スイート・パルファム

天汐香弓

文字の大きさ
2 / 7

知らない香り

しおりを挟む
ホームルームの終了と同時に逃げるように学校を出ると急いでホームに駆け込む。
とりあえずここまで来れば部活の勧誘も来ないだろう。安堵してスマートフォンを開くと胸ポケットの名刺を出してメールボックスを開くとメールを打ち込んでいく。
今朝、駅で助けていただいたものです。ありがとうございました。そうメッセージを送ると滑り込んできた電車に乗り込む。
「なにかお礼したいな……そうだ!」
頭に思い浮かんだことに笑顔になると、乗った駅ではなくひとつ先の駅で降りると小さな店に入った。
壁にかかる製菓材料をいくつか手に取り購入すると鼻歌を歌いながら帰路についた。

帰宅した優が早速購入した材料を広げクッキーを作り始める。
はちみつと生クリームとバニラビーンズで焼き上げたクッキーの出来に満足してボックスに入れると部屋に戻った。
「お礼にはならないかもだけど……気持ちだけだから」
そう言いながら鞄から、小箱を出すと開けてみた。
「香水だ……」
手近な紙に吹き付けてみると、爽やかな香りが広がる。
「すごい……爽やかなのにクセのない香りだ……お礼言わなきゃ」
スマートフォンを開くと和真からメッセージが来ていた。
困っている時はお互い様だよ。それとこれは会社のアドレスだから、よければこちらの方に連絡してもらえたら、そう書かれた内容に新しく書かれていたアドレスにメッセージを打ち込んでいく。
いただいた香水、とても爽やかでクセもなく使いやすいものをありがとうございました。大事に使わせていただきます。そう書いて送ると直ぐに返信が返ってきた。
喜んでもらえたなら良かった。ところでそろそろ名前を教えてくれて欲しいな。という返事に一瞬考えて、明日同じ時間にお会いしたいという返事と共に名前を添えてメッセージを送った。
「やっぱりこういうの慣れないな……」
クラスチャットも開かないような人間がここまでメッセージを返したのだ。もう十分だろう。
スマートフォンを閉じると宿題を始めた。

クッキーの入った小さな紙袋を手に階段をのぼる人を優は待っていた。
「和真さん……おはようございます」
ようやく見つけた和真を見つけると、小さく手をあげた。
「おはよう、優」
「すみません、お呼びたてして……実はこれをお渡ししたくて」
そう言って優が紙袋を差し出す。
「ありがとう」
「香水のお礼もしたいんですけど……何がいいかわからなくて」
「それなら明日の土曜でいいから、ドライブに付き合ってくれないか?」
「それはもちろん構いませんが……」
「決まりだな」
片目を閉じた和真が優の背を押した。
「そろそろ電車が来る。行こう」
丁度滑り込んできた電車に列に並んで乗り込む。
「そうだ。明日は何も匂いをつけないで来てくれないか?」
「はい。うちは柔軟剤も使わないから大丈夫ですけど」
「そうしてくれると助かる」
ふっと笑う和真に優も笑顔を向ける。
カタンカタンと揺れる電車の中で特に話すこともなく、ただ窓の外を見ているだけなのに、居心地がいいと感じていた。
高校の最寄駅に到着し、電車を降りると和真が片手をあげた。
「後でメールする」
「はい」
一礼し優が走って立ち去ると和真がふっと目を細めた。
「いい人認定されたな」
昨日はたまたま車ではなく電車で出勤していただけだった。その時に困っている高校生を見つけて助けただけだった。
だが助けた高校生は際立つ美貌で一瞬にして心を奪われた。
彼を困らせたあの男と同じムジナになるつもりはなかったが、どうやら自分はいい人で、警戒のいらない相手だと認識されたのだ。
電車を降り自社ビルのある建物に向かって歩きながら優の顔を思い浮かべる。
アプローチはゆっくりしたほうがいいだろう。そう思いながら社長室に足を踏み入れた。
空気清浄機が稼働する音が響く部屋の中でデスクにカバンと紙袋を置いた。
紙袋の中身はなんだろうそう思い中身を出すとクッキーが出てきた。
手作りらしいそれに口元を緩め、席に座るとクッキーを一枚取り出す。
口に含もうとして通常の店で食べるものから香るバニラビーンズの香りとは違う豊かな芳香と微かなエキゾチックな香りを捉えて、感心したような顔をした。
「これならバニラでもメンズアイテムに使えるな」
そう言って一枚食べると立ち上がった和真が上着を脱ぎ社長室を出て下の階に向かうと、白い実験室のような部屋に入った。
ロッカーから白衣を取り出し白衣を着るとノートを広げ棚から液体を取り出し試験管に入れ調合していく。
しばらくメモを取りながら調合していくが、クッキーの香りに程遠い。
「違うな……」
バニラエッセンスがベースだからとそこから感じたエキゾチックなあの香りを継ぎ足していくがやはり違う。
「なんだ、朝から熱心だな」
「村上……」
その時声が聞こえて振り返ると和真と同じ年ぐらいの男がロッカーから白衣を出して袖を通していた。
「バニラか。お前らしくない匂いだな」
村上は鼻を動かすと肩を竦めた。
「ベースはバニラだが、違うんだ……」
「まあ、お前だからなにかあるんだろうが、これはな……」
チープなバニラの芳香に顔を歪め試験管の中を捨てると和真が大きく息を吐いた。
「今朝もらったクッキーの香りを再現したいんだ」
「クッキー?なんだ?ナンパか?」
村上が珍しげに和真の脇を突く。
「昨日、たまたま電車で通勤してたらホームでトラブルに巻き込まれてた高校生がいて、助けたんだ。その礼だよ」
「お前がそういうのを貰ったってことは、好みのタイプだったんだな?」
村上に言われ綺麗なその顔を思い出した。
「そうだな。美人、ではあったが昨日おっさんに口説かれて困ってたから、多分、な」
「ああ、ノンケか」
村上の言葉に頷くと村上がポンと肩を叩いた。
「まあ、次の出会いを探そうぜ?今夜どうだ?」
「いや、明日はその子とドライブに行く約束があるんだ。だから飲めないんだよ」
「なんだ?ノンケに手を出すのか?」
村上の意外そうな言葉に和真が肩を竦めた。
「礼がしたいと言われたから、明日の時間潰しに付き合ってもらうんだよ」
社長業の傍ら調香師でもある和真にとって週末は人口物の匂いをリセットする時間だった。
「しかし、大丈夫なのか?」
村上が気にするのも仕方がなかった。
週末は人工的な香りから遠ざかりたいと願うのに、付き合う人間は和真の気を引こうと香りを纏うことが多いのだ。
「一応頼んではおいたからな。さて、戻るよ」
白衣を脱いだ和真が部屋を出ると社長室に向かう。
社長室のドアを開け、腰を下ろすと紙袋を机の端に置き仕事を始める。
昼休みになりスマートフォンを開くと優からのメッセージが来ていた。
ドライブならお弁当を作ってきましょうかと書かれていて、山か海かに出かけて弁当を食べるのも悪くないな、と思い明日は十時に駅のロータリーに迎えに行くこと、弁当を楽しみにしていると返事を書くとスマートフォンを閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

処理中です...