「うっ……好きにしろ!」

 熱い視線を向けられて、ついついドワーフは赤くなりそっぽを向いた。
 暖は大喜びで飛びついた。やっぱりダメだと言われる前にと、慌ててドワーフの筋肉に手を伸ばす。

「うわっ! カッチカッチ!」

 どこかのお笑いコンビを思い出しながら、暖はうっとりと筋肉を愛でた。
 ドワーフはますます赤くなる。

「も、物好きな娘だな。普通の人間の女は、俺の姿を見ると悲鳴を上げて逃げていくもんだぞ」

「エッ! ソンナ勿体ナイ」

 暖はそう言ってドワーフの筋肉を撫でた。

「ア、ツイデニ、マッサージ、スルネ」

 ただ触ってばかりでは申し訳ないと思った暖は、その場でマッサージをはじめてしまう。
 呆れながらもドワーフは好きにさせてくれた。
 触ってみてわかったがドワーフの筋肉はかなりこっている。半身不随の体を両腕だけで支え動かしているのだから当然だろう。
 カチカチの体に、暖は優しくでも的確にツボを押していった。
 ドワーフの体からは徐々に緊張が抜けていく。
 少しでも楽になって欲しくて暖は一生懸命マッサージを続けた。
 ウトウトとしだしたドワーフの様子に、思わず笑みが浮かぶ。

(おじいさんが、少しでも良くなりますように)

 彼女は、心からそう願った。


   ◇◇◇


 それからしばらくして――――
 ドワーフは、自分を呼ぶ声と体を揺する振動に目を開ける。

「良カッタ。起キタ。時間キタカラ、私、帰ル。食事作ッタカラ食ベテ」

 フワッと笑う人間の少女の顔が目の前にあった。
 ドワーフは心底驚く。

「えっ? あ、俺は?」

「良ク、眠ッテタ」

 一瞬何を言われているか理解できなかった。
 歴戦の戦士であるドワーフは、いまだかつて他人の前で寝た事がない。
 それどころか、家族や仲間の前でさえ気を抜いた事はなかった。



「……寝ていた? 俺がか?」

「ハイ。起コシタクナカッタケド、……ゴメンナサイ」

 ポカンとするドワーフ。
 暖は、申し訳なさそうな表情で眉尻を下げた。

「体、ドウ?」

 そう聞かれてドワーフは、自分の体が今まで感じた事がないくらい軽く感じる事に気づく。
 常にあった肩から首、頭までの重いしびれが消えていた。
 グルグルと肩を回せば、信じられないほどにすんなりと腕が動く。
 こんな感覚は久しぶりだった。


「これは!?」


「良カッタ。らくソウ」

 暖は嬉しそうに笑う。
 ドワーフは呆然とした。
 自分の体に何が起こったのかと考え込んだ彼は、――――突如、暖の手をガシッ! とつかむ。
 そのまま有無を言わせぬ力で引き寄せた! 

「キャッ!」

 たたらを踏んで、暖はドワーフにぶつかってしまう。

「何をした!」

「ヘッ?」

 ドワーフの問いに、暖はキョトンとした。

「俺の体に、何をした? 幻覚魔法か? それとも麻薬でも盛ったか?」

「マ、麻薬!? ダメ、絶対!」

 ついついお馴染みのフレーズを叫び返す暖。

「マ、麻薬ダメデス! 痛イナラ、マッサージ、モットスル! ダカラ、早マラナイデ!」

 泣きそうな顔で暖は必死にドワーフに言い募る。彼の手足を一生懸命に擦りはじめた。

 そんな彼女の様子に、ドワーフは自分の考え違いを悟る。
 訝しそうに眉をひそめ…… ふと、暖の手が触れているところが気持ちいい事に気がついた。
 温かくとても柔らかい手を意識する。

 しかも、その感覚は麻痺して何も感じなくなったはずの下肢にあったのだった!

 小さな手が懸命にドワーフの膝を擦っている。
 だからといって、麻痺した足が動いたりするわけではないのだが――――

 それでも、その感覚はドワーフに微かな希望をもたらした。

「お前は、女神か?」

 思わずそうたずねる。

「メ、女神?」




「……そんなはずは、ないか」

 自分で言って自分で否定する。我ながらバカな事を考えたなとドワーフは自嘲した。
 やろうとさえ思えば、片手で簡単に捻り潰せそうな目の前の少女を見る。
 彼女がしたのは、ただのマッサージだ。
 思いの外気持ち良かったが、それ以上の何ものでもないはずで――――






「俺はネモという」

 気づけば、ドワーフはそう名乗っていた。

「ニモ?」

 何故か急に笑いをこらえて暖は聞き返す。
 よもや彼女の脳裏に、赤くて可愛いクマノミの姿が浮かんでいるなんて、ドワーフにわかるはずもない。


「ニモじゃない、ネモだ!」


 それでも彼女の様子から、ニモという名前が彼女にとって笑えるものだと察したドワーフは怒鳴った。


「ネモ。…… ネモ、”ニモ”ノ、モデル小説、船長、名前」


 暖はなおも笑いながら、ドワーフにはわけのわからないことを楽しそうに話し出す。



「笑うんじゃない! ……ウララ!」


 急に名前を呼ばれて暖はびっくりしたように目を見開いた。
 ――――次の瞬間、花が咲いたように笑う。

「ハイ! ニモ!」

「ニモじゃない!」

 ドワーフの家に、今まで聞いたこともないような明るい笑い声が響き渡った。

 この村に住む者全員が驚いたことは、言うまでもないだろう。
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