生残の秀吉

Dr. CUTE

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駆引

百三十四.助言の瀬兵衛

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天正十一年二月一日 未の刻

船で長浜ながはまち、飯浦いいうらに着いた正国まさくにはそこで材木を下ろし、一日かけて荷車で余呉湖よごこの南まではこんだ。そこで再び材木を船に積んで北上し、神明山しんめいやま堂木山どうきやまの南側に辿たどいた。そこで積荷を下ろしているところへ、総金そうきんのぼりを持った数名の武者たちが東側から馬で駆け寄ってくる。味方であることは間違いないが、正国まさくには警戒する。やがて一人の大柄の武人が馬を降り、やたらに大きな声をあげながら近寄ってくる。

「ご苦労であったぁ・・・。わしは摂津せっつ中川瀬兵衛清秀なかがわせひょうえきよひでと申して、あちらの大岩山おおいわやまに陣取っておる。長浜ながはまから材木が届くので、神明山しんめいやままではこぶのを手伝ってやってくれと小一郎殿こいちろうどのからしらせがあってのぉっ・・・。其方そなた山路殿やまじどのかぁっ・・・。」

「いかにもっ。わしが山路将監正国やまじしょうげんまさくにでござる。わざわざ御援助ごえんじょに駆けつけていただき、ありがたく存じまするぅっ。」

清秀きよひではにこにことしながら正国まさくにに近づきながら、連れてきたともあごで指図する。

「いやいやっ、遠路えんろ遥々はるばる大変であったであろう。ささっ、あちらに休むところがあるゆえ、そこでしばらくく疲れを取りなされぇっ。ここはわしらが積荷を下ろしておくからぁ・・・。」

然様さようでございますかぁ。それでは御言葉おことばに甘えてぇっ・・・、おいっ・・・。」

家臣たちの作業を止めさせた正国まさくには、北の小屋に案内される。正国まさくにの家臣たちも二人に追従する。真面目まじめ面持おももちの正国まさくには白い息を吐きながら、清秀きよひでに尋ねる。

「あれだけで足りましょうかぁ・・・。」

「うぅぅんっ、わしも先達せんだっ神明山しんめいやまとりでを見に行ったんじゃが、もうすでに十分じゃと思ったがのぉっ・・・。じゃが隼人正殿はやとのしょうどのはどうも生真面目きまじめ御人ごじんで、完璧かんぺきでないと気が済まんみたいじゃのぉ。わしらのところの木も回してやったのに、もっともっと木をとせっつきおってぇ・・・、御蔭おかげでわしらのとりでいまだに土塁どるいを固められておらんっ。隼人正殿はやとのしょうどの性分しょうぶんじゃぁいくら持っていっても、満足せんかもなぁ・・・。」

然様さようですかぁ。ならば帳簿をじかに渡して納得してもらいましょう。」

「ははっ、そりゃぁえぇっ。自分で申し出た分じゃぁ。文句は云えまいっ・・・。」

二人が粗末な小屋の手前まで来ると、清秀きよひではついてきた正国まさくにの家臣たちの方を向く。

将監殿しょうげんどのはこちらでわしがお相手致すぅっ。御家来衆ごけらいしゅうはそちらでお休みくだされ。少しばかり腹に入れるものも支度したくしておるので、ぜひ召し上がっていってくだされぇっ。」

正国まさくにの家臣たちは清秀きよひでに一礼し、小屋の隣に立つ蔵の中に入っていく。それを見届けて二人は小屋の中に入っていく。

「ささっ、中へ上がっておくつろぎくだされ。何か食い物も支度したくさせますわぃっ。」

正国まさくには板敷に座して草鞋わらじを脱ぎ、奥の囲炉裏いろりに歩み寄る。

「何から何までかたじけのうございまする。」

正国まさくにに続いて、清秀きよひで囲炉裏いろりを前に座す。やけに丁重ていちょう正国まさくにをもてなすものの、空気を読めない武骨者ぶこつものはいきなり厚かましい。

小一郎殿こいちろうどのから訊いておるっ・・・。此度こたびの務めに心を痛めとるそうじゃのぉ・・・。」

「えっ、小一郎様こいちろうさまからっ、何のことでぇっ・・・。」

一応、正国まさくにとぼけるが、清秀きよひでは何もかも分かりきっている風である。

「わしには隠さんでえぇっ。わしと筑前殿ちくぜんどの小一郎殿こいちろうどのとは共に大殿おおとの仇討あだうちを果たした間柄あいだがらじゃぁ。小一郎殿こいちろうどのはわしにはお主の密命のことをさらしてもえぇと云って全て打ち明けてくださった。それにわしならお主の悩みに応えれるんじゃないかとなっ。」

