【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清

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第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ

2.社畜昔ばなし ①高校デビュー

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 少しだけ、過去の話をしよう。

 若かった俺が、社畜になるまでの話だ。


** *


   俺が入学した高校は、徳島市の中心部にある普通科の進学校。と言っても子供が少ない田舎だから、大半は地元の国立大学へ行くのが精一杯程度の学力しかない。いわゆる旧帝大レベルの大学へ行けるのは、数えられるくらいだった。徳島県の進学校はどこもそんなレベルだ。

   自宅から一番近い普通科高校、という理由でそこを選んだ。

   当時の俺は、大した個性もなく、将来こうしたいという希望もなく、ただ成績に合っているというだけで、高校に通い始めた。いわゆる高校デビューのような期待もしていなかった。彼女が欲しい、という気持ちはあったが、それは普遍的な欲求の一つで、強く追い求めるようなものではなかった。

   中学の頃から「彼女がいるヤツはいいなあ」と思いながら生きていた。

   高校時代に彼女ができるとは思っていなかった。少なくとも、入学したときは。

   入学してすぐに、『部活強制参加』という謎ルールがあることを知った。今はどうだか知らないが、十年前の徳島県の普通科高校は部活強制であることが多かった。その代わりにバイトは原則禁止(経済的な事情でやむを得ない場合を除く)だった。教師たちから、バイトは勉強の敵だと認識されていたのだ。勉強以外のことに集中するという意味では、部活も同じようなものだと思うが。

   俺には入りたい部活がなかった。中学時代は野球部だったが、好きでやっている訳ではなかった。生徒数が少なすぎて、俺がいないと公式戦に出られない、という状況だったのだ。先輩たちに強引に誘われ、途中で辞めたら根性なしだと思われるので三年続けた。結果、それなりの体力を手に入れたことは感謝している。

   今思えば、日本の社畜の体力は中高時代のブラックな部活動で作られていたのではないか。朝も夜も休日も野球ばかりやっていたのだ。篠田だって、バリバリの陸上部だったから男だらけの営業の仕事についてきている。

   高校の野球部は、中学と違い甲子園を目指す本格的なもの。あれに付き合っていたら、身体がいくつあっても足りない。そう思っていたから、運動部には入らないと決めていた。

   しかしやりたい部活もない。どうするか決めかねていたら、同じ中学から進学した桧山光男という男友達に「合唱部入らんか」と言われた。

   桧山は変なヤツだった。フィジカルがめちゃくちゃ強く、体育のソフトボールではいつもホームランを打っていた。そのくせ中学のときに始めた合唱部にのめりこみ、大真面目な顔で大きな声で歌い、みんなからは笑われていた。

   俺とはよく気が合い、帰り道が同じ方向だった事もあり、よく話す仲だった。

   誰に対しても面倒見がよく、困っていた俺を見かねて話しかけたのだろうと思う。俺は迷ったが、知り合いのいない部に飛び込むよりも、桧山がいる部のほうが楽だと思い、ついて行くことにした。

 それに歌を歌うのは、昔から好きだった。誰かに教えられた訳ではないが、カラオケは得意だった。好きなアーティストのCDを聞きながら大声で歌い、親からはよく怒られていた。

 歌を部活にできるのなら、それもいいか。

 軽い気持ちで、俺は合唱部へ入った。

 正直、ぬるい部活だと思っていた。文化系の部活なんて、中学時代の野球部に比べれば大したことない。

 だが実際は、土日含め毎日練習があり、コンクールの入賞を目指して真剣に活動していた。

 体力的には辛くなかった。そこは野球部で鍛えた経験のおかげだと思う。一方で、音楽の授業以外で初めて取り組む『合唱』というものの奥の深さに、俺は魅了された。

 野球はやらされていただけだったが、歌を歌うことは、好きでやっていること。俺は誰よりも意欲的に練習し、めきめきと上手くなった。

 高校三年間のその場しのぎのつもりが、のめり込んでしまったのだ。


 一年生の時間はあっという間に過ぎた。勉強はそこそこで、部活ばかりやっていた。

 幸いにも、合唱部はいい先輩に恵まれていた。合唱は女と男で声の高さが違い、さらに女と男の中でも声が高い、低いという違いがあり、それぞれソプラノ、アルト、テノール、バスに分けられる。俺はテノール。男声の高音だ。

