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齟齬
百六十九.悪評の宗易
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幽斎の話は続く。
「今井殿も津田殿も大殿に大層可愛がられておりましたからなぁ。宗易殿もそれなりに大殿に重宝されておられましたが、かの御二人の気に入られようには程遠くぅ・・・。」
「ふぅぅんっ、わしはその頃のことはよう知らんがぁ・・・。御二人の心の内はおもしろくねぇっちゅうわけじゃなっ。」
「宗易殿は禅の道にも徹底した御人でしてなっ。宗易殿のお考えでは、御公家衆もそこいらの百姓も違いはなく、皆等しいそうでぇ・・・。ですから百姓出の筑前殿がどんどん出世を遂げられるのが痛快らしく、むしろ宗易殿にとっては大殿よりも筑前殿の方が相性が良いのでございましょう。」
「そこがおもしろいっちゃぁ、おもしろいんじゃがのぉ・・・。しかし商人には嫉妬なんぞ縁がねぇと思うとったがぁ・・・、そうでもねぇんじゃのぉ。」
「まぁっ、所詮あの方々も人でありますからな。ですが宗易殿の評判が悪いのはそれだけではございませんでしてぇ・・・。」
官兵衛は少し前屈みになる。
「何じゃぃ、まだあるんかぇ・・・。」
「はいぃっ。わたくしだけでなく皆様もそうだと察しますが、宗易殿は堺の全うな商人であると思っておられませぬかぁ。」
「違うんかぇ。」
「わたくしどもの手前ではそうでございます。しかし茶なぞ存ぜぬ田舎に参りますと、宗易殿は悪徳に豹変するとの噂がありましてぇ・・・。」
「いつも見る穏やかな御人じゃなくなるっちゅうんかぇ・・・。」
「あくまで噂でございまする。とはいえ、もし真であれば、宗易殿が今頃商人として名を馳せてはおられることはなかったでありましょう。噂によると宗易殿は人多い華やかな地では大人しくしているものの、いざそこから離れるとそうではなくなるようでぇ・・・。」
「どんな風になるっちゅうんじゃぃ。」
「まさに銭のためなら鬼畜の如く・・・といったところでしょうか。わたくしめが訊いた長話ですが、十年ほど前、宗易殿は西国のとある村を訪れたそうです。村には禅寺があり、宗易殿はそこで修行と称してしばらく居着いたようです。宗易殿は寺の手伝いといって、風呂敷に包まれた壺を取り出し、それで水汲みを始めました。壺はどこにでもあるような見窄らしいものでしたが、住職らはそれを宗易殿が丁重に包んで持ち運んでいたのを不思議に思い、それが如何なる物か尋ねたそうです。」
「ほぉっ・・・。」
「宗易殿が申すには、『かの壺は、使っていると銭が寄ってくる壺で、京や堺の商人たちは皆こぞってこれを手に入れるものだ。』と・・・。『身銭を持たぬわたしが、世話になっているこの寺にしてやれることは、この壺を使って水汲みをし、いずれ銭がここへ舞い込んでくるようにすることだけじゃ。』と・・・。」
「んな、阿呆なぁ・・・。いくら田舎者でもそんなこと信じる輩はおらんじゃろぉ。」
「確かに住職や村人らも最初は信じてはおりませなんだ。ですがそれから一月ほどして、ある商人がこの村へやってきて、材木蔵を建てたいので土地を譲ってほしいと云ってきたのです。水田を勝手に譲るわけにはいかないので住職が寺の一角を譲ったのですが、その折に商人が払った銭が大層な額だったそうで・・・。この一件で村人たちは宗易殿の云っていたことをにわかに信じるようになりました。」
「胡散臭いのぉ・・・。」
「村人たちは宗易殿を待遇し、宗易殿に村にいつまでも居続けてもらいたいと願い出ましたが、宗易殿は『自身は修行の身。いつまでもこの地に留まるわけにはいきませぬ。』と応えました。また村人らが壺を譲ってほしいと嘆願したときには、『かの壺はわたくしの恩ある方から授かった物。いくら皆様の願いとはいえ、そればかりはお許しくだされ。』と断られました。」
「ふぅぅむっ、んでっ、んでっ・・・、それからどうなったんじゃ。」
「村人たちは諦めきれず、幾度も宗易殿に懇願されたそうで・・・。困った宗易殿は『では、この壺と同じ物を売り捌いている誼の商人を堺から呼び寄せますので、その方とご相談くだされ。』と云ってその村を立たれました。しばらくして壺売りの商人が村にやってきたのですが、村人に突きつけたのは法外な額の銭でした。」
