まだまだこれからだ!

九重

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第三章 魔族にもいろいろあるようです。

その頃日本では……(1)

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 美しい夜景の見えるタワーマンションの一室で、男がぐったりと座っている。
 スラリとした長身を包むのはオーダーメイドのスーツで、男が上流階級に属することは一見しただけで知れる。
 おそらく常ならば一分の隙も無く堂々と立っているだろうと思われる男が、珍しく疲れを見せている理由は、すぐにわかった。

 奥の寝室に続いているドアを開け、白衣を着た女性が出てくる。
 男は弾かれたように立ち上がった。

陽詩ひなたは?」

「薬が効いて眠ったわ。……最近は、発作も落ち着いていたのに、何があったの?」

 今にも寝室に駆け込もうとする男の腕を掴んで引き止めた女性が、行くなと首を左右に振る。
 一瞬眉間にしわを寄せた男は……しかし、諦めたように再びソファーに沈んだ。
 白衣の女性は医師で、夜分遅く発作を起こした彼の妻を往診してくれたのだ。妻の担当医である彼女は、彼と妻が抱える事情も知っている。
 男は、テーブルに置いてあった白い封筒を無言で彼女に示した。
 訝しそうに手紙を手に取り開いた医師は、一読するなり柳眉を逆立てる。


「なに、これ!」

「怪しい手紙は開けるなと言っておいたんだが、差出人が陽詩の高校の同級生だった。同窓会の案内かと思ったそうだ。読んだ時は気丈に振る舞っていたが……寝付いてから発作を起こした」

 白い封筒に書かれた差出人の名前は確かに今どきの女の子のキラキラネームで、こんな名前の同級生がいたら絶対忘れないと思われるようなものだ。
 便箋も手書きの丸文字なのだが、その内容が問題だった。


――――あなたのお姉さんの魂は、山の中を彷徨さまよっています。祈りを捧げ「幸せの国」にお姉さんの魂を送ってあげてください――――

 
 続けて、その「幸せの国」とやらが、いかに素晴らしく永久とこしえの平穏を魂に与える国なのかが書かれ、最後に祈りを捧げるためには「善意の奉納金」が必要だと書かれている。

「タチの悪い宗教団体の手管じゃない。人の心をなんだと思っているの!」

 女性は、手紙をグシャリと握りつぶした。

「既に、差出人とその宗教団体には制裁をくわえるよう指示を出してある。……俺の妻に手を出すなんて愚かな真似をした奴がどうなるか――――身を持って知ってもらう」

 男は物騒な笑みを浮かべた。
 タワーマンションの最上階に居を構える男の地位は高い。
 差出人も宗教団体も、社会的に抹殺されることは間違いないだろう。

「バカな真似をしたものね」

 同情の欠片もない声で、女は言った。
 男はフンと鼻で笑う。


「だいたい、が万が一くたばっていたとしても、山の中を彷徨うはずなんてない。あいつのことだ、気に入った温泉にへばりついてそこの地縛霊になるに決まっている」

 心底憎々しげに男は言った。

「地縛霊って……あなたねぇ。義理でも”お義姉ねえさん”をそこまで言う?」

「……事実だ」

 ムスッとして男は答える。
 女性は肩をすくめ「まあ、そうかもね」と呟いた。
 男の妻の主治医である彼女は、同時に妻の姉の友人でもあった。
 男の言う=男の義姉をよく知っている。

 確かに“彼女”は、無類の温泉好きだった。
 だからこそ、あんな山奥の秘湯に一人で出かけ行方不明になったのだが――――

「………………足取りはまだ掴めないの?」

 ポツリと呟いた彼女の言葉に、男は眉をひそめた。

「使える限りの全ての伝手つてを使って行方を捜させているが、情報の欠片も掴めない。……あいつは、まるで温泉ごと世界から消失したかのようだ」

「そんなバカな」

 何故か彼女が消息を絶った秘湯のお湯は、空っぽになっていた。
 現代のミステリーとしてマスコミを大いに騒がせたのだが、医師である女性は超常現象など信じない人間だ。

「お湯がなくなったのは、ただ単に風呂の栓が抜けただけでしょう?」

 不信感丸出しの女性の声に、男は苦く笑った。

「ああ。だがこうまで行方が知れないと藁にもすがりたい者も出てきてな。……超常現象を探る機関にまで依頼を出そうとしている人もいる」

「ナントカ超能力捜査官とかいうやつ? あんなもの、テレビのやらせでしょう」

「そうではない所もあるんだ。……国家機密レベルだがな」

 疲れたように、とんでもないことを男は言った。

「国家機密って! なんでそんな?」

「うちのじいさんだ。……あいつは、じいさんの温泉友達だったからな」

 男はそう言った。
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