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第三章 魔族にもいろいろあるようです。
その頃日本では……(2)
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男の祖父は、引退したとはいえ、かつてはその言動が世界に影響を及ぼすほどの重要人物だった。
「……え?」
驚く女性医師に、男は苦く笑った。
「言っていなかったか? ……そもそも俺が、あいつと知り合ったのは、じいさんの紹介だ」
彼の義姉は、温泉で祖父と知り合い意気投合したのだという。
年をとり往年の覇気を失い、長年患っていた腰痛も悪化させ温泉で湯治をしていた男の祖父は、彼女と出会い仲良くなり元気を取り戻した。
「あの気難し屋のじいさんに気に入られるだなんて、どんな女狐かと思ったんだが――――」
彼の祖父は、はじめ姉の方を男に娶あわせるつもりで、彼に紹介してきた。
祖父を誑かした女の正体を暴いてやるつもりで会うことを承諾した男は、しかし初対面の席で毒気を抜かれる。
彼女は、祖父の地位も財産もまるで知らなかった。
ごく普通の近所のおじいさんに対するように祖父に接し、祖父もそんな彼女の態度に嬉しそうに破顔する。
それは長年祖父の一番のお気に入りの孫だと自負してきた男が見たことのない祖父の姿だった。
「あいつを一目見た途端、気にくわないと思った。……まあ、それはあいつも同じだったようだが」
まるで不俱戴天の相手のように彼らは同時に敵意を抱く。
しかしそれとは別に、男は、姉と一緒にきていた当時十代の妹の方に心惹かれた。
――――いや、惹かれたなんてものじゃない。一目惚れだ。
その場で結婚を前提にした付き合いを申し込み「このロリコン! 陽詩に近づかないで!」と公衆の面前で罵られたのも、彼が義姉を嫌う理由の一つだ。
義姉は、あの時自分が妹を連れてきてしまったことを一生の不覚として今も深く悔いているという。
「じいさんだけじゃない。あいつの温泉友達は、こう言っちゃなんだがとんでもない人たちばかりだぞ。ほとんどが老人だが政界、財界に限らず各方面でいまだに大きな力を持っている方たちばかりだ。おかげであいつを探し出すのは、現在国家の最優先事項になっている。……表でも裏でもな」
白衣の女性は、目を丸くした。
「裏でもって……そんな、だって、刺青のある人は温泉には入れないでしょう?」
「そうでもない。貸し切りにすれば受け入れる温泉旅館は結構あるみたいだ。そんな貸し切り旅館に、あいつは馴染みの客だっていうんで入れてもらえたようだ。……で、何故か意気投合したらしい」
誰ととは、男は言わなかった。
女性も聞くに聞けない。
痛むかのように頭を抱えた。
「……そうよね。そういうところあるわよね」
義姉の友人である彼女には、思い至るふしもあるのだろう。こめかみをグリグリと自分の指で揉む。
「ああ。しかも、あいつの腹の立つところは、それを全部無自覚でやっているところだ! 自分がどれだけ非常識なのか知りもしないで、のほほんとしてやがる! ……賭けてもいい。俺たちがこんなに苦労している今、あいつはきっとどこかでまたとんでもない大物を引っかけて、のほほんとしてやがるんだ!」
男の叫びに、…………反論できない女性だった。
あの友ならあり得ると、思えてしまうのが辛い。
まあ、流石の彼らもその大物が、魔女だの竜だのエルフだのとは思いもつかなかったが。
「俺は、絶対あいつ――――暖を探し出す! 陽詩のためもあるが、それより何よりあいつにはこの現状を見せて、感謝や謝罪の言葉を言わせなければ気が済まん! 絶対、俺に謝らせてやる!」
拳を握り締め、瞳をギラギラと光らせて決意する、男。
…………こんな男だが、彼が妻を懸命に慰め、守り、心を落ち着かせるために、どれほど苦労しているかを女性は知っている。
彼女は、大きくため息をついた。
