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駆引
百三十三.弱音の正国
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天正十一年一月二十三日 辰の刻
「うぅぅっ、寒いっ。」
曇り空の長浜の琵琶湖からの風が冷たい。岸辺の山路将監正国は北の飯浦へ、そしてそこからさらに北へ運ぶ材木を勘定している。この材木は秀吉が命じた柴田勢に対抗する砦の建築に使用する。秀吉は最優先で前線の東野山、堂木山、神明山の砦を強固に造るよう指示したが、現地の材木だけで足りない分は後方の岩崎山、大岩山の砦の普請の現場から充てがう目算であった。しかし思ったよりも木を切り出して運ぶのに手間取ることが分かり、急遽長浜の材木商から材木を買い取って、現地へ運び入れることとなった。正国は長浜から砦の最前線までそれらを運び、そのまま駐留するよう命じられていた。
「ふうぅぅっ、あっちも寒いじゃろうのぉ・・・。じゃが敵が来る前にしっかり支度しとかにゃあかんからなぁ・・・。寒いなんて云うてられんのぉ・・・。」
「いやっ、聞いちまったぞぃ・・・。」
突然背後から声を掛けられ、驚く正国が振り向く。
「こっ、小一郎様ぁっ・・・。驚かさんでくださいませぇっ・・・。」
小一郎は笑っている。
「ははははっ、すまんっ、すまんっ。斯様な仕事、わし以外にやる者なぞほとんどおらんからのぉっ・・・。ついぞ嬉しくなって、驚かせたくなったんじゃぃ。」
「盗み聞きしてるなんて、悪趣味ですぞぉ。」
「悪かったっ、悪かったぁっ。こんで勘弁してくれやぁ・・・。」
小一郎は何かを包んだ風呂敷を正国に渡す。正国は風呂敷の中を覗き込む。
「こっ、これはぁ・・・。」
「おぉっ、お主んとこぉっ、また子がでけたそぉじゃねぇかぁ。ほんに奥方とは仲睦まじゅうてえぇのぉっ。そんでこないだ偶然、そないな玩具も扱っちょる商人に出会したんで、お主に渡してやろぉと買ぉといたわぃ。まぁっ、貰ぉてくれやぁ・・・。」
「これは忝うございまする。小一郎様にこんな気を使っていただいてぇ・・・。」
「何のっ、何のぉ。これからしばらく長浜を留守にするんじゃぁ。こんでもって子供とたっぷり遊んでやってから出立しちゃれやぁ・・・。」
正国は深く一礼する。その様に照れ臭さを覚える小一郎は話を逸らす。
「そんでぇっ、材木は揃っちょるかぇ・・・。」
「はいっ、お確かめ下さいませ。」
そういって正国は小一郎に帳簿を渡す。小一郎は帳簿を睨みながら頭の中で算盤を弾く。
「結構、買ぉたのぉ。ほんにこんだけいるんかぇ。」
「既に現地に出向いている隼人正殿からのご所望です。わしはその数の分だけ揃えただけでしてぇ・・・。」
「其方を責めてるわけではねぇ。じゃけど今んうちからこんなに銭をぎょうさん使っちょって、戦が長引いてしもぉたら大丈夫かのぉと思ぉてなぁ・・・。」
「はぁっ・・・、そう云われましてもぉ・・・。」
云われるままで何の抵抗も見せない正国に、小一郎はこれ以上愚痴を云いづらくなる。
「まぁえぇっ。兄さぁはすぐに戦を終わらせるんに、えらい自信を持っちょるっ。そんを期待するかのぉ・・・。ところで随分と手際よぉこんだけの材木を集めたよぉじゃが、将監殿はこないな仕事をしたこつあったんかぁ・・・。」
「はぁっ、越前の丸岡で少々・・・。北庄の城普請を手伝っておりましたので・・・。」
「なるほどっ、どぉりでぇ・・・。」
「わしはどちらかというと槍を振り回すよりも商いの方が性に合ってるようでぇ・・・。」
「えっ、そぉなんかぁ。見た目は全くそぉ見えんがのぉ。」
「幼い頃より山路の主人として威風を見せろと親からきつく教わられましてなぁ・・・。外面だけは武者の体を見せております。」
「じゃが真の自分は違うとぉ・・・。」
