生残の秀吉

Dr. CUTE

文字の大きさ
141 / 197
駆引

百四十一.離脱の秀吉

しおりを挟む
天正十一年三月十日 辰の刻

長島ながしま桑名くわなのぞ多度山たどやまには秀吉ひでよしの大軍勢が集結しており、今まさに北上を開始しようとしている。長島城ながしまじょう滝川一益たきがわかずますからもその様子が見てとれたが、一益かずますのなすすべはない。秀吉ひでよしの元には黒田官兵衛くろだかんべえ羽柴小一郎はしばこいちろう丹羽長秀にわながひで、それに今後の指図を確かめるために蒲生氏郷がもううじさとも集まっている。五人は絵図を取り囲むように座す。

秀吉ひでよし「さぁっ、いよいよ権六ごんろくが下りてきたぞぃ。」

官兵衛かんべえ久太郎殿きゅうたろうどのしらせでは、修理之亮殿しゅりのすけどの柳ヶ瀬山やながせやまに、勝政殿かつまさどの佐久間玄蕃允さくまげんばのじょう行市山ぎょういちやまに、前田利家殿まえだとしいえどのら他の諸将を別所山べっしょやまから西にかけての峰々に陣取らせる模様もようじゃぁ。」

秀吉ひでよし「やはりわしらを見下ろすように構えてきよったわぃ。」

小一郎こいちろう東野とうの北余呉きたよごの村々に火をかけちょると訊いちょるがぁ・・・。」

官兵衛かんべえ修理之亮殿しゅりのすけどのらがとりでを築くときかせぐつもりのようじゃぁ。あまりちょこまかされても鬱陶うっとうしいんでなっ、堂木山どうきやまから北国街道ほっこくかいどうさえぎる柵を設けるよう、久太郎殿きゅうたろうどのが指図したそうじゃ。材木も随分と余っておったらしいしのぉ。」

秀吉ひでよし「そんにしても権六ごんろくいまだ古い手を使つこぉとるのぉっ。今どき村を焼き払うようなこつして百姓ひゃくしょうらの翻意ほんいあおれると思っちょるんかぁ。こっちゃは既に銭であん辺りの百姓ひゃくしょうらを手懐てなずけとるっちゅうにぃ・・・。」

長秀ながひで「お主ぃっ、もう然様さよう手筈てはずを整えとったんかぁ。まぁったく、あきれるわぃ。」

呆気あっけ長秀ながひで小一郎こいちろうが説明する。

小一郎こいちろうあにさぁはこん伊勢いせる間、一益殿かずますどのらのこつよりもずぅぅっと越前えちぜんのこつしか気にしとらんかったでぇっ・・・、十分すぎるくらい北の支度したくはでけとるわぃっ。」

秀吉ひでよし「んにゃぁっ、小一郎こいちろうっ・・・。いつも云うとるじゃろぉっ、念には念をじゃ。いくさそなえなぞ、十分すぎるくらいやるんがええんじゃぃ。」

長秀ながひで「分かった、分かったぁ。じゃが権六殿ごんろくどのが村を焼くのは、筑前ちくぜんの兵が村に隠れられんようにしたいからじゃろう。」

秀吉ひでよし「じゃったらとりでなんぞ築いとらんと、さっさと攻めてくりゃぁえぇもんを・・・。最初から長戦ながいくさねろぉとるんは見え見えじゃぁ。」

五人ともこれからが本当のいくさであると意気込んでいる。一月前まで、秀吉ひでよし以外の諸将たちは今のような展開になるとは思っておらず、北と南から反秀吉ひでよし勢に挟撃されることを恐れていた。しかしふたを開けてみれば、一部の滝川たきがわ党には苦戦するものの、結局は一益かずますらの動きを伊勢いせに閉じ込め、味方の士気がさほど落ちていない頃合ころあいに勝家かついえが兵を動かすこととなり、今はむしろ勝家かついえとの対峙の前に少しばかりの余裕さえ現れている。

小一郎こいちろう「そいでっ、あにさぁっ。立つかぁ・・・。」

秀吉ひでよし「あぁっ。忠三郎ちゅうざぶろうっ、ここには一万五千の兵を残すっ。三介殿さんすけどのの兵と合わせて三万じゃぁ。滝川たきがわ一党を封じるんにゃぁ十分じゃろう。任せたぞぃっ。」

