もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第4章 魔王様は脱力系?

ひび

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「じゃあ、ここにわたしたちを連れてきてくれたのは、ご主人様だったんですね」

「ええ、そうですよ。慌てていたものだから、私、何も持ってきていなくって。あとでシュロたちに着替えなどを頼もうかと思っています」

 ベッドで横になるショコラの横で、リリィがりんごを剥きながら答えた。
 ショコラが目覚めた次の日。
 まだ体は重いが、意識ははっきりしているショコラに、今まであったことをリリィが話してくれていた。
 窓の外には雪がちらほらと降っているが、ショコラたちが暮らす地域ほどの降雪量ではない。

「あの、ご主人様は……」

 ショコラは遠慮がちに聞いた。
 りんごをウサギ型に剥くと、リリィはそれを皿に並べて、ショコラに渡す。
 それから、少しだけ間を空けて、リリィは言った。

「ラグナル様は、本当はあの地域から出てはいけないのです」

「え?」

 リリィは苦笑して言った。

「ショコラさんには、心配をおかけしないように、と思っていたのですが……でも、ショコラさんは、自分のことを話してくれましたから」

 ショコラは昨日、どうして雪の中に飛び出してしまったのかを、リリィに正直に話した上で、謝った。あとで、館のみんなにも話すつもりだ。
 それがやってしまったことに対する、けじめでもあったから。
 リリィはショコラの話を静かに聞いてくれた。
 余計なことを言わず、話し終えたショコラのことを抱きしめてくれた。
 ショコラにはそれだけでもう、十分だった。

「ちょっとくらい、ラグナル様の秘密を教えたって、いいと思うんです」

 実は、とリリィは言葉を続ける。

「ラグナル様は、怪我をされているのです」

「えぇっ!?」

 ショコラはぎょっとして、食べようとしていたりんごを皿に落としてしまった。

「け、け、怪我を? 一体どこが悪いんですか?」

 ショコラは真っ青になってしまった。
 入院なんかしている場合じゃない。

「ああ、別に身体的なことではないんです。落ち着いてくださいな」

 リリィは苦笑する。

「前に、話したことを覚えていますか? 『魔王の器』というものについて」

 ショコラは混乱する思考を落ち着かせて、頷いた。
 魔王の器。
 それはあまりにも強大すぎる女神のエネルギーを内包するためのもの。

「ラグナル様は今……その『魔王の器』が壊れかけている状態なのです」

「え?」

「ラグナル様には本当にいろんなことがありました。そんな中で、『器』に罅が入ってしまったんです。だからそれを修復するために、あの魔素の濃い地域で生活していらっしゃいます」

「……」

 ショコラは泣きそうになってしまった。

「『器』が壊れてしまったら……」

「そうです。ラグナル様が死ぬだけでなく、この大陸全土に影響が出ます。その影響は計り知れません」

 ──死ぬ。

 その言葉が、ショコラの胸に重く響いた。

「っていっても、そう簡単に壊れはしませんよ。ラグナル様は強いですから。ただ、ほんの少しだけ、罅が入ってしまっただけなんです」

「でも……」

 たまらなくなって言葉を紡ごうとするショコラに、リリィは笑ってみせた。

「ショコラさん、ムンバ先輩の『省エネモード』覚えていらっしゃいますか?」

「え?」

 唐突に何を言うのかと、ショコラは目を瞬かせる。

「あの……エネルギーを節約するやつのことですか?」

「そうそう。ラグナル様もそれと一緒で、今は省エネモードなんです。それで力をためているんです」

「省エネ……」

「できるだけ魔法を使わず、体の回復に努める。そのために今、のんびりだらだらされているんです。っていっても、元の性質からして、あんな感じなんですけどね」

 リリィはショコラがもっていた皿の上からりんごをとって、しゃくしゃくと食べた。
 ショコラは耳をしょんぼりさせて、つぶやく。

「それなのに、ご主人様は、わたしを何度も助けてくれました……」

 それは、ラグナルの体に負担をかけてしまうようなことだったのだろう。
 病院へ連れてきてくれたというのも、そうだ。

「それだけあなたが大切だということですよ」

 りんごを食べながら、リリィが呑気にそういう。

「わかりますか? ショコラさん。あなたは大切にされているんです。とても」

「……」

「だからショコラさん。ラグナル様が大切にしているものは、あなたも大切にしないといけません。私の言ってる意味、わかりますか?」

 リリィはりんごを食べて、微笑んだ。

「これからは、もっと自分を大切にしましょう。ショコラさんはそれが苦手みたいですから、自分を大切にする練習をしましょう」

「大切に、する……」

 ショコラは眉を寄せた。
 本当にそれでいいのかと、疑問に思ったからだ。

(わたしなんかが……いいのかな)

 けれどショコラの思考を読んだかのように、リリィが言った。

「いいんですよ」

「!」

 リリィはショコラの目を覗き込んだ。

「自分を大切にできて初めて、相手のことを心から大切にできるのですから」

 ショコラは心から思った。
 この人がいてくれてよかったと。
 お母さん、というのは、リリィみたいな人のことなのかもしれない。

「早く、ラグナル様のところに帰りたいですか?」

 そう聞かれて、ショコラはこくこくと必死に頷いた。
 怪我の話を聞いてから、余計にそばに行きたいと思ってしまう。
 ショコラはあの日、雪の中であったことを、ほぼ覚えていなかった。
 ただ、あの場にいたのはラグナルで、ショコラはラグナルと言葉を交わしたと思っている。昔見た男と似ているような気がしたが、それは幻か何かだと感じていた。

「だったら、どうすればいいか、もうわかりますね」

 ショコラはちょっと考えてから、眉を寄せて笑った。
 自分のこともままならない人が、誰かの役に立てるわけがない。
 ラグナルに、館のみんなに恩を返したいのなら、ショコラがやらなければいけないことはたった一つだ。

「……ゆっくり休んで、体をちゃんと治します」

「百点満点です。いい子ですね」

 リリィに頭をなでられて、ショコラはしっぽをゆるゆると振ったのだった。
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