「はいっ、ですが斯様な見せかけだけの威厳なぞ、真の武者たちにはすぐ見抜かれてしまいまする。現に隼人正殿に至っては、既に見下されておりまする。」
「彼奴は勝豊殿と兄さぁが連んどったんは知らんのじゃぁ。お主でなくても勝豊殿に従っとった者には厳しいわぃ。あんまり気にすんなぁ・・・。」
正国は自分がこの場を暗い雰囲気にしていることに気付き、慌てて取り繕う。
「いやいや、このようなことっ、ついぞ愚痴をこぼしてしまい申したぁ。ですが小一郎様に訊いていただけで、心が晴れますわぃっ・・・。」
「そうかぁっ、しばらくは辛抱せぇよ。真は勝豊殿が慕っちょる秀勝殿のもとで働きたいんじゃろうが、此度はこの地とかつて仕えちょった権六殿をよぉ知っちょるお主にしかでけん務めじゃぁ。おそらく権六殿はお主に近づいて、寝返りを誘ってくるはずじゃぁ。そんを利用して権六殿に嘘の報せを告げ、権六殿の裏をかくっ・・・。」
正国から取り繕った笑みが消え、再び思い詰めてしまう。正国はついぞ小一郎に縋る。
「小一郎様ぁっ。それは身に染みて分かっておりまするぅっ・・・。ですが味方にまで疑われるのは心苦しゅうございまするっ。せめて同じ陣の隼人正殿には真の事、つまり筑前様の謀を打ち明けるわけにはいきませんでしょうかぁ。」
小一郎は眼を瞑り、腕を組む。
「申し訳ねぇっ、将監殿ぉっ。そんは兄さぁから止められちょるっ。隼人正殿にこんこつが知れたら、隼人正殿はお主の監視を緩めてもぉて、兄さぁが将監殿を使って謀っとるんがばれてまう。」
「しっ、しかしぃっ、わしには謀略は向いておりませぬぅっ。うまくやり通せるかどうかぁ・・・、自信がありませぬぅっ・・・。」
小一郎は粋な言葉で励ましたかったが、思い付かずにありふれた根性論を発してしまう。
「いやっ、将監殿ぉっ、何としてでもやり通すんじゃぁ。そんで兄さぁの期待に応えて、堂々とこん長浜に戻ってくるんじゃ。奥方や息子たちが待っているんじゃぁ・・・。」
結局、小一郎の言葉は、正国にとって激励どころか重い負担となってしまった。
「うぅぅっ、寒いっ。」
曇り空の長浜の琵琶湖からの風が冷たい。岸辺の山路将監正国は北の飯浦へ、そしてそこからさらに北へ運ぶ材木を勘定している。この材木は秀吉が命じた柴田勢に対抗する砦の建築に使用する。秀吉は最優先で前線の東野山、堂木山、神明山の砦を強固に造るよう指示したが、現地の材木だけで足りない分は後方の岩崎山、大岩山の砦の普請の現場から充てがう目算であった。しかし思ったよりも木を切り出して運ぶのに手間取ることが分かり、急遽長浜の材木商から材木を買い取って、現地へ運び入れることとなった。正国は長浜から砦の最前線までそれらを運び、そのまま駐留するよう命じられていた。
「ふうぅぅっ、あっちも寒いじゃろうのぉ・・・。じゃが敵が来る前にしっかり支度しとかにゃあかんからなぁ・・・。寒いなんて云うてられんのぉ・・・。」
「いやっ、聞いちまったぞぃ・・・。」
突然背後から声を掛けられ、驚く正国が振り向く。
「こっ、小一郎様ぁっ・・・。驚かさんでくださいませぇっ・・・。」
小一郎は笑っている。
「ははははっ、すまんっ、すまんっ。斯様な仕事、わし以外にやる者なぞほとんどおらんからのぉっ・・・。ついぞ嬉しくなって、驚かせたくなったんじゃぃ。」
「盗み聞きしてるなんて、悪趣味ですぞぉ。」
「悪かったっ、悪かったぁっ。こんで勘弁してくれやぁ・・・。」
小一郎は何かを包んだ風呂敷を正国に渡す。正国は風呂敷の中を覗き込む。
「こっ、これはぁ・・・。」
「おぉっ、お主んとこぉっ、また子がでけたそぉじゃねぇかぁ。ほんに奥方とは仲睦まじゅうてえぇのぉっ。そんでこないだ偶然、そないな玩具も扱っちょる商人に出会したんで、お主に渡してやろぉと買ぉといたわぃ。まぁっ、貰ぉてくれやぁ・・・。」
「これは忝うございまする。小一郎様にこんな気を使っていただいてぇ・・・。」