なかなか軍議に入り込めなかった氏郷うじさとが、ようやく口を開く。

氏郷うじさと「かっ、かしこまりましたぁっ。この伊勢いせから滝川たきがわ勢を一歩も出られぬよう致しますので、筑前様ちくぜんさまには心置きなく、権六様ごんろくさまとのいくさ御臨おのぞくだされぇ。」

秀吉ひでよし「うむっ、よぉ申したぁ。えぇかぁ、深追ふかおいして兵を失う必要はねぇからのぉっ。」

気合いの入った眼で頷く氏郷うじさとを横目に、官兵衛かんべえが不思議がる。

官兵衛かんべえ「そういえば、信雄様のぶかつさまは来ておられぬようでぇ・・・。」

秀吉ひでよし「あぁっ、わしも立つ前に三介殿さんすけどのぉておきたかったんじゃが、東美濃衆ひがしみのしゅうの動きが気になるからっちゅうて来られなんだぁ。」

長秀ながひで三介殿さんすけどのが抜けられないほど、東美濃衆ひがしみのしゅうの動きは激しいのかぁ。」

官兵衛かんべえ「まだ然様さようしらせは受けておりませぬがぁっ、信雄様のぶかつさまの考え過ぎではぁ・・・。」

秀吉ひでよし「まぁっ、えぇっ。警戒するに越したこたぁねぇ。三介殿さんすけどの雄利殿かつとしどのにはふみを寄越しておいたから、心配ねぇじゃろうっ。それよりも五郎左殿ごろうざどのぉっ、五郎左殿ごろうざどのには改めて頼みがあるんじゃがぁ・・・。」

長秀ながひで「ここへきて頼みとは何じゃぁ。」

秀吉ひでよし五郎左殿ごろうざどのにはわしらと別行動をとってもれぇてぇ。一旦、安土あづち坂本さかもとを通って五郎左殿ごろうざどのの所領に戻ってもらい、そっから陸とうみづてに、ゆっくりでえぇから兵を東に進めてほしいんじゃ。そんでいくさが長引いた場合の兵站路へいたんろを整えて欲しいっ。」

長秀ながひで「わしは西を固める役割というわけじゃなぁっ。承知した。」

秀吉ひでよし「わしらはこっから五万の兵で木之本きのもとまで進む。小一郎こいちろうっ、わしの前を行けぇっ。官兵衛かんべえっ、わしが木之本きのもとに着いたら軍議を開く旨を久太郎きゅうたろうらに伝えよっ。あっ、そぉじゃぁっ、佐吉さきちぃっ、佐吉さきちはおるかぁ・・・。」

佐吉さきちがすたと小一郎こいちろうの背後に姿を見せる。

佐吉さきち「お呼びでございましょうかぁ。」

秀吉ひでよし其方そなた秀勝殿ひでかつどのと共にわしらの一番後ろを行けぇっ。そんでここと木之本きのもとの間の道をわしらの兵が勢いつけてできるよぉ、整えておけぇ。」

佐吉さきち「はっ・・・、それで秀勝様ひでかつさまは今何処いずこにおられまするか。」

氏郷うじさと「もうじきこの多度山たどやまに到着なされる。みねを攻めるおりに手負いの者が数多く出たようで、少しばかり遅れておる。」

佐吉さきちかしこまりました。秀勝様ひでかつさまと共に、かつての大返おおがえしができるよう、街道の支度したくを整えておきまするっ。」

小一郎こいちろう「はっはっはっ・・・。大袈裟おおげさじゃのぉ、佐吉さきちはぁ・・・。」

秀吉ひでよし「いやいやっ、それをやるつもりで心得こころえとけぇっ。途中の百姓ひゃくしょうらへの銭と飯は小一郎こいちろうに申しつけよっ。」

小一郎こいちろう「えぇっ、またわしが段取りするんかぇっ。」

困惑顔で声をあらげる小一郎こいちろうに対し、佐吉さきちは少し得意気味とくいぎみの笑みを浮かべる。

佐吉さきち此度こたび小一郎様こいちろうさまにお手間を取らせることはございませんでしょうが、万が一のときには頼りにさせていただきまするぅっ。」

小一郎こいちろう「いっ、いゃぁっ・・・。佐吉さきちがわしんとこに来んでもえぇよぉ願っちょるわぃ。」

秀吉ひでよし「よぉっしぃっ、出立しゅったつするぞぃっ・・・。官兵衛かんべえっ、皆に合図を送れぇぃっ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...