 基本、パートごとに分かれて練習する。男声は部員数が少なく、テノールとバスを合わせた男声パートで練習することが多かった。一つ上の先輩はみんな優しく、特に部長だったバスの先輩はとても熱心だった。

   男子で合唱部に入りたがるやつは珍しいから、俺と桧山、あともう一人同じ中学から来た稲田という男の三人は、先輩たちに可愛がられた。俺たちは先輩の期待に答え、練習をサボったりせず、毎日みんなで集まっていた。

   ……と言えば真面目そうに聞こえるが、実際は練習が終わった後、みんなで残って駄弁るのが楽しかっただけかもしれない。先輩たちは怒らせるとヤバい先生、テストの出題傾向、パンチラがよく見える階段など、俺にとって有用な情報をたくさん持っていた。ただ話すだけでなく、当時流行っていたPSPのモンスターハンターを持ち込み、顧問の先生に「帰れ!」と怒鳴られるまでプレイすることもあった。

   青春のモラトリアムを浪費するには、最高の場所だった。

   最初の頃は、仲のよい男子たちとだらだらするだけの場所だと、俺は認識していた。

   だが、一つだけ、中学時代の男友達との輪とは違うことがある。合唱部には男子だけでなく、女子もいたのだ。それも、男子の倍くらいの人数が。

   混声合唱の合唱部は、だいたい女子と男子の比率が二対一くらいだ。主旋律を歌うパートは基本的に女性のソプラノなので、それくらいが演奏として理想的な比率になる。実際には、男で合唱なんてやりたがるヤツが少なく、勝手にそれくらいの人数比になるのだが。

   女子たちも、男子たちと同じように練習が終わったあとは部室に残っていた。いつまでもぐだぐだと遊び続ける男子よりは早く帰っていたが、男子は男子、女子は女子で固まり、それぞれの時間を過ごしていた。

   男子と女子が話すことはあまりなかった。

   最近、街で歩いている高校生を見ると、男子と女子が混ざった集団で行動していることが多い。俺の知っている十年前の徳島県の高校生たちは、そうではなかった。まだ出席番号が男子と女子で分けられた時代のことだ。男子と女子の間には越えられない壁があり、付き合い始めたならともかく、普通に会話をすることは少なかったと思う。

   ……まあ、それは俺が女子を苦手だと感じていただけかもしれないが。

   話していた訳ではないが、女子が近くにいる、という状況は俺を混乱させた。

   音楽室はカーペット敷きなので、みんな床に座ってだらだらする。

   遅い時間になると、女子も無防備になるのか、ふと姿勢を変えた瞬間にスカートの中が見えたりした。

   そんなことが俺の周囲で起こるとは思っていなかった。野郎としか付き合いのない俺には、革命的な出来事だった。

   当時の俺にとって、女子はまだ神秘のベールに包まれた存在だった。俺の近くにいる女子は、男子に対して心を許していないイメージがあったのだ。

   だが、長い時間をかけて同じことをすれば、ある程度は警戒心を解いてくれる。

 『女子』という、俺が認識していた分厚い壁が、音を立てて崩れ始めた瞬間だった。

 向こうが警戒していないなら、こちらからとりとめのない話をしてもいいんじゃないか。

 そう思って話しかけてみると、女子たちも、素直に応じてくれた。

 女子と会話することに、抵抗がなくなったのだ。

 このようにして、俺は女子たちとコミュニケーションをとる手段を覚えていった。

 でもその先に待ち受ける『恋愛』という第二の大きな壁は、社畜となった今でも乗り越えられない。話が長くなったが、とにかく俺は高校時代の部活の経験で、女性に対する価値観を大きく変えられた。それだけは今でも鮮明に覚えている。
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