もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第4章 魔王様は脱力系?

入院中はお静かに!

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「はーい、ちょっとチクッとしますよ~」

「~っ!」

 震え上がって嫌がるショコラをなだめすかして、筋骨隆々のおばちゃん看護師が、ぷすりと点滴の針を腕に刺した。
 ショコラは声にならない悲鳴をあげて、涙をこぼす。

「はい、もう終わりましたよ。いい子でしたね」

「ううう……」

 テープで固定して、処置は完了。
 投薬のスピードを調整して、看護師は部屋から出て行った。
 ボロボロと泣いているショコラを見て、リリィが苦笑していた。

「そりゃあ、針が好きなんて人はいないですよね」

「なんでこんな……おそろしい……」

 ショコラはベッドで呆然と天井を眺めたのだった。

 入院生活も五日目に入った。
 ショコラはずっと点滴というものを受けていたのだが、これがまた、ショコラにとっては恐ろしくてたまらなかった。
 針を体内にいれ、そこから薬を流すなんて、正気の沙汰じゃない。
 ショコラの嫌いなものランキング一位に、見事に注射はランクインした。
 早く退院したいと思うショコラなのだった。

 ◆

「すかぽんたん犬ーーー!!!!」

 ドカーン! と勢いよく病室のドアが開いたのは、ちょうどお昼ごはんを食べようとしていた時だった。
 ショコラもリリィもぎょっとしてドアを見れば、そこには赤髪のルーチェを筆頭に、館の住人たちが立っていた。ミルとメルもいる。

「おいアホ女! お前マジでふざけんな! うるせぇんだよ!」

 ルーチェのあまりにも粗雑なドアの開け方に、ヤマトがキレている。ヤマトは口は悪いが、わりと礼儀は重んじる方だ。

「うるさいのよ! 来てやるだけありがたいと思いなさいよ!」

 ギャンギャンと喧嘩をし始めた二人をかき分けて、ミルとメルがばひゅーんと飛んできた。

「「ショコラー!!!」」

「うわっ」

 点滴をしている腕で受け止めたくないとショコラが焦れば、すんでのところでグワシ、とリリィが二人の首根っこを掴んだ。

「まったく、ミルとメルは置いてきてっていったじゃないですか」

「いやぁ、お二人が行くと聞かなくて」
 
 シュロが苦笑いをした。
 その手には大きなバスケットを持っている。
 果物やお菓子が入っていた。
 食い荒らされているような気がするのは、気のせいじゃないだろう。

「ショコラさん、大丈夫ですかな」

 優しくそう問いかけるシュロに、ショコラは頷いた。

「はい。ご心配とご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」

「ショコラさんが無事だったら、わたくしはなんでもいいのです」

 シュロのあたたかな手が、ショコラの手を包み込んだ。
 ショコラは自然と、笑顔になった。
 あったかい。
 安心する温度だ。
 喧嘩を終えたのか、ルーチェとヤマトもやってきた。

「ふんっ。何? こんな立派な個室とっちゃって。あんたなんか、動物病院でじゅうぶぅげへえっ!」

「「見てー!」」

 ルーチェの顎にミルの頭がヒットした。
 メルもベッドによじのぼって、何やらショコラに差し出す。

「おもちゃ屋さんで買ったの!」

「お人形買った!」

「「ショコラ、あそぼー!!」」

「あんたたちねぇ、ちょっとは静かにしなさいよ!? 舌切ったじゃないのよ!!!!」

「「縫ってもらえばー??」」

「ふざけんじゃないわよ!!!」

 ルーチェはバッグを振り回して、双子を撃墜しようとしていた。
 もう病室はめちゃくちゃである。
 幸いなことに、ルーチェはミルメルを追いかけて外へ出て行ったため、しばらくして病室は静かになった。

「ほんと、何しに来たのかしら」

 嵐の去った病室で、リリィがため息をつきながら、ヤマトとシュロのために椅子を用意した。

「ショコラさんは、ご飯をゆっくり食べてくださいね」

「は、はい」

 ショコラは食べて体力を回復することが優先なので、とりあえず食事に手をつける。

「なんだよ、病院食って結構うまそうだな」

 それを見たヤマトが、へえ、と声を出した。
 ショコラも頷く。

「おいしいですよ。なんか朝になったら麺かごはんかのアンケートがきたりします」

 豆腐だと思ったらミルクプリンだったりして、結構病院の食事は美味しいし、楽しかった。

「も、もちろんヤマトさんのお料理の方がおいしいです!」

「ばか、こんなときまでおべっか使うなよ」

 ヤマトが苦笑した。
 リリィは人差し指を立てて言う。

「下の食堂で食べられますよ。最近は健康のために食べに来る人が多いらしいです」

「へえ、帰りに食ってこうかな。ラグナルの世話も面倒だし、のんびり帰りたいんだよな」

 ヤマトがため息をついて言った。
 ショコラの耳がぴーんと立つ。

「ご、ご主人様は、どうされていますか?」

「どうされているも何も」

 ヤマトとシュロは呆れたように視線をかわす。

「あいつ、一日中ベッドから出てこないんだぜ」

「ショコラさんが起こさないと、もうむりですな、あれは」

「!」

 ショコラはいてもたってもいられなくなった。
 今すぐ、ラグナルの元へ行きたいと思ってしまう。
 そわそわしているショコラを見て、シュロが苦笑する。

「ショコラさんがいないと、なんにもできなくなっていますね、あの人は」

「毎日退屈そうだしな」

「……そう、なんですか」

 不甲斐なさを感じると同時に、なぜかほんの少しだけ嬉しくなってしまった。
 どうしてだかわからないけれど。

「……ショコラ、早く帰りたいです」

 思わずそんなことをつぶやくと、リリィが笑った。

「ほら、じゃあ、しっかり食べてくださいな。体を回復させないと、いつまでたっても退院できませんよ」

 ショコラはこくこくと頷いた。
 と同時に、病室のドアが開いた。

「?」

 全員がそちらを見る。
 そこには、ショコラの腕に点滴の針を刺したあの筋骨隆々の看護婦が立っていた。左手にはルーチェを、右手にはミルとメルの首根っこをまとめて持っている。

「三〇一号室、ショコラさん」

「はひっ!?」

 ゴゴゴ、とものすごい威圧感を感じ、ショコラは震え上がった。

「入院中は、お静かにお願いいたします」

「おしずかになの」

「しー」

 メルとミルも珍しく震え上がっていた。
 ルーチェに至っては、真っ青である。

「次このように迷惑なお客を連れてきたら……」

 三人をぽいっと捨てると、看護婦はショコラのデザートであるりんごを握り潰した。

「ひぃっ!!」

 部屋にいる全員が真っ青になる。

「大変なことになりますよ」

 ショコラはガクガクと頷いたのだった。
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