初めて会話する清秀きよひでの言葉を信じていいものか、正国まさくに戸惑とまどう。しかし正国まさくにが尊敬してやまない小一郎こいちろうの気遣いかと考えると、さもありなんと心が揺らぐ。

「では瀬兵衛殿せひょうえどのはわしがこの先寝返るふりをするのをご存じで・・・。」

「あぁっ、確かに逃げたくなるような務めじゃのぉ・・・。」

大柄おおがらの割には清秀きよひでの言葉には深みがある。正国まさくにの心は今にも崩れそうになる。

「ここだけの話にしていただきたいのですが・・・、わしは先頭に立って皆を引っ張っていくような性分しょうぶんではございませぬ。主人あるじを陰で支えるのがしょうに合ってございまする。勝豊様かつとよさまにおつかえできたは甲斐がいでございました。そしてやまいで動けぬようになったわが主人あるじは、主人あるじした秀勝様ひでかつさまを新しい主人あるじあおげと申され、これからはそれを甲斐がいにするつもりでおりました。しかし此度こたび筑前様ちくぜんさまの命・・・、わしにはとても荷が重すぎまする。何より背後の味方にうとまれながら前線に立たねばならんとは・・・。」

「なるほどのぉっ。じゃが今訊くところによると随分と身勝手な言い分じゃのぉ。それこそ勝豊殿かつとよどのもついこないだまで似たような境遇きょうぐうだったのではねぇんか。」

清秀きよひでの問いかけに正国まさくにははっとする。

「そっ、それは・・・、確かにぃ・・・。」

「ふぅっむ。何とのぉ筑前殿ちくぜんどの其方そなた此度こたびの務めを与えた意が分かったような気がするのぉ。周りから白い眼で見続けられた主人あるじを支え続けてきた其方そなたじゃからこそ、やってのけてくれると信じたんじゃないかろうかのぉ・・・。」

「ちっ、筑前様ちくぜんさま然様さようにお考えでぇ・・・。」

将監殿しょうげんどのぉっ、此度こたび筑前殿ちくぜんどのの命は極めて重大であることは間違いない。どんなふうに重大なのかは分からん。じゃが筑前殿ちくぜんどの斯様かよう卑怯ひきょうともとらえかねない策でも講じなければ、修理之亮殿しゅりのすけどのには勝てんとんどるんじゃろぉ。」

それでも正国まさくには納得できない顔つきを見せる。清秀きよひでは続ける。

「わしも昔、周りのもんから軽蔑けいべつ眼差まなざしで見られた頃があってのぉ・・・。荒木村重殿あらきむらしげどの大殿おおとのに対して謀叛むほんを起こされた頃の話じゃぁ。あのときは大殿おおとの本願寺ほんがんじ毛利もうりに押されとったと思ったら、大殿おおとの木津川きづがわ毛利もうりの水軍を沈めて攻勢を逆転されたりして、流れが右へ左へと変わる時期であってのぉ。はさまれた摂津せっつの将どもはどちらにつけば良いか、皆毎日悩まされとってわぃ。じゃが皆悩む間もなく、それぞれの思惑で何かしらを決しなければならなくてのぉ・・・、どれが正しく、どれが間違っとったわけではねぇ。ただ最後には、わしと右近殿うこんどの大殿おおとの御許おゆるしをいただき、荒木殿あらきどのおおせるも、荒木殿あらきどのの奥方と御子息ごしそくたちは悲惨な目にうてもうたぁ。その結果しか知らんちまたうわさというものはいい加減なものよぉ。敬虔けいけん切支丹きりしたん右近殿うこんどのには皆同情しよったのに、切支丹きりしたんではねぇわしは荒木殿あらきどのそそのかした卑怯者ひきょうもんあつかいよぉ。おかしくねぇかぁ。」

正国まさくに固唾かたずむ。

「まぁっ、それでもわしらが大殿おおとの仇討あだうちを果たしてからは、荒木殿あらきどのの件をかえやからは一人も居なくなった。なんてことないっ、そんなもんじゃぁ、将監殿しょうげんどのぉっ・・・。現在いまだけ見つめれば此度こたびの務めはつらくて深刻じゃが、長い人生の中では誰の記憶にもとどめられないほどの些細ささいなことじゃぁ。つまらぬそしりなぞ気にせず、筑前殿ちくぜんどのの期待に応えてみせてみぃやぁ。人生を長く見ることじゃぁ。」
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