「いよいよ怪しいのぉ・・・。」
「村人たちは諦めかけたのですが、村を見て回ったその壺売りが『あの寺の御本尊なら、この壺の額に見合いましょう。』と持ちかけると、欲に眼が眩んだ村人たちは住職の反対を押し切って、御本尊を盗み出しぃっ・・・。」
「っかあぁぁっ・・・、そこまでやるかぁっ。えげつねぇのおぉ・・・。」
「そして官兵衛殿の御想像通り、商人はただの壺を置いて御本尊を持ったまま姿を消したというわけです。もちろん、最初から宗易殿と材木商人と壺売りが結託して謀ったことでありましょう。」
「んでっ、村はぁ・・・、寺はぁ・・・、どうなったんじゃぁ。」
「御本尊のない寺なぞに誰も寄り付くことはございません。結局、身入りのなくなった住職は寺の一角を買った材木商人に残りの敷地をただ同然で譲った後、何処かに消えてしまい申した。そしてその様子を見届けた村人たちからは、いつしかその壺の存在は消え失せ、というよりも欲に塗れた己を恥じ、壺のことを口にしたがらなくなったそうでございまする。真偽は分かりませぬが、御本尊は博多で明の商人に売り捌かれたとか・・・。」
「しっ、しかしぃっ、それは真に宗易殿の仕業なんかぁ・・・。」
「安芸や周防では何件かあった話だそうですが、その全ての現地に赴き、具に調べ尽くした僧がおりまして、その者が堺で商いを営む宗易殿を見て間違いないと強く申しておるようなのですが・・・、何せ確たる証がございませぬ。」
「ちぃと恐ろしゅうなってきたのぉ。確かに宗易殿は何もない処から、不思議と銭を生み出すような御人じゃぁ。」
「今井殿や津田殿といった名のある商人は、相手と己の両方が満足する商売を心掛けます。騙すは一刻は良くても、長続きは致しませぬ。それに対して宗易殿はそもそも禅僧であるせいか、少々変わった考えの持ち主のようで・・・。それが他の商人衆には気に食わないのでしょう。」
官兵衛の脳裏にふと不安が過ぎる。
「筑前殿も騙されとるんかぁ・・・。」
「さぁてぇ、どうでしょう。ただそうだとしても、人を見抜く力が長けておられる筑前殿なら、いずれ宗易殿の本性を見極められるでしょう。」
「今井殿も津田殿も大殿に大層可愛がられておりましたからなぁ。宗易殿もそれなりに大殿に重宝されておられましたが、かの御二人の気に入られようには程遠くぅ・・・。」
「ふぅぅんっ、わしはその頃のことはよう知らんがぁ・・・。御二人の心の内はおもしろくねぇっちゅうわけじゃなっ。」
「宗易殿は禅の道にも徹底した御人でしてなっ。宗易殿のお考えでは、御公家衆もそこいらの百姓も違いはなく、皆等しいそうでぇ・・・。ですから百姓出の筑前殿がどんどん出世を遂げられるのが痛快らしく、むしろ宗易殿にとっては大殿よりも筑前殿の方が相性が良いのでございましょう。」
「そこがおもしろいっちゃぁ、おもしろいんじゃがのぉ・・・。しかし商人には嫉妬なんぞ縁がねぇと思うとったがぁ・・・、そうでもねぇんじゃのぉ。」
「まぁっ、所詮あの方々も人でありますからな。ですが宗易殿の評判が悪いのはそれだけではございませんでしてぇ・・・。」
官兵衛は少し前屈みになる。
「何じゃぃ、まだあるんかぇ・・・。」
「はいぃっ。わたくしだけでなく皆様もそうだと察しますが、宗易殿は堺の全うな商人であると思っておられませぬかぁ。」
「違うんかぇ。」
「わたくしどもの手前ではそうでございます。しかし茶なぞ存ぜぬ田舎に参りますと、宗易殿は悪徳に豹変するとの噂がありましてぇ・・・。」
「いつも見る穏やかな御人じゃなくなるっちゅうんかぇ・・・。」
「あくまで噂でございまする。とはいえ、もし真であれば、宗易殿が今頃商人として名を馳せてはおられることはなかったでありましょう。噂によると宗易殿は人多い華やかな地では大人しくしているものの、いざそこから離れるとそうではなくなるようでぇ・・・。」
「どんな風になるっちゅうんじゃぃ。」