タワーマンションの窓に映る煌びやかな夜景に目を馳せる。
「早く、帰って来なさい……暖」
夜の帳に向かい、静かにそう呟いた。
「……え?」
驚く女性医師に、男は苦く笑った。
「言っていなかったか? ……そもそも俺が、あいつと知り合ったのは、じいさんの紹介だ」
彼の義姉は、温泉で祖父と知り合い意気投合したのだという。
年をとり往年の覇気を失い、長年患っていた腰痛も悪化させ温泉で湯治をしていた男の祖父は、彼女と出会い仲良くなり元気を取り戻した。
「あの気難し屋のじいさんに気に入られるだなんて、どんな女狐かと思ったんだが――――」
彼の祖父は、はじめ姉の方を男に娶あわせるつもりで、彼に紹介してきた。
祖父を誑かした女の正体を暴いてやるつもりで会うことを承諾した男は、しかし初対面の席で毒気を抜かれる。
彼女は、祖父の地位も財産もまるで知らなかった。
ごく普通の近所のおじいさんに対するように祖父に接し、祖父もそんな彼女の態度に嬉しそうに破顔する。
それは長年祖父の一番のお気に入りの孫だと自負してきた男が見たことのない祖父の姿だった。
「あいつを一目見た途端、気にくわないと思った。……まあ、それはあいつも同じだったようだが」
まるで不俱戴天の相手のように彼らは同時に敵意を抱く。
しかしそれとは別に、男は、姉と一緒にきていた当時十代の妹の方に心惹かれた。
――――いや、惹かれたなんてものじゃない。一目惚れだ。
その場で結婚を前提にした付き合いを申し込み「このロリコン! 陽詩に近づかないで!」と公衆の面前で罵られたのも、彼が義姉を嫌う理由の一つだ。
義姉は、あの時自分が妹を連れてきてしまったことを一生の不覚として今も深く悔いているという。
「じいさんだけじゃない。あいつの温泉友達は、こう言っちゃなんだがとんでもない人たちばかりだぞ。ほとんどが老人だが政界、財界に限らず各方面でいまだに大きな力を持っている方たちばかりだ。おかげであいつを探し出すのは、現在国家の最優先事項になっている。……表でも裏でもな」
白衣の女性は、目を丸くした。
「裏でもって……そんな、だって、刺青のある人は温泉には入れないでしょう?」
「そうでもない。貸し切りにすれば受け入れる温泉旅館は結構あるみたいだ。そんな貸し切り旅館に、あいつは馴染みの客だっていうんで入れてもらえたようだ。……で、何故か意気投合したらしい」
誰ととは、男は言わなかった。
女性も聞くに聞けない。
痛むかのように頭を抱えた。
「……そうよね。そういうところあるわよね」
義姉の友人である彼女には、思い至るふしもあるのだろう。こめかみをグリグリと自分の指で揉む。
「ああ。しかも、あいつの腹の立つところは、それを全部無自覚でやっているところだ! 自分がどれだけ非常識なのか知りもしないで、のほほんとしてやがる! ……賭けてもいい。俺たちがこんなに苦労している今、あいつはきっとどこかでまたとんでもない大物を引っかけて、のほほんとしてやがるんだ!」
男の叫びに、…………反論できない女性だった。
あの友ならあり得ると、思えてしまうのが辛い。
まあ、流石の彼らもその大物が、魔女だの竜だのエルフだのとは思いもつかなかったが。
「俺は、絶対あいつ――――暖を探し出す! 陽詩のためもあるが、それより何よりあいつにはこの現状を見せて、感謝や謝罪の言葉を言わせなければ気が済まん! 絶対、俺に謝らせてやる!」
拳を握り締め、瞳をギラギラと光らせて決意する、男。
…………こんな男だが、彼が妻を懸命に慰め、守り、心を落ち着かせるために、どれほど苦労しているかを女性は知っている。
彼女は、大きくため息をついた。
タワーマンションの窓に映る煌びやかな夜景に目を馳せる。
「早く、帰って来なさい……暖」
夜の帳に向かい、静かにそう呟いた。
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