「何のっ、何のぉ。これからしばらく長浜を留守にするんじゃぁ。こんでもって子供とたっぷり遊んでやってから出立しちゃれやぁ・・・。」
正国は深く一礼する。その様に照れ臭さを覚える小一郎は話を逸らす。
「そんでぇっ、材木は揃っちょるかぇ・・・。」
「はいっ、お確かめ下さいませ。」
そういって正国は小一郎に帳簿を渡す。小一郎は帳簿を睨みながら頭の中で算盤を弾く。
「結構、買ぉたのぉ。ほんにこんだけいるんかぇ。」
「既に現地に出向いている隼人正殿からのご所望です。わしはその数の分だけ揃えただけでしてぇ・・・。」
「其方を責めてるわけではねぇ。じゃけど今んうちからこんなに銭をぎょうさん使っちょって、戦が長引いてしもぉたら大丈夫かのぉと思ぉてなぁ・・・。」
「はぁっ・・・、そう云われましてもぉ・・・。」
云われるままで何の抵抗も見せない正国に、小一郎はこれ以上愚痴を云いづらくなる。
「まぁえぇっ。兄さぁはすぐに戦を終わらせるんに、えらい自信を持っちょるっ。そんを期待するかのぉ・・・。ところで随分と手際よぉこんだけの材木を集めたよぉじゃが、将監殿はこないな仕事をしたこつあったんかぁ・・・。」
「はぁっ、越前の丸岡で少々・・・。北庄の城普請を手伝っておりましたので・・・。」
「なるほどっ、どぉりでぇ・・・。」
「わしはどちらかというと槍を振り回すよりも商いの方が性に合ってるようでぇ・・・。」
「えっ、そぉなんかぁ。見た目は全くそぉ見えんがのぉ。」
「幼い頃より山路の主人として威風を見せろと親からきつく教わられましてなぁ・・・。外面だけは武者の体を見せております。」
「じゃが真の自分は違うとぉ・・・。」
「はいっ、ですが斯様な見せかけだけの威厳なぞ、真の武者たちにはすぐ見抜かれてしまいまする。現に隼人正殿に至っては、既に見下されておりまする。」
「彼奴は勝豊殿と兄さぁが連んどったんは知らんのじゃぁ。お主でなくても勝豊殿に従っとった者には厳しいわぃ。あんまり気にすんなぁ・・・。」
正国は自分がこの場を暗い雰囲気にしていることに気付き、慌てて取り繕う。
「いやいや、このようなことっ、ついぞ愚痴をこぼしてしまい申したぁ。ですが小一郎様に訊いていただけで、心が晴れますわぃっ・・・。」
「そうかぁっ、しばらくは辛抱せぇよ。真は勝豊殿が慕っちょる秀勝殿のもとで働きたいんじゃろうが、此度はこの地とかつて仕えちょった権六殿をよぉ知っちょるお主にしかでけん務めじゃぁ。おそらく権六殿はお主に近づいて、寝返りを誘ってくるはずじゃぁ。そんを利用して権六殿に嘘の報せを告げ、権六殿の裏をかくっ・・・。」
正国から取り繕った笑みが消え、再び思い詰めてしまう。正国はついぞ小一郎に縋る。
「小一郎様ぁっ。それは身に染みて分かっておりまするぅっ・・・。ですが味方にまで疑われるのは心苦しゅうございまするっ。せめて同じ陣の隼人正殿には真の事、つまり筑前様の謀を打ち明けるわけにはいきませんでしょうかぁ。」
小一郎は眼を瞑り、腕を組む。
「申し訳ねぇっ、将監殿ぉっ。そんは兄さぁから止められちょるっ。隼人正殿にこんこつが知れたら、隼人正殿はお主の監視を緩めてもぉて、兄さぁが将監殿を使って謀っとるんがばれてまう。」
「しっ、しかしぃっ、わしには謀略は向いておりませぬぅっ。うまくやり通せるかどうかぁ・・・、自信がありませぬぅっ・・・。」
小一郎は粋な言葉で励ましたかったが、思い付かずにありふれた根性論を発してしまう。
「いやっ、将監殿ぉっ、何としてでもやり通すんじゃぁ。そんで兄さぁの期待に応えて、堂々とこん長浜に戻ってくるんじゃ。奥方や息子たちが待っているんじゃぁ・・・。」
結局、小一郎の言葉は、正国にとって激励どころか重い負担となってしまった。
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