「まさに銭のためなら鬼畜の如く・・・といったところでしょうか。わたくしめが訊いた長話ですが、十年ほど前、宗易殿は西国のとある村を訪れたそうです。村には禅寺があり、宗易殿はそこで修行と称してしばらく居着いたようです。宗易殿は寺の手伝いといって、風呂敷に包まれた壺を取り出し、それで水汲みを始めました。壺はどこにでもあるような見窄らしいものでしたが、住職らはそれを宗易殿が丁重に包んで持ち運んでいたのを不思議に思い、それが如何なる物か尋ねたそうです。」
「ほぉっ・・・。」
「宗易殿が申すには、『かの壺は、使っていると銭が寄ってくる壺で、京や堺の商人たちは皆こぞってこれを手に入れるものだ。』と・・・。『身銭を持たぬわたしが、世話になっているこの寺にしてやれることは、この壺を使って水汲みをし、いずれ銭がここへ舞い込んでくるようにすることだけじゃ。』と・・・。」
「んな、阿呆なぁ・・・。いくら田舎者でもそんなこと信じる輩はおらんじゃろぉ。」
「確かに住職や村人らも最初は信じてはおりませなんだ。ですがそれから一月ほどして、ある商人がこの村へやってきて、材木蔵を建てたいので土地を譲ってほしいと云ってきたのです。水田を勝手に譲るわけにはいかないので住職が寺の一角を譲ったのですが、その折に商人が払った銭が大層な額だったそうで・・・。この一件で村人たちは宗易殿の云っていたことをにわかに信じるようになりました。」
「胡散臭いのぉ・・・。」
「村人たちは宗易殿を待遇し、宗易殿に村にいつまでも居続けてもらいたいと願い出ましたが、宗易殿は『自身は修行の身。いつまでもこの地に留まるわけにはいきませぬ。』と応えました。また村人らが壺を譲ってほしいと嘆願したときには、『かの壺はわたくしの恩ある方から授かった物。いくら皆様の願いとはいえ、そればかりはお許しくだされ。』と断られました。」
「ふぅぅむっ、んでっ、んでっ・・・、それからどうなったんじゃ。」
「村人たちは諦めきれず、幾度も宗易殿に懇願されたそうで・・・。困った宗易殿は『では、この壺と同じ物を売り捌いている誼の商人を堺から呼び寄せますので、その方とご相談くだされ。』と云ってその村を立たれました。しばらくして壺売りの商人が村にやってきたのですが、村人に突きつけたのは法外な額の銭でした。」
「いよいよ怪しいのぉ・・・。」
「村人たちは諦めかけたのですが、村を見て回ったその壺売りが『あの寺の御本尊なら、この壺の額に見合いましょう。』と持ちかけると、欲に眼が眩んだ村人たちは住職の反対を押し切って、御本尊を盗み出しぃっ・・・。」
「っかあぁぁっ・・・、そこまでやるかぁっ。えげつねぇのおぉ・・・。」
「そして官兵衛殿の御想像通り、商人はただの壺を置いて御本尊を持ったまま姿を消したというわけです。もちろん、最初から宗易殿と材木商人と壺売りが結託して謀ったことでありましょう。」
「んでっ、村はぁ・・・、寺はぁ・・・、どうなったんじゃぁ。」
「御本尊のない寺なぞに誰も寄り付くことはございません。結局、身入りのなくなった住職は寺の一角を買った材木商人に残りの敷地をただ同然で譲った後、何処かに消えてしまい申した。そしてその様子を見届けた村人たちからは、いつしかその壺の存在は消え失せ、というよりも欲に塗れた己を恥じ、壺のことを口にしたがらなくなったそうでございまする。真偽は分かりませぬが、御本尊は博多で明の商人に売り捌かれたとか・・・。」
「しっ、しかしぃっ、それは真に宗易殿の仕業なんかぁ・・・。」
「安芸や周防では何件かあった話だそうですが、その全ての現地に赴き、具に調べ尽くした僧がおりまして、その者が堺で商いを営む宗易殿を見て間違いないと強く申しておるようなのですが・・・、何せ確たる証がございませぬ。」
「ちぃと恐ろしゅうなってきたのぉ。確かに宗易殿は何もない処から、不思議と銭を生み出すような御人じゃぁ。」
「今井殿や津田殿といった名のある商人は、相手と己の両方が満足する商売を心掛けます。騙すは一刻は良くても、長続きは致しませぬ。それに対して宗易殿はそもそも禅僧であるせいか、少々変わった考えの持ち主のようで・・・。それが他の商人衆には気に食わないのでしょう。」
官兵衛の脳裏にふと不安が過ぎる。
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