まだまだこれからだ!

九重

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第三章 魔族にもいろいろあるようです。

暴言許すまじ!

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「あれ? 急にどうしたんだ?」

 殴り飛ばされ追突した壁に背を預けながら、ブラットが驚き顔を上げる。
 ダンケルの顔から血の気が引いた。

「うわっ! ウララ、ショックを受けるな! お前の感情が落ち込むと“奴ら”が攻撃的になるだろう!」

 暖の側に駆けより、顔を覗き込む。
 女性ではなく食料として魅力があると言われたのがよほどショックだったのか、呆然としている暖から返事はない。


 ――――暖は竜玉の持ち主だった。
 体の中の玉を通じ、彼女の状態はそのまま契約者である竜にストレートに伝わるだろう。
 つまり、原因はわからずとも暖がショックを受け落ち込んでいることは、ギオルに伝わるということなのだ。

 ギオルは、『落ちたる竜王』である。
 しかも、ギオルの側には、『エルフの失われた王』たるリオールもいるのだ。

 竜王やエルフの王は世界でも屈指の高位の存在で、彼らはその心の動きだけで世界に影響を与えると言われている存在だ。
 りしたままであれば、影響を与えるほどの力はなかったのだろうが、そんな彼らを暖は癒してしまった。
 往年の力を取り戻した“王”たちが魔界に悪意を抱けば、……影響が出るに決まっている。

 ダンケルは、チッと舌打ちした。

(それにそうだ! あの吸血鬼。あの女は『神を堕落させた吸血姫』じゃなかったか?)

 それは、はるか昔のおとぎ話だ。
 歴代の吸血鬼の女王の中でもずば抜けて美しく賢い女王が、彼女を成敗しようと攻め入った神々の一柱を魅了し神の座を捨てさせた話。

(……ってことは、あの女の伴侶は、堕ちたとはいえ神のはず!)

 神の妻の不興をかった世界が、無事でいられるだろうか?


(どうしてウララの周囲にはとんでもない者ばかりいるんだ!?)

 ダンケルはブルリと身震いする。

 稲妻が空を走り、雷鳴が魔王城をビリビリと震わせた。
 この天候の急変は、暖を守ろうとする彼らの怒りを伝えているのかもしれない。


(なんとかしないと、このままでは魔界に何らかの犠牲が出る可能性もあるぞ…………それに)


 何よりショックを受けている暖をなんとかしてやりたいと、ダンケルは強く思った。


「ウ、ウララ! お前は……その、か、可愛いぞ!」


 口ごもりつつダンケルは叫んだ。
 頭に巻角を生やしたイケメン魔族が、真っ赤になって怒鳴る。

「ウララ、お前は魔界の歪んだ美の基準なんか気にすることはない! えっと……その、お前は、充分愛嬌があるし、美人とは言えなくとも、魅力がないわけではない。……あ、あぁ、少なくとも、俺は、お前を、……こ、好ましい! と、……そう思う」

 それは、しどろもどろの言葉だった。
 「好ましい」と叫んだあたりであからさまに目を泳がせ狼狽えはしたが、見ようによっては可愛いと言って言えなくもない様態である。
 ある意味、もの凄く萌えるシチュなのだが――――



「ダンケル、趣味、悪インデショ……」

 ブラット曰く、ダンケルの女の趣味の悪さは有名なのだそうだ。
 そんな噂のダンケルの言葉では、あんまり慰めにはならない。


「俺の趣味は魔界以外なら普通だぞ! チクショウ! だったらどう言えばいいって言うんだ!?」


 暖に、そう言われたダンケルは髪の毛をかきむしった。
 俺様魔族の動揺する姿に……暖は、たまらずプッと笑いだす。


「は?」

「ゴメン、ダンケル。私、怒ルナイヨ。……ダンケル、可愛イ、言ッテクレテ、嬉シイ」

 もしも魔界の基準で暖が美人だったのなら、人間世界では病人クラスの痩せ過ぎだろう。

(栄養失調なんてもんじゃないかもしれないわよね?)

 それくらいなら、子豚でも仕方ないと暖は思う。
 怒って見せたのは、太っていると言われたことへのちょっとした意趣返しだった。



「……早く言ってくれ。とりあえず良かった」

 乱れた髪のまま、ダンケルはドッと体の力を抜く。
 安堵したようにソファーに座り込む様子に、暖はクスリと笑った。





 ――――そう。暖はダンケルには怒っていない。

(……でも「親豚」発言を許すかどうかは、別問題よね?)

 そう思った暖は、チラリとダンケルの隣に立つブラットに目をやった。
 ともかく軽い印象のダンケルの弟は、疲れ切ったダンケルを同情するでもなく面白そうに見ている。

 暖は、おもむろにブラットの前へと移動した。

「なんだ?」

 少しは警戒感を持ったのだろう、ちょっと引き気味に見てくる魔族の前で袖を捲り二の腕をさらけ出す。
 ギオルのウロコ磨きで鍛えてはいるが、暖の腕は白くまろやかだ。
 その腕を、ズイッとブラットの目の前に差し出してやった。


「うっ」


 ゴクリと、ブラットの喉が鳴る。

(スゴイ。本当に“食べ物”だと思っているのね)

 今にも涎を垂らしそうなブラットに、暖は呆れた。

「おいっ! 止めろ」

 慌ててダンケルが立ち上がる。
 制止の言葉もむなしく、暖の腕を(食べたい!)と、思ってしまったのか、次の瞬間ブラットは酷く呻いて苦しみだした。


「グッ!!……うわぁぁ~! いっ、痛い!」


 頭をおさえ、ブラットはその場でのたうち回る。
 つい先ほども、同じように苦しんだはずなのに、本当に懲りない男だった。
 暖は、面白がってブラットをちょんとつつく。
 ブラットは、ますます苦しんだ。

「……ち、力が抜けていく」

 どうやらラミアーの呪いは、相手が暖に触れるだけでなく暖から触れても有効らしい。
 床に倒れたブラットは、ぐったりとしてそのうちピクピクと痙攣しはじめた。


「人ヲ、豚、言ウカラヨ」


 ざまあみろと暖は思う。

「いや、確かにそいつの自業自得だが……」

 苦しむ弟と満面の笑みを浮かべる暖を、ダンケルは複雑な表情で見比べる。



「あまり、お前には逆らわないようにしよう」



 ポツリとダンケルは、そんなことを呟いた。
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